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1:異界騎士団

現在位置:佐田県 佐田市 自宅


彼は目を覚ます。

毎日同じ、この二段ベッドの下の段で。

上ではまだ須郷 美緒が寝息を立てている。

彼は、起き上がって1階へ向かう。

毎朝、同じことを繰り返している。彼はこの所謂「日常」にもはや飽きていた。もう少し日常ではない、また別の「非日常」に遭遇したい、と切に願っていた。

だがそんな物が自分の生活にある訳がなく、少し途方に暮れていた。

簡単に朝食を作り、食べる。

まだ、美緒は起きてこない。

仕方がないので、外に出る。まだ彼は知らないが、今日は彼にとってその望みが意外過ぎる形で叶う日、そして、彼の人生の転機となった日。

市立明帝高校の夏休み、5日目のことだ。


異界騎士団


現在位置:佐田県 佐田市 住宅地


この近辺の住宅地は非常に入り組んでいる。しかし彼はもう何ヵ月もここを歩き回っているからか路地という路地全て知っている。試しに昔通った場所を通る事にした。

花屋っぽい家や重厚な石塀に囲まれた邸宅の横を通り、やや左に曲がった坂道を登る。自転車でよく上から降りてきたものだ。登りきると、住宅地全体が見渡せる場所に着く。いい眺めだ。だが何か足りない。そう、例えば鎧を着て剣を背負った、そうだな、ネコなんか通ったら面白いだろうな。等と想像する。

そんな訳無いよな、と振り向くと、目の前を何かが横切り、彼を見てビクッとして立ち止まった。

金属製の鎧を着て、短剣を背負っているそれは、彼の想像していたものそのものだった。

そう、武装したネコが歩いていたのだ。

彼は立ち上がった。するとネコはそそくさと逃げていった。彼は、それを追ってみる事にした。


現在位置:佐田県 佐田市 住宅地路地裏


ネコは鎧を着ているにも拘らず俊敏だった。右に左に逃げていった。しかし路地という路地全てを知り尽くす彼を撒くのは不可能であった。さっきの坂道に戻ってきたとき、計算通りネコと鉢合わせになった。ネコは引き返したが、坂道を登らずに、家と家の間に飛び込んだ。

彼は驚いてそこへ駆け寄った。彼さえも知らない細い路地だった。

そこに彼は迷いなく入った。すぐに左に曲がり、コンクリート塀の間に出た。そこにあったのは、漆黒の穴だった。これこそ、彼が探し求めていた「非日常」そのものだ。

ネコは彼を見るや中に飛び込んだ。駆け寄り、中を覗く。穴があるというよりかは闇が漏れ出している「異世界への入口」のようだった。さすがにここに入ったら帰って来るのが容易ではなさそうだ。引き返そうとすると、背後にはいつの間にか黒いコートを着た人が立っていた。間髪を入れずに彼は、穴へと突き落とされた。

彼は力無い悲鳴を上げながら、真っ暗な穴の底へと落ちていった。


現在位置:ソーサルアーツ南部 クラーヴェン山岳地帯 カミュリア山中腹 森林地帯


彼は、目を覚ます。

落ち葉の上で転がっていた。

「あ、だいじょーぶかニャ?」

顔を右に傾けると、さっきまで追っていた武装ネコがいた。ただ、それよりも彼は驚いたことがあった。

「ネコが…喋った…?」

武装ネコは首を傾げている。少ししてあぁ、というように頷いた。

「ああ、ボクはネコじゃないニャ。キミのせかいではそうだったかもしれニャいけど、このせかいではボクはほこりたかき"フェイリン"しゅぞくのひとりニャ」

「フェイリン…?」

「みたところこっちのせかいにくるのはきょうがはじめてみたいだニャ。しゅく、せかいりょこうデビューニャ」

フェイリン種族のネコは、ネコらしくニャ、ニャ、ニャ、と笑い、彼を座らせた。

「いいかニャ、ここはキミがこれまでうまれ、そだってきたせかいとはおおきくちがうのニャ。ここは"ソーサルアーツ"というキミたちでいう"イセカイ"なのニャ。あ、ボクはスノートっていうニャ。よろしくニャ」

そんな話をしている間に、周囲の影から黒いものが出てきた。それは間違いなく人で、鎌を持っていた。3人の影人は一斉に

「フレイ、サイシス」

と呟いた。すると鎌は灼熱の炎に巻かれ、鎌は赤く熱された。

スノートは短剣を抜いた。

「ほら、キミもそのへんのつかってたたかうニャ!」

彼は近くに落ちていた十字架のようなものを拾い上げ、中段の構えにして攻撃に備えた。


現在位置:ソーサルアーツ南部 クラーヴェン山岳地帯 カミュリア山中腹 森林地帯


彼の前には三人の黒装束。彼は鉄骨とおぼしき棒、そしてスノートは短剣を構えている。考えてみれば可笑しい光景だが、彼はもう余裕がなかった。敵は全員燃え盛る鎌を持っている。裂かれれば命は無い。

一人が彼に飛び掛かった。彼は鎌先を避けて前転、体勢を立て直して背中を打った。黒装束は空中でバランスを失って変な体勢で落下し、スノートの一撃をもろに受けた。すると鎌は火を失い、黒装束は鎌を残して炎のような光になって消滅した。

今度は二人で一緒に襲い掛かった。彼は、(走馬灯現象というのだろうか?)ゆっくりと現実が動くのを見た。

片方の黒装束が鎌を振り上げ、彼に斬りかかる。

彼はサイドステップで避けようとした。

しかしもう一人の鎌先が目の前に迫った。

彼は棒を振り上げ、鎌を弾いた。

黒装束は驚いた様子でふらついた。もう一人は体勢を崩している。

彼は二人に、止めを刺した。


スノートは騎士フェイリンなのだそうだ。彼の相棒は、すぐ近くにいたらしい。

「…?見ない顔だな。スノート、こいつどこから来たんだ」

「多分あっちから落ちてきたんニャと思うニャ」

「そうか…にしても君!!」

スノートの相棒は彼に一歩近寄った。

「素晴らしい戦闘能力だな」

「えっ、ああ。ありがとう」

「なぁ、君、名前は?」

「俺は、河原風太。17才」

「カワハラ?聞かない名前だな。あっちの世界の奴ってのは間違いねぇな。俺はシーカー。シーカー・テリストライトだ」

シーカーは風太に握手を求めた。どの世界でも握手は同じだった。

「それで、さっき見た君の剣の腕を見込んで頼みがある」

シーカーは風太の手を握ったまま言った。

「君に、うちの騎士団に来てほしい」


現在位置:ソーサルアーツ南部 クラーヴェン山岳地帯 メテル城


重厚な城だった。

その「メテル騎士団」に入団する際、手続き等もなく名を知らせるのも自由だと団長、エスケット・メテルに言われた。

しばらくシーカーに城の構造を教えてもらった。非常に入り組んでいるが、これも敵に侵入された際の防衛策なのだという。

「あーっ新人君発見ー」

廊下で少女に声を掛けられた。

「よぉケイト。こいつが新人の風太。別世界から来たらしい。風太、こっちはケイト。俺の友人だ」

「ふーん、別世界かぁ…」

ケイトは風太に歩み寄った。顔を近付け、一心に風太の目を見つめた。そしてくすくすと笑い

「君、今ちょっとドキドキしたでしょ?」

図星。

「えっ…?何で…」

「目の奥が赤かったよ」

シーカーから後で聞いた話だが、彼女は目を見つめた相手の感情や心境を読み取る希少能力の保持者なのだという。

ケイトはまた愛らしい笑みを浮かべると

「それに君、結構可愛い顔してんじゃん。これから仲良くしてこーねー」

ケイトは風太から少し離れた。

「じゃ、これからよろしく」

「ああ、よろしく」


現在位置:ソーサルアーツ南部 クラーヴェン山岳地帯 メテル城


シーカーに連れてこられたのは、シーカーの部屋だった。といってもここは合同宿舎で一部屋に3人位なら入れるらしい。シーカーは倉庫から重厚な箱を取り出した。

「こいつな…スカイスラッシュって片手剣なんだが…」

箱からは蒼い鞘入りの剣が現れた。

「俺の師匠…アスティナ先生が遺した物なんだ」

その剣の保存状態は極めて良かった。

「風太、お前、まだまともな武器持ってないだろ?これを使って欲しい」

「えっ!?本当に…いいのか?」

シーカーは力強く頷き、そっと剣を風太に差し出した。風太もそっと手に取ってみた。ずっしりとした重みがあるが、本竹の竹刀で素振りをしていた風太なら使えそうだった。鞘から抜いてみる。

片刃の剣だった。刃は綺麗な銀色で、切れ味は最高だとシーカーも言っている。鎬から峰にかけて蒼い線が入っている。鍔は上から見ると正方形を2つ互い違いに重ねた形になっていて、デザイン性も抜群だった。

「できるだけ常備しておけよ。出撃命令って本当に突然来るからさ」

シーカーは苦笑いした。


現在位置:ソーサルアーツ南部 クラーヴェン山岳地帯 メテル城

「この騎士団って、何と戦ってるんだ?それとも、何かを護ってるのか?」

シーカーは少し考えた。

「そうだな、戦ってるとも言えるし、護ってるとも言えるな」

シーカーは視線を遠くに飛ばした。

「ほら、あれ。見えるだろ?あの真っ黒い霧に覆われた場所…」

「あれか」

「あそこは、このソーサルアーツの北部なんだ。今は"ソーサリー"っていう魔術師種族が根城にしてるがな」

窓の外、遠くに黒い雲に覆われた地域があった。

「俺たちは"フォルク"種族。まあ、種族なんかここにはもっとある訳だが、そんでソーサリーがこっちに攻め込んで来てる訳だ。で、これまでフォルクはソーサリーに若干政治的主導権を握られてた。で、今はアルフ族長のもと、騎士団をいくつか作ってソーサリーと戦ってる訳だ。全て自分たちの独立を護り通す為にな」

「独立戦争…ってことか」

その時、外で何かの音がした。角笛のような音だった。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、クラーヴェン山、第3要塞


風太たちに課せられた命令は、ソーサリーの軍勢からクラーヴェン山を護ることだった。風太がいる第16番分隊は、第19番分隊と共に第3要塞から迎撃に当たった。

おそらく元の世界では馬車にあたるであろうこの車は、馬とはかけ離れた大きな甲殻生物が引いていた。「クラスタシア」という生物らしい。

「いよいよだな…」

風太は初陣ということもあり緊張していたが、騎士団のメンバーたちはそうでもなさそうだった。

「緊張してる?」

隣にはケイトがいる。今回が初陣なのでケイトが一緒に行動することになっている。シーカーは第19番分隊に配属されたので、後から来ると思われる。

「大丈夫だよ。私が一緒だから」

ケイトはにっこりと笑った。


第3要塞は、山の中腹にあった。見晴らしが良く、狙撃に打って付けの場所だ。崖に迫り出すように石造りの砦があり、幾つもの大砲が遥か遠くへ睨みを利かせている。

要塞の中に入る。石造りの重厚なその内部は、麗らかな陽光に照らされていて明るい。

そこまで広い要塞ではなかった。奥には下へ降りる階段があった。騎士の中でも比較的軽装の人々は要塞に残り、それ以外は階段を降りていった。風太も、それに続く。

下には長い廊下があり、その先には扉がある。話によればそこは山の中を通るトンネルらしい。扉が開けられ、麓の森に辿り着いた。総員、低木の陰に身を潜めている。

「じゃ、私についてきてね」

ケイトは風太に囁きかけた。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、クラーヴェン山、山麓


低木の間を低姿勢で歩いていき、森の中でも街道に近い部分に着いた。ケイトが矛を抜刀し構えたので、風太も剣の柄に手をかけた。もやがかかってよく見えないが、そこに敵がいるのは確かだ。足音はかなりの量の敵がいる事を暗示した。風太を含む第16番分隊35名が、息を潜めてその音をじっと聞いている。

「最初に上の人が大砲で攻撃するから、その音を聞いたら出撃だからね」

ケイトは囁き、体勢をさらに低くした。

やがて足音がまばらになると、もやが晴れてきた。まだ前に敵が彷徨いている。その時、上空から大きな爆発音がして、目の前で爆発が起きた。大砲だ。

「さ、行くよ!」

ケイトと風太は突きの形をとり、ソーサリー軍の元へ走り込んだ。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、北街道周辺


敵陣に斬り込むと、更に二人はそのグループを目にも止まらぬ速さで切り伏せた。勿論奇襲された側も黙ってはいない。

「フレイ・サイシス」

鎌を燃やして斬りかかってくるが、風太の剣を断ち切ることは敵わない。風太のカウンターに遭い、次々と返り討ちにされていく。

ケイトはそのリーチの長さを利用して凪ぎ払うように攻撃する。矛は諸刃なので攻撃効率は非常に良かった。

ここで攻撃したのは中盤護衛部隊の面々だった。既にケイトと風太だけで50人は倒した。先程からずっと上空から大砲の弾が降り注いでいるのでもっと消えたかも知れない。

周辺では別の呪文も聞こえ始めた。

「インプ・プレス」

ソーサリーたちの掌から光弾が放たれ、山肌に衝突すると同時に爆発した。爆破魔術だ。

爆破魔術を詠唱しているソーサリーは相当奥にいた。他の連中が向かっているが、このままでは山中にある要塞が大ダメージを受けることは間違いない。

「畜生…もっと速いものは…」

そう考えた時、第3要塞の下からガラガラと悪路を車輪が通る音がした。

山から見えてきたのは、車。木の車の前に4本の槍が付き、そのまま敵陣に突っ込んだ。勿論敵側は打ち払われた。

「おい、大丈夫か?」

目の前に止まった槍撃戦車には、シーカーが乗っていた。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、クラーヴェン山、第3要塞


無論その後の戦況は好転し、特殊兵器がなかった彼らはすぐに退散した。第3要塞に戻る。

「風太すっごかったねー」

ケイトは感心したような声で風太を称賛した。

「いやいや、ケイトだって凄かったじゃん。そんな長い矛、よく使えるよね」

彼女が持っていた全長2mの白い矛[アヴァランチ]は、見たところ重量は十分にあると思われたが、ケイトはそれを軽々と扱っており、何度か片手で持っていた気もする。

「案外軽いんだよ、これ。持ってみる?」

ケイトの矛を持つのは初めてだった。確かに案外重くない。スカイスラッシュより少し軽い程度の重さだ。

「ほんとだ…どうして?」

「風太は知らないだろうけど、それ、[ライタル鉱]で出来てるの。軽くて硬い、凄く扱いやすい金属なの」

「へぇー…」

彼女が言うには、これは特注品らしい。

夜になった。ソーサリーの追撃に警戒する為、1日は必ず要塞に止まることになっている。

第16番分隊の部屋は西の角部屋だった。広い。全員横になれるくらいの余裕がある。食事を終え、部屋に戻った。別に就寝義務がある訳ではないが、他の馬鹿騒ぎしていた連中は簡単に寝た。風太はそこまで眠い訳ではなかったので、少し要塞の外部に行ってみた。所謂バルコニーにあたる場所だ。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、クラーヴェン山、第3要塞


バルコニーには柵と石の椅子のような物がある。他の連中が座っていたので座ってみる。冷たい。椅子から伝わってくるその冷たさに、何故だか故郷の世界を思い出した。

どの世界でも月は同じだった。円い金色の天体が、風太の頭の上からこの世界を照らしている。その光は、故郷の世界と繋がっているのではないかと思うほどに、懐かしかった。

「眠れないの?」

気が付くと背後の柱にケイトが寄りかかっていた。

「あ、ああ。仕方ないからここに来てみたってだけ」

「そっか。隣いい?」

風太は頷き、ケイトを横に座らせた。

「君の世界でも、ローナってこんな感じなの?」

「うん。こっちだと月っていうけど、でもほとんど同じだ」

月は、こちらではローナと呼ばれていることはもう風太は知っていた。最近様々な事を覚えた。こちらの世界の物の呼び名や常識等、本当にたくさんの事を覚えた。お陰でどうでもいい事まで意味を聞かなくてよくなった。

「ふーん」

ケイトと風太は、それからほとんど言葉を交わすことなく小一時間そこにいた。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、メテル城


その次の日、メテル城に戻ってくるとメテル団長に呼び出された。

「やぁ、風太君。よく来たね」

メテル団長は極めて穏やかで優しい人物だ。この世界に来てすぐに会って、その数分間でもそれがわかった。

「君に会うのは2回目、だね」

「はい」

「今日はね。君に是非とも会いたいと仰る方から連絡を頂いた。我らがフォルク種族族長の」

族長。シーカーから話には聞いていた。

「アルフ・ラファエル氏だ」


族長から名指しで呼ばれることは非常に名誉な事らしい。風太はこちらの人間からすれば「異世界の人間」である為、普通とは違う扱いを受けるのも当たり前だろう。


今回車を牽いているのは小型の恐竜のような赤い生物。この世界ではドラウンと呼ばれるらしい。クラスタシアとは比べ物にならないほど高速で、長距離移動に使われるものと思われた。


現在位置:ソーサルアーツ南部、カリスト平野、カリスティア


このソーサルアーツ南部の首都に当たる場所、カリスト平野にある街、カリスティア。

そこはクラーヴェンの市街とは比べ物にならないほどに発展した街だった。

中央には先が尖った卵形の建造物がある。そこが、このフォルク種族領の中心、アルフ族長の城だ。

ガードは万全だった。無数の槍撃戦車と武装した兵員が、城を囲っている。簡単にはこの鉄壁のガードは破られることはないのだろう。

城は10階建てだという。ロビーは5階まで吹き抜けになっていた。内装は豪華絢爛を極め、さながら故郷の最高級ホテルのよう、いや、それ以上とも言える素晴らしさだった。

奥には白金のようなもので作られているであろうエリアがあった。風太と団長はその中に入ると、係員が格子戸を閉めた。金属製のカゴは、二人を乗せたまま上昇した。後から聞いた話だが、これはライザー鉱でできているらしく、ライザー鉱の特性として、重さが質量を無視するものがあるらしく、そのお陰で動力無しのエレベーターが実現されるらしい。

10階に着いた。そこには長い廊下があり、その先に騎士が立つ堅牢な扉があった。通行証を見せ、扉を開けてもらうと、かなり広い部屋があった。奥はガラス張りで、玉座とおぼしき場所に誰かが座っていた。

「初めまして。よく来たね」

彼は、玉座から立ち上がった。


現在位置:ソーサルアーツ南部、カリスト平野、カリスティア


「一応確認しておくが、君は、こことは異なる世界から来た…ということでよろしいね?」

「はい。その通りです」

「これまでそのような事は前例がなかったのでね。別に来たところで何か不利益がある訳ではない。むしろ我々は歓迎するよ。ソーサリー側でない限りね」

族長は笑った。

その部屋にいる間、様々な使命を託された。全てに共通するのは、騎士として我々と共に戦ってほしいという事だった。謁見は1時間程度だった。

風太たちを帰し、補佐官が入ってくる。

「どうです、あの少年は」

「彼は…通常の騎士とは違う何か…別の物を内に秘めている」

この時、族長は確信した。

彼こそが、古の言い伝えにある「救世主」であると。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、メテル城


この城の中でも西側奥の尖塔部分は、風太が唯一入ったことのない場所だった。団長は「然るべき時になれば中を見せる」とのことだった。

前から気になっていた事があった。メテル城のロビーには、メテル団長の肖像画が飾られている。しかし、それ以外にもう一つ、誰かの銅像が立っていたのだ。シーカーと一緒にいた時、そこを通ったので訊いてみる事にした。

「なあシーカー、あれって、誰の像なんだ?」

「あれか。あれは、嵐神の称号で知られる女傑、アスティナ・メテル師匠の像だ。風太にやった剣の、元の持ち主さ」

「すごい人だったんだな…像が建つほどなんて」

「まあ、あの方は団長の姉にあたる方だからな。メテル団長も、彼女が行方不明になったのが辛かったんだろうな」

そのロビーを横断し、槍撃戦車の発着場に行った。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、ネピュート山脈


それから槍撃戦車で北東に向けて走った。ネピュート山脈という山脈にもう一つ、メテル騎士団の派生騎士団である小規模精鋭騎士団、「ボルテック騎士団」が存在するらしいのだ。そこの団長、シザ・ボルテックが、世界の接続について何か知っている可能性があった。もとよりこの世界に来てそこまで長居するつもりはなかった風太としては、早く帰還する方法が知りたかった。

そこはネピュート山脈の東の端。断崖絶壁となっている場所に、多数の木造建築物が壁に張り付くように付いている。ここは、眼下に広がるティラスタ騎士団領のスティナー平野に敵軍が侵入しそうになった際の要塞の役割も果たすのだという。

急な階段を下り、最も大きい石造りの建築物に向かう。それは崖に半分以上食い込んでいた。どうやらそこがボルテック城らしい。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、ネピュート山脈東部断崖地帯、ボルテック城


ボルテック団長は、非常に打ち解けやすい人だった。ボウガンの名手なのだそうで、射た矢は九割以上が命中するという。また、その美貌からか人気の高い女性らしい。もっとも、風太には背の高い同い年にしか見えなかったのだが。

「話はメテル団長から聞いております。あなたが異世界からいらっしゃったと…」

「はい。初めまして。河原風太と言います」

メテル団長やアルフ族長にもやったように深々とお辞儀をした。

「私は、数年前から騎士団の運営と共に別の世界とのソーサルアーツの関係性を調べておりました。それで、まだ発表はしていませんが…」

彼女は後ろの棚からある一枚の資料を取り出した。何かの図面のようだった。

「ソーサリーの軍があなたの世界に逃げた際に使うことになると思っていましたが…」

何かの機械か、いや、乗り物のようにも見える。下に書いてある人の絵から考えて相当な大きさだ。

「これまでもフェイリン種族ぐらいの大きさならば世界間を移動することは容易で、一部のフェイリンたちはそれを使って遊んでいたようですが、まだフォルクでは不可能でした。でも、これを完成させる事ができれば、世界の壁を超える事ができるかも知れません」

図面の一番上にはには「グライトクリッサー」と書かれていた。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、ネピュート山脈東部断崖地帯、ボルテック城


仕組みはやや複雑だった。燃料に半永久発熱するブラスト鉱石を使用し、タービンを回して移動する。6輪駆動で、機体が軽くて硬いライタル鉱で作られ、さらに浮遊幇助効果をもたらすライザー鉱を底面に使用する。さらに、加速を付ける為に、創傷面から超高圧の炎を吹き出すスペイデット鉱石を背面に使用する。その車を使って走行し、時速1900シーリア(1シーリア=10m)に達した瞬間に背面に取り付けた無数の箱、通称エネルギーボックスの蓋を解放、加速器を通して、発せられた凄まじい量のエネルギーを吸収する。それをまたここネピュートにある装置で変換する。そして、それを封じ込めた球体を作る。それを任意の場所で炸裂させると、そこに黒い穴が出来上がるそうだ。

「結構手間はかかりますね」

「はい。しかし、この作業を一度行えば、大体10個ほどの黒球を作れる試算です」

その後、風太は地下(というより岩壁内部)に案内された。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、ネピュート山脈東部断崖地帯、ボルテック城


その岩壁の内部には、故郷のSF映画のような広い場所があり、中央には建造中の巨大な機械があった。あれが、グライトクリッサーなのだろう。

「スピードを上げて建造を続けていけば、あと数日で完成する予定です」

それはもはや完成形とも言える状況で、今にでも動かせそうだったが、まだ燃料を積んでいないのだそうだ。

エネルギーボックスの一つを見せてもらった。立方体で、一面に円い穴があり、そこだけ円錐をめり込ませたかのような形状になっている。そこでエネルギーを加速させて蓄積させるのだろう。

それらを見ている時、突然警報が鳴り響いた。急いで地上へ戻る。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、メテル城


絶壁から下り、カリスト平野とスティナー平野を隔てる巨大な壁の真下に来た。北部から大きな黒い集団が来ている。ソーサリーの軍勢だ。

「うわぁ…凄い量だな…」

風太はメテル団長と共に城へと戻った。

回ってきている情報では、現在クライア騎士団、タリマス騎士団、カルーダ騎士団、モンスリー騎士団が迎撃にあたっているらしい。

「随分とでかい仕事が来たな」

シーカーでさえも緊張している。聞けば、ソーサリー大隊との交戦は実に10ヶ月ぶりなのだという。

「10ヶ月か…ちょうど、俺の師匠がいなくなったのもその戦闘の時だっけか…」

シーカーの師匠、アスティナ・メテルは、前の大規模侵攻の際の戦闘でシーカーと行動し、「最後の突撃をかける」と言って敵陣に斬り込んだまま、行方不明になってしまったらしい。その時の戦闘は、斬り込んだ直後に終わったというが。


現在位置:ソーサルアーツ南部、カリスト平野、第2要塞群、三番ブロック、第4砲台


ドラウンの引く車に乗り、クラーヴェンを出てからもう3時間が経つ。カリスト平野の北部、ソーサルアーツ北部との境界に程近い第2要塞群。その中でも最も大きい第三ブロックに配属された。ここの「第4砲台」にある大砲「セロ・アローツェ」はソーサルアーツ屈指の威力と大きさを誇り、いざとなればここから「最終兵器」を撃ち出すこともあるという。

後発第16隊には、風太の他にはシーカーとケイト、スノートが振り分けられた。

最初は要塞内から外部の状況を見ていた。35分ほどで建物の中に行き、槍撃戦車に乗り込む。ただ、今回は少し違った。木製だったそれは強固で軽いライタル鉱製になり、機体のラインは緑から青に変わった。シーカーは槍撃戦車[改]と呼んでいた。

槍撃戦車に戦闘目的で乗るのは初めてだった。内部にはレバーが2本あり、操縦席にはスノートが着いていた。もともとこれはフェイリンが操作するものらしい。


現在位置:ソーサルアーツ南部、カリスト平野、第2要塞群、三番ブロック、第4砲台


メガホンを通したような声が聞こえる。

「各員、エンジンチェック。済んだら直ちにスタートしてくれ、全機エンジン始動を確認し次第門を開けるぞ」

スノートは慣れた手つきでエンジンチェックを済ませ、エンジンを始動させた。門が開く。

「全機エンジン始動を確認、出撃門解放!出発せよ!」

槍撃戦車[改]合計30台が、高速で暗闇を出た。

窓ガラスが無い分風が来る。非常に気持ちいい風が吹いていて、風太は目を細めた。敵陣までさほど時間はかからなかった。

槍撃戦車[改]の攻撃性能には目を見張るものがあり、一回のストローク(敵陣での往復)で最低でも10人は排除できる。凄まじい性能だ。

ある程度爆走したあと、ケイト、シーカー、風太は飛び降りた。着地と共に前転し、抜刀する。あり得ないほど先まで敵だ。

「風太!後方は俺に任せてくれ」

「よし、わかった!」

風太は敵陣に突撃した。


現在位置:ソーサルアーツ南部、カリスト平野、第2要塞群、三番ブロック、第4砲台近郊


第4砲台のセロ・アローツェから何かが放たれたのを見たのは、風太たちが乱舞するかの如く猛攻を掛け始めてからすぐのことだった。どうやら騎士団側が「最終兵器」を使う決意を固めたようだ。

大きな爆発音がしたと思うと、空を大きな何か黒い球体が通り過ぎた。それは敵陣に落ち、爆発した。着弾地点からは、遥か遠くから見ている風太たちからもわかるほどの巨大な火の渦が出来上がった。おそらく、あの下にいたソーサリーは全滅だろう。ソーサリーたちがそちらに気をとられている間も、風太たちは攻撃し続けた。

「迅火弾…か、久々に見たな」

その最終兵器の名前は、迅火弾というらしい。


現在位置:ソーサルアーツ南部、カリスト平野、第2要塞群、三番ブロック、第4砲台


殲滅を開始するとの角笛が鳴り響き、発火鉱石をばら蒔いて騎士たちは退却した。敵は進撃できない。

やがて迅火弾を使った砲撃は続き、視界のほとんどが火の壁に覆われた。遠くにいても熱いほどだった。ソーサリーたちから受けていた魔弾も止み、迅火弾の火の渦も収まった。敵はいない。遥か遠くに退却する敵の姿を見た。

勝利の角笛が鳴らされた。


全員揃って帰れる、と思ったが、今回メテル騎士団内だけでも39人の犠牲が出たらしい。メテル城に戻ると追悼式典が開かれた。メテル団長は語りかけた。

「戦友の死は、決して無駄にしてはならない。我々は自由を得る為に、種族の為に勝利しなくてはならない。この犠牲となった戦友たちの為にも、これからも戦地に赴いて欲しい」


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、メテル城


その夜、シーカーとスノートは槍撃戦車[改]の点検の為に部屋にいなかった。部屋には風太とケイトしかいなかった。

「ねぇ、風太」

「何?」

「あのね、渡したい物があって」

ケイトは袋から小さな青い鉱石を嵌め込んだ小さな石板を取り出した。

「これね、私の師匠が昔くれた御守りなの。セキュリィ鉱石って言って、守り神が宿ってるって言われてるの」

「御守り…か」

その青いセキュリィ鉱石は、彼女の矛の持ち手に付いている鉱石と同じ輝きを放っていた。

「それ、同じものか?」

ケイトはどこか嬉しそうに頷いた。

「風太がそれを持ってる限り、心は一緒だからね」

「ああ」

風太は微笑んだ。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、メテル城


あれから5日が経つ。

御守りは、ずっと剣の鞘に付いている。

いま、風太はネピュートに向かっている。

ある重要な報告を受ける為に。


「お久しぶりです、風太さん」

シザ・ボルテック団長は、明るい表情をしていた。きっといい知らせだ。

「先日、例の装置が完成しました。それでですね…」

団長は黒い球体を取り出した。中で闇が対流している。

「これに強い衝撃を与えれば、世界間の壁を超えられると思います。あなたは、いつでも帰還することが可能になりました」


これまでに関わった人全員に、帰還することを告げ、同時に「また必ずや戻ってくる」ことを伝えた。

黒い球体は厳重な管理体制のもとクラーヴェン山岳地帯に搬入された。門を作る場所は、メテル城の裏門前に決めた。


現在位置:ソーサルアーツ南部、クラーヴェン山岳地帯、メテル城裏門前


風太が帰還することになり、メテル団長やシーカー、ケイトをはじめとする10人ほどが集まった。風太は黒い球体を、目の前の地面に思いっきり投げつけた。対流していた闇が解放され、穴を作った。あの時見たものと同じだった。

風太は、来た全員と固く握手を交わした。シーカーと握手するのは、穴に入る直前だった。

「いつかまた…来てくれよな」

シーカーは寂しさを湛えた目で風太を見た。

「ああ。きっと。いや、必ず」

風太はシーカーと握手を交わし、黒い穴へと身を投げた。この世界で手に入れた、幾つもの思い出を心に留めて。


気付いた頃にはあの路地に立っていた。服装も元に戻っている。夕暮れだった。異界に入ってからほとんど時間は経っていないようだった。

風太は、消え行く黒い穴に少し哀しさを覚えつつ、路地から出た。近所のネコが伸びている。

風太は夕日を横目に、ただひたすらに家路を急いだ。

ケイトに貰った御守りを、左手にしっかりと握り締めて。


[The"END"]



こんな作品を読んでいただき、ありがとうございました。

…面白かったですか?

と訊いても何も返ってきませんから、コメを確認したいと思いますがw

またいつか出来上がったらうpするので、その時はまた宜しくお願い致します。

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