《ZeRo-現実の中の”夢”》-2
缶コーラを片手に、俺は考える。
……相変わらず日差しはギンギンに照りつけてるし、それに比例して気温も高い。
まるで『それがナチュラルな状態であります』と言わんばかりだ。
たかが自然現象のくせに、ずいぶんと人間様に挑戦的な気候である。実に気に入らない。
ただじっとしているだけでも体感温度で汗が出て来る状況だ。なんたって夏の正午だ、熱いのも当然なんだがな……。
当然なのは分かっているが、ここまで熱くちゃぁ愚痴の1つも言いたくもなるさ。
......そんな過酷な環境下で、俺は一人、駐車場で愛車に寄りかかっていた。
愚痴を言う宛も無く、暑さから来る苛立ち故にいつも程賢くも無くなっている頭脳で、何気ない思考を巡らせていた。
バイクは駐車場のちょうど木の葉で日陰になる場所に駐車してあった。正午に到着したのにも関わらず、こんなにも恵まれた場所が残っていたことは不幸中の幸いだった。
この駐車場は小さな崖の下に位置する、海岸沿いの道に接する様に作られている。
入り口から入って奥の駐車スペースは草木で覆われた林に接しており、林の木のそのすぐ真下に日陰が出来ている。
ただ”考え事をする”にしても、日陰がある場所で佇むのと日に当たる場所で立ち尽くすのとでは天と地程の格差がある。
日陰を生み出している頭上の木の葉は、さわりさわりと身を擦り、掠れた音色を聞かせてくれる。それが多少なりとも俺に夏の厳しい肌焼けを忘れさせてくれた。
……にしても、直射日光を避けてるってのにホントに暑い。この気温はいくら小細工を用いても何ともならないだろう。全く嫌になる。
俺はなにもして無いってのに、シャツが汗でぐっしょりだ。
気晴らしを兼ねてふと砂浜の方を見遣ると、ビーチには沢山の観光客が楽しそうに遊んでいる。
砂浜から見て高台に作られた駐車場からは、道路を挟んですぐそこに砂浜が広がっているのが見える。
俺はなんとなく水着でバレーをしている”おねーさん”を目で追った。
随分と露出の高い水着だな……。カレシとか居る輩だろうか。
---ふと、俺は視界に不憫を感じて目を擦った。ごしごしと擦ってからもう一度砂浜の方を見遣り、俺はため息をつく。
……熱せられた砂のせいだろうな。気温が砂浜の処々に限って高くなっている様だ。空気はゆらゆらとその身を揺らし、景色の一部が歪んでいる様に見える。
その様子を見ただけで分かる、というか察しが付くんだが……。あの砂は絶対に熱い。
炎天下にずっと晒されていた砂浜は、まさに"灼熱"って言葉が相応しい、砂地獄と化しているに違いない。
今、あそこの砂は触れただけで火傷しかねない程に熱くなっているハズだ。
それが分かっている賢い俺は、海に到着してもはしゃぐ事も無く、こうして冷静にコーラを片手に熱せられた砂浜と格闘しているバカ共を眺めているのだ。
……まぁ素直に言えば、浜で飛び跳ねる水着のおねーさん目当てでじーっと眺めているのだが。
それを見ながら思うのだが、良くもまぁあんなクソ熱い足場でビーチバレーなんてやっていられるな。俺ならボールを打ち返す時に身を砂に埋めてしまうのが怖くて怖くて。
とてもじゃないがこんなところで運動なんてしたくない。
俺が注視していたおねーさんだが、まさに今、砂に身を投げ出す様な激しいプレイングでビーチバレーの攻防を繰り広げている。
熱く無いのだろうか? あまりに砂をバッサバッサと打ち上げるものだから、心配にもなってしまう。
……そういえば大分話しが逸れているな。
真っ赤な他人のコトなんて、本当はどうでも良いんだ。
俺が本当に考えていた事は、そんなことじゃなくて……。
「……っ。」
---俺はずっと無言だったが、コーラの缶の中身が無くなった時点でわびしさを感じ、思わず缶を握りつぶした。
それは俺にとって言葉を発せず、そして尚且つ回りに当たり散らす事も無く、自身の思考の根源を再確認出来る動作であった。
”……暇だ”
---先程からなんとなくバイクの前に佇みなんとなくビーチを眺め、なんとなくコーラを飲んでなんとなく待機して……。
既に10分程こうして過ごしている。
要するに暇だ。かといって俺は灼熱砂地獄のビーチで遊ぶつもりは無く、また海に泳ぐ気もない。
いつだって海に来てする事と言えば”観賞”か”傍観”か、もしくは”釣り”だ。
この話しをすると”何故”と聞かれる事が多いが、それに対しては俺は毎年毎回同じ答えを返し続けている。
単純に帰りに行う濡れた状態での更衣や、海に入った後のヒリヒリとした感覚が溜まらなく嫌なのだ。
だから絶対海には入らん。
決して泳げないとかじゃなくて、遊んでいる時以外の動作が面倒くさいんだ。
やっぱり俺は、海に来たらこうして海を眺める他無い様だ。……とっても暇だけど。
最も有意義な海での過ごし方は釣りだと思うのだが、最悪な事にここは”海水浴場”である為に釣りが出来ない。
それで、とっても暇だからその時間を使ってずっと考えているのだ。
”……何故海なんかに来てしまったんだ”……と。
”やはり家に居るべきだったか?” ”いや、バイク乗れたし夏を満喫出来たし……。”
”いやいや、しかしこの暇さはそれに相応するのか……?” ”うーん?”
「〜〜、ふんふん? どうしたんかな、みーくん?」
漠然と思考の中で脳内会議を繰り広げていた時、ふと背後から声を掛けられた。
声だけで誰かは分かる。もう何年間も聞き続けた声だったからな。
俺は振り返り、バイク越しに”ツバメ”に向かい合った。
---さて、先程も言ったが『末次 ツバメ』は俺の幼馴染である。
出会った切っ掛けこそ覚えては居ないが、俺とは確かに幼稚園の頃からの仲である。
小学、中学、高校と同じ学校に通い続け、現在は『北紅葉区第弐産業大学第2学年』で俺と同じ様に通う同級生だ。
顔も好し、そして胸もあるのだが、残念な事に重症のおせっかい病で、やけに俺に世話を焼きたがる。
……実際にされてみると分かるが、結構鬱陶しい。ツバメはそこまで頭が良い方でもないため、稀に……いや、結構な頻度で親切行動が”良い迷惑”になってしまう。
例えば去年は、冬休みの課題を手伝ってくれるとか言って俺の家にやって来たが、最終的に俺がツバメの勉強を見るはめになった。
……まぁ、本人は”一生懸命善意満開”で頑張ってる訳だし、十数年かけてツバメと言う女を理解してしまった俺としては、コイツに限っては多少の迷惑行為に目を瞑る事にしている。
そういえばコイツは、俺が今回海に出掛ける切っ掛けを作った人物でもある。
不意に全ての元凶成る言葉が脳裏に浮かんで来た。
『どうせ夏休みの予定なんてずっと家かバイトだけなんでしょ?』
『折角の夏休み、勿体無いよ!』
『ドーセ夏休み中ずーっといーろけもなーんも無い生活をしてるであろうみーくんが可哀想だから、あたしが一肌脱いだげるっ!』
『海行こ、海!!』
……腹が立つ事に、幾つかの発言は真実と言う名の的を射ている……。だが、仮に彼女の発言が真実だとしたって、こちらにすれば実におせっかいだ。
何故オマエに俺の生活の色の無さを指摘されねばならんのだ。
”どうせ家かバイト”って、”どうせ”とはなんだ”どうせ”とは。家に籠る事が悪いみたいじゃないか。
バイトだって有意義な夏の過ごし方だ。立派に社会の一部として働く事が悪いのか。
てか、出掛けるにしても冷房のある場所じゃ駄目だったのか。
移動手段を俺に頼るとはなんたることだ、自分で確保して来い。発案者だろう。
そもそも何故海なんだ。
……言い出すと愚痴は尽きないが、ツバメはそういうヤツだ。
計画性の無さは今に始まった事じゃない。
それに、ツバメの言葉は本心に違いないんだ。
コイツは昔から嘘をつけない(というより思った事をホントにそのまま喋る)性格だから、リアルに発言そのままに俺を心配しているんだ。
ある意味では、発言そのままに思われていると考えるとココロがギスギスとする。
しかし、それ以上に俺にここまで感けてくるコイツの態度は素直に嬉しい。なんだかんだ言って、俺はコイツの優しさに感銘を受けていたのかもしれないな。
……まぁもしかしたら全部俺の考え過ぎで、ただ自分が海に行きたかったから俺も巻き込んだって可能性も捨てきれないが。
さて、返答を考えていたらいよいよツバメが怪訝そうな顔を見せた。
俺は間を持たせる為にも、ため息混じりに一言呟いた。
「……いや、暇だ。」
俺は率直に現状を告げた。
それ以上に答えが浮かばなかったんだ。夏の暑さは皮肉を考える労力さえ奪っている様だ。
いつもなら気の利いたヒネリのあるヒニクをすぐにでも思いつくのだがな……。
「暇って……。だってみーくん遊んでくれないじゃん! それで暇って言われたってさ……。」
……ちなみにこの『みーくん』というのは小さい頃からツバメが俺を呼ぶ時に使う”あだ名”ってヤツだ。
---今更な感じはするが、そういえばまだ名乗っていなかった気がするな。経緯を説明する為にも、一応名前くらいは知っておいて貰おうかな。
俺の名前は『葉上 未来継』。どちらかといえばインドア派な健全な男子大学生だ。
趣味はバイク運転とネットサーフィン。休日はずっとPCに向かって過ごす事が出来る程度にはネット大好きだ。
先程の『みーくん』というのは、まぁすぐに察する事が出来るだろうが『みくつぐ』の”み”を伸ばして君付けしてるだけだ。
これは幼稚園の時からの呼び名だが、そろそろ気恥ずかしくもある。20にもなって『みーくん』呼ばわりは、主に外出時に結構堪える。
……まぁ、言っても直らないから呼び方についてはもう諦めるしかないと割り切っている節もあるが。
---ツバメが頬を膨らませてムッとした表情を造る。
そういえばここについた当初、彼女は『ビーチバレー? 海水浴!? それとも---』と息巻いて張り切っていた。
対して俺はと言えば、バイクから降りたとたん夏の暑さでイヤになってしまって(という理由をつけて)提案のどちらも拒否して、ただ海を眺める事にしたのだ。
事実ここまで結構長い道のりだったし、速度を出せなかったからキモチ的に不完全燃焼的にもなっていた。
実際問題少しくらい休憩したかったんだ。日光に当たるのもあんまり俺には宜しく無い。
先程は乾いた喉を潤す為に自動販売機まで向かったが、道中で当たった光の強いこと強いこと……。
改めて考えてみても俺の判断は間違っちゃ無かったと思う。
やはり俺には疲れを癒す時間が必要だった。故に俺はツバメの誘いを蹴った上で彼女のしつこい勧誘に無視を決め込んだ。
……そんで放置されたコイツはと言えば、1人で勝手に拗ねてしまって海に走っていってしまった。
---のだが、今のコイツの表情を察するに『海に走って行ったまでは良いが、その先する事も無く結局何もせず戻って来た』ってところだろう。
……今更だが、俺が休んでいた十数分の間に着替えたんだろうが、青色の……。うん、大胆で大変目の保養に宜しい感じ(俺の主観的意見です)の水着はまだ濡れてもいなかった。
1人で海に泳ぐだけの度胸は無いってことだな。コイツは寂しがりやだからなぁ……。
行動の前に計画を立てない性格は、昔からこれっぽっちも直っちゃいない。
さてさて、俺は膨れっ面を見せているツバメを諭そうと口を開いた。
「……なぁ、冷静に考えてみろ? こんなクソ熱い中で運動なんてするヤツがいるか? ……いや、やっぱり答えなくて良い。オマエの主観で言われちゃぁ何とでも言える。先に行っておくが俺はしない。したく無い。そもそもとりあえず日陰から出たく無いね、今は。」
「みーくん、それじゃ外に出た意味がないじゃん!」
……ふむ、尤もな意見だ。ツバメは基本頭は良い方ではないが、時々そのものズバリなコトを言うからそういうところが好きだ。
好きな部分では有るが、大学生にもなったのだからそろそろ直すべき箇所でも有ると思っている。社交性に乏しいと思われるぞ、その物言いは。
まぁともかくだ、オマエが今言った発現は実に的を射ているよ。確かに俺が外に出た意味が分からない。
「……だから、なんで俺外に出ちゃったんだろうなって考えていた訳でさぁ。」
悟ったような口調を意識して一言呟き、俺は頭上を見遣った。
ツバメは真顔でキラキラ目を輝かせて俺と目を合わせて来る物だから、急に目線を合わせている事が辛くなったんだ。
……白状すると、なんだか恥ずかしくなったのもある。なので俺は逃げる様に視線を頭上に向けた。
---向こうは別に何とも思ってないのは分かってる。
考え過ぎてるのは分かっている。
……だけど今のツバメは”水着”だったから、それを含んで眺めていると異性としてついつい意識してしまって……。
「……なんで?」
ぽつりとツバメは呟いた。それに対し、俺は目を逸らしたまま、
「んー……。あ、そうか。きっとバイクに乗れるからだな。」
「もう! そこは私と遊びたかったとか、ありがちな理由で良いからさ!! なんてか、もっとアウトドアな思考になる言葉を言おうよ! 嘘で良いからさ!!!」
何故か知らんが、頬を抓られた。
やめろって。オマエなんか日に当たってたからか知らないがヤケに肌が熱いんだよ。
真夏の正午にこのやり取りは熱ッ苦しいんだよ。
「や、やめろって! いや、マジで……! ちょ、痛い!」
「しーってるもん? さっきからみーくんあたしのことやらしー目で見てたでしょ?」
ツバメがしれっと言ったその一言に、俺は身を凍らせた。
……マジ? マジで俺そんな分かり易い顔してた?
ハッとした俺は、抓って来るツバメの手を慌てて退けて周囲を見渡した。
今のツバメの声は結構周囲に響いた。だから急に世間様の目が怖くなったんだ。
……うわ、なんか冴えない男子3人組みがこっち見てた。
小声でひそひそなんか言ってるし! クソ、そういうコト思っても大声で言うのやめろっての。
注視される事に関して俺は非情に宜しく思わない。正直あんなDQNみたいなヤツ等に見られてて生きた心地はしない。
……あー、もう! オマエは思った事をポンポンすぐに口に出すなって! ちょっとくらい躊躇いを持つか、それかせめてボリューム下げろっての!
恥ずかしいやらなんやらでパニック寸前に陥った俺は、いっその事と開き直って精一杯冷静を取り繕った。
「あ、あのな、俺も一男子だぜ? 水着の女の子が目の前にいるんじゃ流石に意識くらいするぜ?」
……余裕こいた表情が驚く程簡単に造れた。
ニヤリとしたニヒルな笑いを造り、その裏、心境ではパニック寸前であった。まさに迫真の演技と言って欲しい。
ここまで苦しい照れ隠しをしたのは初めてかも知れない。
「へぇ〜? みーくんあたしのことそーゆー風に見てるんだ?」
対するツバメは俺と同等かそれ以上に余裕のありそうなニヤニヤ笑いを浮かべた。
目を細め、若干俺を見下すような眼差しを向けて来る。
何だコイツ……。
「……そのうち襲ってやろうか。」
自分でも驚く程に大胆な発言が飛び出した。
いや、口が滑ったというか……調子が狂って変なコトを言ってしまった気がする。
……おい、ヤメロ。オマエから振っておいてそんな目をするな。
ツバメの表情は先程までのニヤニヤ笑いから、こちらを見下したジトジトとしたものに変わっていた。
何で俺がそんな目をされにゃならんのだ。
「ホントにタチの悪い馬鹿兄だよね、このスケベ!」
ツバメの表情を改善するために、どうやって濁そうかと考えていたときだった。
すぐ真横から、顔面に向かってグーパンが飛んで来たんだ。
……その糞生意気な態度と声には覚えがある。
頬に拳が食い込んだ状態のまま、モゴモゴと喋ってみた。
「おまえ、遅れた上にいきなり”兄上”にグーパンとか良い度胸してるな? あ”?」
「あのね、お兄みたいな変態さんには丁度いいくらいの態度なんだよ、コレ。もうちょっと自分の立場とか弁えた方が良いんじゃないの?」
「……一応聞いてやるが、そういうオマエは何様のつもりだ?」
「”妹様”のつもり。ダメダメなおにぃを思ってついて来てあげてるんだから感謝して欲しいなぁ〜。」
---まさに今、俺の頬をぐりぐりと拳で詰っている、見るからに生意気そうなこの貧乳チビは『葉上 咲』って名前。
……名前で分かって貰えただろうが、哀しい事にコイツは俺の妹だ。
兄である俺を慕ってか、同じ大学に通学している。学年は1つ下。……『北紅葉区第弐産業大学第1学年』。
性格は極めて凶暴であり、実の兄であるこの俺を見下している節がある。
そのくせ対して頭も良い訳では無く、ツバメとセットで俺に勉強を教わりに来る事が多い。
……その際にはあざとく謙って来るのだが、その時以外にはまるで可愛げが無い。
趣味はバイク運転と読書(漫画)であり、日頃の生活では後者の方が優先されるらしく平穏に過ごしている俺の自宅Lifeをやたらと妨害して来るメンドクサイヤツだ。
---さて、どうやらコイツは”ついてきてやった”という風な認識らしいが、それならこちらから願い下げである。
遅刻して来たヤツに人権等無い。
「誰もついてこいなんて言っていない。第一遅刻しておいて偉そうな事を言えるのか?」
「遅刻って……。家を出たのは一緒だったじゃん! ちょっと信号とかつっかえちゃっただけだよ……。」
「信号ごときで10分以上遅れるかよ、馬鹿が。ちゃんとついて来れてないから遅れるんだろうが。」
咲が運転免許を取得したのは大学に入ってからすぐの事だ。
まだ運転に馴れていないのか、スピードを出す事に対して躊躇いがある様だ。
たまのツーリングでは、俺がちょっと速度を出すだけで後からぐちぐちと文句を垂れ流して来る。
安全運転と言えば聞こえが良いが、時速40キロをキープするのではバイクに乗っている意味が無い。
スピードを出さないなら、いっその事もう少し速度を下げて原付に乗り換えるべきだ。
「ち、ちがうもん! あれはおにぃが早すぎるだけー! スピード出し過ぎだよ、いつか事故るんだからね!!」
……全く、自分の非を認めないヤツだ。
呆れてしまって、俺は両手で”お手上げ”しながらツバメの方を見た。
オマエなら知ってるよな、俺の今日の安全運転ぶりを!
「……、……。」
……俺はツバメのフォローに期待して振り返ったのだが、肝心のツバメは相変わらず俺に冷たい眼差しを向けていた。
ま、まだ続いていたのか? 俺はヤツの無言の圧力に気圧されてしまう。やめろ、何も言わずにジトジト見るのはやめてくれ……。
「そ、そうだった! 今はわたしの運転についてつべこべ言うときじゃぁない! おにぃの変態さん度合いに呆れちゃうって話しだったよね!」
ツバメの様子に気がついた咲が調子を取り戻した。
必至になって話題をすり替え、オマケに俺に対してのdisまで添えて来る。
「おま「そーそー、それね……。みーくんがそういうコトを言う度にあたしの立場もなくなるんだよねぇ……。どうしてこういう風に育っちゃったんだろうなぁ……。」
咲に対して言葉を述べようとすれば、ツバメが俺の言葉をかき消してしまう。
これはいつものことだ。コイツラはいつもグルなんだ。俺を陥れる事に関してこの2人はヤケに息が合う。
何故俺が目の敵にされなきゃならんのだ。
流石に女子2人にボロクソ言われていい気はしないぞ。
というかツバメ、オマエは俺の母親か何かか。
「ほんっと、どーてーさんのクセにツバメさん相手に張り切っちゃってさぁ? こんなダメダメな引きこもりおにぃを持ってわたしは恥ずかしいね、ホント!」
……こンのクソガキぁ……!
ニヤニヤとウザったい笑みを向けてくる。 ダメだ、これに激昂するのは駄目だ、俺の威厳に掛けてそれだけはしちゃならない。
コイツの言葉は単なる煽りだ。ここで怒っちゃならん……!
「……生意気だな。」
頬をピクピクとさせながら俺は、絞り出す様に一言を添えた。
「生意気でしょ♪」
「あぁ、二度と宿題手伝ってやらん。」
「申し訳ありませんでしたお兄様。」
得意げな表情だった妹は一瞬で神妙な面持ちになって頭を下げた。
思わず、俺はフッと笑みをこぼしていた。
勝った! 所詮貴様は優れた兄の揚げ足を取る事でしか優位に立てない下賤な妹め!
かつて以前高校時代に一度、ガチでコイツの勉強を放棄したときがあった。
最初から俺を当てにしていたコイツはその時の課題を提出出来ず、大目玉を喰らったのだ。
そのことを引きずっているから、咲にこの脅しは多いに有効である。
「あまりお兄様を怒らせると後が怖いぞー? フッハッハッハ!!」
堂々の高笑いをしてみせた。
周囲の目など最早どうだっていい。今はこのチビ助を盛大にからかってやりたい気分なんだ。
「つ、ツバメさーん……。勉強教えてくれませんかぁ〜?」
「え、あたし? むりむり! 1年生の時の内容とか教えれる程覚えてないよー!」
咲は縋る様にツバメに寄り添ったが、ツバメは首を振って困惑した様子を見せた。
此の期に及んで兄に対する抵抗を見せるか……。しかしツバメを頼ったのが運の尽きだ。
……ツバメの学力の低さはお前だって知っていたろうに。
「う、うぅ〜……。おにぃに頼るしか無いとか、ホント最悪〜!」
「自分の学力の低さに嘆け。日頃漫画ばかり読んでるからそうなるのだ馬鹿が。」
踞って嘆く妹を見下して一言。
実に気分は良い……。いつ以来だ、こんな風に妹と喋ったのは。
いつも家で顔を合わせても、ここまで喋ったりはしないからな……。
……まぁ、たまにはこういうのも有りかな。外に出て喋ってみるのも……。
「うん、みーくん良い顔!」
「は?」
不意に頭をポンと叩かれた。
ツバメは唐突に表情を和らげ、俺にフンと笑いかけて来た。
「だって、ずっと暗い顔してたじゃない? やっと笑ってくれたね、みーくん!」
「あー、いや、そんなにくらい顔してたか?」
言われてみて、確かに先程まで”暇だ”と考えている最中、表情が硬かった気がして来る。
……さっきのジト目も態度も、なにかしら俺を気遣ってのことだったのか?
「この世の終わりだって言わんばかりの顔だったね、流石引きこもりおにーちゃんだね! マジクズ!!」
「うるせぇ、黙ってろよ!」
……仮にツバメが親切だったとしても、コイツは絶対に違う。
言う程には怒ってはいないが、場の雰囲気に任せて咲を叱咤する。
咲はココロ無しかしゅんと肩を竦め、ツバメが咲の頭を撫でてそれを慰める。
ツバメの事を優しいヤツだと、その仕草や姿を見て思った。
……気遣ってくれたなんて、もしかしたら俺の考え過ぎかもしれない。……けど、ありがとう。
俺はココロの中でツバメにささやかな礼を言った。
(……ん?)
数分後の出来事だ。
完全にヘソを曲げた咲を連れて、ツバメは海に繰り出して行った。
俺はと言えば、やっぱり熱いのがイヤなので駐車場に残った。
ツバメは最後の瞬間まで渋ったのだが、アイツの心配する程俺は退屈はしていない。
先程からはこの時間の持て余し方にも満喫しているつもりでいる。
気遣いは有り難いが、俺には俺なりの時間の使い方ってものがある。
---騒がしい2人が居なくなってやっと一息つけたのだが、しばらくしてふと遠くから妙な音が聞こえて来た。
なんだ、エンジン音? 俺の愛車のそれと似ている音だから、そう思った。
その音はだんだんと大きくなって来る。
俺は不服に思った。ヤケに激しい音だ。
観光地にはありがちな事かも知れないが、ささやかな静寂の時間を楽しんでいる俺には邪魔なモノだ。
相当離れた位置から聞こえている気がするが、音の質的にやけに轟々としている。
音が更に大きくなって来る。俺は音に耳を傾けた---。
---その時、不意に今に聞こえて居るのとは違う轟音が轟いた。
すんごく近くだ。急に近くで鳴りだした轟々とした音に、俺はびっくりして少しだけ身を引き攣らせた。
轟音の根源を探して周囲を見渡すと、すぐ近くに音源は存在した。
先程のDQN3人がそれぞれ色違いでお揃いのバイクにエンジンをつけていた。
エンジン音を無駄に響かせ、3人は駐車場を後にした。
「……迷惑なヤツ等だな。」
俺は独り言を呟いた。
正直轟音にびっくりして、心臓がバクバクいってて体がぷるぷると震えている。
クソ、驚かせやがって。
そのまま1人で悪態をつきたいのをグッと堪え、俺は日陰にそっと腰を下ろした。
……さて、今度こそゆったり出来るな。
轟々とした騒音が遠くに行くに連れ、周囲は静寂を取り戻して行った。
再び頭上の木の葉がこすれ合う心地のいい音が聞こえて来る。
……そうか、静かって事はこんなにも幸せな事なんだ。
賑やかなのも悪く無いと先程思ったばかりだが、やっぱり俺はこちらの過ごし方の方が性に合っている様だ。
---葉の立てる音色を聞きながら、俺はまぶたを閉じた。
(……うん?)
---そして俺は、すぐにまぶたを開いた。
……なんだ、自然な葉の音色に混じって不規則な葉音が……。
「……あっ!」
ガサリ! と、すぐ目の前の草むらが大きく揺れた。
そして”あっ!”と言う声と共に、草むらから何かがボトリと飛び出して来た。
……いや、”何か”と言っても言葉を発した時点で人だってことはわかってるんだが、その人は何かに足を引っかけたのか”べちょり”と駐車場のコンクリートにめり込む様に倒れた。
その人物は白いワンピース状の服が特徴的だった。
また、服とは対照的に真っ黒できめ細やかで肩程の長さに纏めてある綺麗な髪も印象的である。
……というか、倒れた状態から復帰してないからそれくらいしか見える部分が無い。
背丈を見た感じでは、俺とそう大差ない年齢に見える。
体型、特徴なども兼ねて見れば、それは”女性”の様だ。
その女は”うぅ……”と小さなうめき声を上げた。
---ふと、足下で”からん”と音がした。
倒れた拍子に落としてしまったのだろうか。彼女の服のポケットから黒色の四角い物体が飛び出し、地面を転がった。
……見た感じ、スマートフォンの様な何か? 通信端末か何かだろうか。
地面を転がった黒い端末は少女の手の届く位置を離れ、俺のすぐ足下まで転がって来る。
俺はなんとなくじっと端末を見ていたんだが、しばらくしてじとりとした何かを背筋に感じた。
それが視線だと気がついて、視線元に目を向ける。
先程の少女が地面に倒れたまま訝しげに俺をじとりじとりと睨んでいた。
なんだってんだ? ……なんだか殺気立ってる?
良く事情は呑み込めなかったが、俺は無意識に彼女の落とした”通信端末の様なモノ”に手を伸ばした。
……いや、人が物を落としたら普通拾ってやるだろ?
「……!! だ、ダメ! 触らないで!!」
「んん?」
俺の行動を見て、少女が急に声を張り上げた。
ただ、彼女のそれはあまりに遅過ぎる忠告だった。
俺は既に、端末を拾い上げていたのだ。