第三話「クエストへ」
倉橋と剣犬はお礼の意を込めてこのクエストを瑠璃に譲ろうとしたが、「お礼なんていらないいらない。気持ちだけで十分さ」と豪快に笑って受け取ろうとしなかった。そこで三人でパーティを組んでクエストをしませんか、という倉橋の提案に瑠璃は少し迷った後に乗ってきた。
「よろしくねー」
「よろしくお願いします」
「おう、二人ともよろしくな」
瑠璃はソロプレイヤーで、街の中を気ままに歩いている時にたまたま酒場の前を通りかかり、言い合っているのを聞いて中に入ってきたらしい。
三人でフレンド登録しあい、一時的にパーティを組むことになった。パーティリーダーは剣犬が務めることになった。
それから三人でクエストの受注を受け付けているNPCに話しかけた。
「すいません、どうしたんですか?」
代表して剣犬が問いかけると、包帯を巻いたNPCが弱り切った表情を向け、話し始めた。
「数日前、俺達が狩りをしている時に、モンスターに襲撃されたんだ。その狩場には今までモンスターはやってこなかったのに……。これでこのざまだ。武器をもって立ち向かったものの、あいつらは頭が良く回る。返り討ちにされちまったよ。あんた達、見たところモンスターと戦えそうな格好をしてるじゃないか。もしよければ、襲撃してくるモンスターを倒してくれないか? 報酬もちゃんと出す。このままじゃろくに狩りができないんだどうか俺達を助けてくれないか」
そう言って包帯のNPCが頭を下げた。襲撃してきたというモンスターについて話している時の怒りの表情や、倉橋達に助けを求める姿は真に迫っており、とてもただのNPCだとは思えない。
「分かりました。俺達に任せてください」
「絶対助けてやる!」
剣犬と瑠璃が強い口調で頷くと、包帯のNPCは「ありがとう、ありがとう」と何度も頭を下げた。
頭上に浮かんでいたクエスト募集の表示が消え、代わりに倉橋達のパーティがクエストを受注した事になった。クエストの内容はエリアに現れるナムラプトルの群れの討伐だ。
三人はクエストに指定されている場所を地図で確認し、そのままエリアに直行する事にした。
因みに、剣犬が武器を双剣に変えるのは後日ということになった。
道中、剣犬と瑠璃は「絶対にNPCを助けてやろう」と二人で盛り上がっていた。
倉橋は口先でそれに賛同しながらも、内心では酷く冷たい考えを浮かべていた。
――この人達は本当に生きている訳でもないNPC相手に、何を熱くなっているんだろう。
剣犬がこういう性格なのは知っていた。だから何とも思わないが、一緒に行動する瑠璃もこんな性格なのかと思うと少し億劫になる。
それにこれが仮にNPCでなく、生身の人間だったとしても、倉橋は似たような感想を覚えただろう。
――自分に余裕があるから、そうやって偽りの優しさを見せられるだけだ。相手を思いやる振りをして、自己満足に浸っているだけ。
――余裕がなくなれば簡単に切り捨てる癖に。
――どうせ二人も気まぐれで優しくして、気まぐれで切り捨てる癖に。
「頑張ろうねー」
そんな事を考えながら、倉橋は朗らかな笑みを浮かべ、二人に同調して頷いた。
――
第二攻略エリア《ディノジャングル》。
街をグルリと囲むようにして広がっている、広大なジャングル。湿度と気温が高く、中は茹だるような暑さになっている。《ワイルドフォレスト》には数種類の樹木しかなかったが、このエリアにはかなりの種類の樹木が並んでいた。背の高い樹が多く、五十メートル以上ありそうな程の高さの樹も幾つか見られる。
「暑い……。まさかゲームの中で暑さに苦しめられるなんて思ってなかった……」
湿度が高いせいで、まとわり付いてくるような嫌な暑さになっている。背の高い樹が多いおかげで直射日光は遮られているものの、それでもサウナの中にいるような暑さがある。
暑さに肩を落としてフラフラ歩いていた剣犬の肩を瑠璃が「頑張れ頑張れ」と豪快に笑いながらバシバシ叩いているのを尻目に、倉橋は進んでいるエリアをしっかりと確認している。
倉橋達が今いるのは、どういう訳か攻撃的なモンスターが出没しない安全なエリアだ。モンスター自体は見掛けたが、どれも草食系の無害な物ばかり。NPCの話によると、あの街の人達はこの辺りで生えている果物を採ったり、草食系のモンスターを狩っていると聞いた。
しかし、数日前から安全な筈のこの場所に、ナムラプトルというモンスターが出没し、街の人間を襲っているという。それを討伐しろというのが、今回のクエスト内容だ。
「ソロで活動するって、色々不安じゃないですか?」
「まあなぁ。状態異常になった時、アイテム使うタイミング逃すと詰むし、危険が多かったよ。その分、経験値とかアイテムを独り占め出来るんだけどさ」
「なんでソロプレイを?」
「……組んでくれる人いなかったのん」
「そうなのん……」
瑠璃色の頭をガクリと垂らして落ち込む瑠璃と、それを真似して頭を下げる剣犬。瑠璃がソロプレイをしていた理由を聞いて、倉橋はなるほどな、と思った。こうして見る限り、瑠璃は普通にコミュニケーションは取れている。だがキャラが強すぎるのだ。良くも悪くも自分を貫いている。それが原因で周りから敬遠されていたのだろう。剛毅な姉御キャラというと聞こえが良いが、実際は何かない限りあまり近付きたいとは思えない人物だ。
倉橋に辛辣な評価を受けているとも知らず、瑠璃は地図を見て「この辺で待っとけばギガラプトル来るかな」と呟いている。
――いつから自分はこんな風に相手を観察しなければいけなくなったのだろう。
倉橋が黒髪を撫で、自嘲気味に目を細めた時だった。
鳥とも獣ともつかない鳴き声が、倉橋達を囲む木々の背後から幾つも上がり始めた。ガサガサと何かが草を掻き分けて進んでくる。
「おいでなすったァ!」
瑠璃が大斧を構えて好戦的な笑みを浮かべる。倉橋と剣犬もそれに続いて武器を抜き、背中を合わせて周囲を警戒した。
それからしばらく鳴き声と草の鳴る音が続いた。相手の出方を伺っているのだろう。三人が動かないと理解すると、甲高い鳴き声がジャングルに響く。木々の間から、複数の恐竜が勢い良く飛び出してきた。その数は十近い。円陣を組むようにして、倉橋達を完全に包囲している。
ナムラプトル。
その外見を簡単に説明するならば、二足歩行する巨大なトカゲだ。身体に比べて非常に大きな頭、爬虫類の黄色い縦線の眼球、口には鋭く小さな歯が並んでいる。緑と黄色と赤をグチャグチャに混ぜたような色合いの皮で全身が包まれている。
二本の腕に鋭い鉤爪の生えた指が生えており、それをカチカチと鳴らしながら少しずつ円陣の幅を狭めてきている。
「ラプトルって本当はもっと鳥に近い姿をしてるらしいんだけど、有名な恐竜映画で巨大なトカゲみたいなイメージが付いちゃったらしいよ、ヴェロキラプトルとか」
「説明してる場合じゃないだろ!」
頭にあった知識を口にしてみた倉橋だが、確かに剣犬と言う通りだった。
気を取り直して、周囲を囲むナムラプトルの動きを観察する。
モンスター同士が協力してプレイヤーを襲っているのを見たのは初めてだ。恐らく《ワイルドフォレスト》のモンスターとは違って、ある程度の人工知能を与えられているのではないだろうか。
「来るぞ!」
剣犬が叫ぶのと同時に、ナムラプトルの一匹が地を蹴って飛び上がり、鉤爪を突き出しながら倉橋に飛び掛ってきた。大斧を構え、瑠璃がナムラプトルの前に立ちはだかる。ナムラプトルが鉤爪で大斧を斬り付けるが、瑠璃はびくともしない。
「頼む!」
攻撃を受け止めると、すぐさま瑠璃は《ステップ》で後ろに跳ぶ。それと入れ違いに剣犬と倉橋がナムラプトルに攻撃を加える。ナムラプトルに向けて剣犬が槍をつき出すが、鉤爪によって攻撃を阻まれる。
「っらァ!」
剣犬は槍を勢い良く持ち上げ、鉤爪を引っ掛けているナムラプトルの体勢を崩した。そこへ倉橋が三連続突きスキル《トライスタブ》を打ち込む。槍先が分厚い皮を貫いてダメージを与えるが、HPを全て削り切るには至らなかった。
「ッ!」
仲間を助けようとしたのか、ナムラプトルが二匹飛び掛ってきた。二人は攻撃される前に《ステップ》で後退し、後ろからの攻撃を警戒している瑠璃と再び背中を合わせる。
「こいつら、思ったより厄介だ」
「ちょっと不味いかもしれんな」
クエスト説明にはナムラプトルの数とレベル表記はされていなかった。三人いれば何とかなると考えていたが戦況は厳しい。ナムラプトル一匹ならば、第一攻略エリアで高めにレベル上げした彼らならば余裕で対処する事が出来る。だが数が多すぎる。いくらレベルで優っていたとしても、こう囲まれていては厳しい。
「ここはひとまず転移するか?」
「いや、転移するにはアイテム発動から数秒時間が必要だから、ラプトル達がその間見逃してくれるとは思えない」
発動中に攻撃を喰らってしまえば、転移の発動はキャンセルされてしまう。それに仮に誰かが脱出に成功したとしても、残された者はその分モンスターに狙われることになり、転移出来る可能性は低くなる。
「チィ!」
円陣を崩さないまま、ナムラプトルは少しずつ倉橋達に攻撃を加えてくる。倉橋達が攻撃を加えようとするとすぐさま後退し、また隙を見て攻撃を仕掛けてくる。完全なヒットアンドアウェイの戦法だ。モンスターが徒党を組んで攻撃してくる事の厄介さを改めて知り、倉橋は歯噛みした。
――どうする。
倉橋の胸の中に焦燥感が生まれる。想像していたよりもクエストの難易度が高い。このまま自爆覚悟で突撃すれば、犠牲者は出るだろが、恐らくクエスト自体はクリアする事が出来る。ただのゲームならそれでも良かった。しかし今はそうもいかない。犠牲者を出さないように、安全重視で戦っていくには厳しい状況だ。一人でもやられてしまえば戦況は一気に負けへと傾く。もしかしたら全滅なんて事もありえるかもしれない。
「っらァ!」
剣犬の突きが、最初に倉橋がダメージを与えたナムラプトルに命中した。残りのHPを削り切り、十匹の内の一匹を倒すことに成功する。
行けるか、と倉橋が思いかけた時だった。
仲間をやられて激高したのか、ナムラプトル達が円陣を急速に狭め、三匹が同時に攻撃を仕掛けてきた。慌てて対応する三人だが、剣犬の肩をナムラプトルの鉤爪が切り裂いた。
「く、そッ」
攻撃を喰らった瞬間、剣犬が膝を折り、地面に倒れ込んだ。剣犬のステータスを見れば、麻痺の状態異常に掛かっている。麻痺を喰らってから数秒の間は麻痺消しを使用して、自分で対応する事が出来る。だが、ナムラプトルはそれを許さなかった。人の腕二本分はあるであろう太さの尾で、麻痺消しを取り出そうとした剣犬の腹部を殴打した。勢い良く地面に倒れこみ、麻痺で身動きがとれなくなる剣犬。
攻め時と判断したナムラプトルが連続して攻撃を仕掛けてくる。剣犬を守るようにして二人で攻撃に対応するが、少しずつHPは削られていく。
――これはもう、駄目だ。
戦況を見て、倉橋は冷静に判断を下した。
このまま戦い続ければ確実に死人が出る。麻痺状態の剣犬は危ないだろうし、耐久値の低い自分もその次に危険だ。最終的に瑠璃が勝利する事が出来たとしても、そこに倉橋の姿はない。
それじゃあ、駄目だ。
――私はまだ死にたくない。
だから――――。
倉橋が二人を見捨て、逃げるという選択を選ぼうとした寸前だった。
「らーさん、私が隙を作るから、その間に剣犬に麻痺消しを!」
隣に居た瑠璃が大声でそう叫ぶと、何かのスキルを発動した。大斧を燃えるような赤い光が覆う。瑠璃がそれを振り下ろすと、斧の先にいた三匹のナムラプトルが勢い良く吹き飛んだ。二匹はHPを0にして消滅し、一匹は地面に倒れ伏せた。
呆気に取られた倉橋だったが、すぐに我に返って剣犬に麻痺消しを渡す。麻痺消しを嚥下し、状態異常を回復した剣犬はすぐさま起き上がり、戦いに加勢した。
瑠璃の攻撃に寄って陣形が崩れたナムラプトル達は同様し、お互いに顔を見合わせている。そこへ瑠璃が勢い良く突っ込み、大斧で激しく攻め立てた。倉橋と剣犬が加勢に入り、弱ったナムラプトルから倒していく。
それから十分、倉橋達はナムラプトルの殲滅に成功した。
――
「いやぁ……死ぬかと思った」
虫の息で地面に寝転がり、剣犬がやっとといった風に声を出す。倉橋も地面に座り込み、荒い息を整えていた。瑠璃は斧を支えにして立ったまま、何も言わずに目を瞑っている。
「るりーのスキルが無かったら危なかったよね」
呼吸を整え、冷静になった倉橋は、ナムラプトルに囲まれていた状況を立て直した、瑠璃のあのスキルについて詮索を入れる。あのレベルのモンスターを一撃でなぎ払うスキルなど、今の倉橋は持っていない。剣犬もだ。
「ああ、あれね、《ワイルドフォレスト》の森の中で巨大な猪と戦えっていうクエストがあって、それをクリアしたらゲットしたぜ」
何と事のないように言ってのける瑠璃に、倉橋は「なるほどー」と相槌を打った。レベルアップで手に入れる物ではなく、クエストクリアで取得出来るスキルならば、あの強力さも頷ける。これほどの威力があれば、第二攻略エリアに出てくるレベルのモンスターならば、大抵は対応できるのではないだろうか。
「そういえば、瑠璃さん、らーさん、ありがとうございました。俺が麻痺喰らったせいで危険な目に合わせちゃって」
「全然いいよ。気にするな気にするな」
「……うん、気にしないで」
豪快に笑い飛ばす瑠璃続いて、倉橋は控えめにそう言う。
本当なら、自分にそれを言う権利はない。見捨てようとしていたのだから。
自分の命を優先することは間違っていない。筈だ。
だけど、なんでこんなに気分が悪いんだろう。
剣犬達を見捨てて逃げようとした自分が。
瑠璃がスキルで助けてくれたのに、そのスキルの強さで自分を守る事しか考えられなかった自分が。
なんでか、倉橋は凄く嫌になった。
「……」
いつものように笑う倉橋に、いつもと違う視線を剣犬が向けていたことに、彼女は気付かなかった。




