お仕事その7 使い方
それは朝の出来事だった。
朝日が一切入ってこない裏路地に建てられた建物の二階で寝ていた俺。一応仕事をこなした次の日なので体が疲れているのは当然のことだった。それを言い訳にして朝なんか来なくていいからそのまま目が覚めたら昼も越えていましたって感じになることを望んでいた。
無理だった。
「おはようございます。一応、朝ご飯を持ってきましたけど」
この建物をリフォームするべきだと思う。いや、それが無理ならばこの部屋だけでもリフォームして欲しい。ドアの開け閉めの際に生じる音はまさに不協和音そのものだ。名付けて安眠妨害システム。疲れている仕事人には勘弁してほしいシステムである。
邪魔された安眠から現実世界へと戻ってきた俺は、ドアを開けたままこちらを見ていた女性に「どうも」と寝起きの顔で一言礼を言った。それを聞き取ると、彼女はにこりと笑ってドアを閉めた。不協和音再び。寝起きの機嫌がさらに悪くなる。壁の防音など無いに等しく彼女が階段を下りていくのが丸聞こえだった。
ため息を吐く俺。とりあえず持ってきてもらった朝飯をいただこう。ベッドを除く唯一の家具、テーブルの上に置かれた朝飯に目を移す俺。
ザ・サンドウィッチが二つ。思考が停止した。
「まぁ飯にありつけてるだけ感謝すべきか」
不機嫌度最高状態でサンドウィッチに手を伸ばす。中身が昨日とは変わっていたことに少なからず嬉しさを感じ、機嫌を良くする俺だった。今日の中身は、一つがトマトとレタスとキュウリにマヨネーズのトッピング。もう一つはスクランブルエッグにトマトケチャップ。不味くはない。
無言でそれらを平らげる俺。ふと、気づく。
武器はどこに行った?
無駄な空きスペースがありすぎるこの部屋の中にそれらしき姿は無い。まさか。
「私が握った瞬間に銃のような形に変形してしまって」
「……見せてみな」
「そ、それで突然根っこのようなものが伸びてきて、手に固定されてしまって」
カウンターの上に出された彼女の右腕。右手はしっかりと俺の武器を握っている。いや、握るような状態で動かないのだろう。その銃の弾倉部分から伸びる木の根のような部分が彼女の右手首にしっかりと絡みついてしまっている。
カウンターの向こう側から己の腕を見せている彼女の表情は困惑を隠せない。逆側で座りながら絡みついてしまった部分を見ている俺は、ため息を吐く。そのため息をどう受け取ったのか彼女は焦りながら口を開いた。
「もう戻らないとか!?」
「馬鹿野郎。俺の武器なんだからちゃんと返してもらうに決まってんだろ。俺の武器は特殊な武器で、握った人の戦闘スタイルに合わせて形状変化する武器なんだよ」
「形状変化?」
「そう、お宅はどうやら銃による戦闘を得意とする……まぁあっちの顔が得意そうだからな。だから、コイツは銃になったんだろう。だがしかし、そう簡単には使えないのさ」
「あのぉ、武器の説明はいいので早く戻してくれませんか?」
正論である。
俺は彼女の右手に手を重ねる。突然の出来事に彼女は目を大きくして驚いたが、俺は「まぁ見てな」と一言つぶやいた。重ね合わせたその瞬間から彼女の右手は光り始めた。そして、数秒が経った。
「戻った……」
光が治まると同時に彼女の右手から銃は離れ、カウンターの上に四角い銀色のキューブが一つ転がっていた。これが俺の武器の大元。転がっているキューブを右手で握ると、元の幾何学的な刀身を持つ俺の武器に戻った。これが俺の武器の戦闘形状。
「あなたの武器であることは分かりましたから」
どうやら俺の武器ということを連呼したことに腹を立てたらしい。さすがに、しつこ過ぎたか。
「それにしても何で離れなくなってしまったのです?」
「この武器にも使い方があるんだよ、使い方が」
そう言いながら俺は武器を指差した。そして、思い出したようにさっき食べた朝飯の皿をカウンターの上に出し「ごちそうさま」と一言つぶやいた。
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