お仕事その6 最低限
「二重人格というより人としての本質が変わったみたいな気がするぜ?」
「惜しいところまで来るね、アンタ。詳しいことは話すほど親しくないからしないけれど、そういう類のもんよ」
「ふ〜ん」
突然変身した女性は、触れていたカードを右手の中へ収めると、カウンターの中へと入って行った。さきほどの彼女の言葉からすると記憶の共有はできているものの実質的な意識は変化するということか。俺の武器に一切触れないまま戻るとは。
店の扉が開く音がした。古い建物であるが故に木々の軋む音が想像以上に響き渡るのがこの店のウェルカム入店時の音。そのせいで嫌でも入店したことに気づかされる。
それにしても、さすが裏のお店と言うべきか。もう真夜中だと言うのに客が来るとはな。
「基本的には夜にしか開かないの、このお店」
いつの間にか口に出していたのだろうか。俺は大して驚きもしないでその会話に乗っかる。
「そういう類のお客を相手にするためだな」
「そういうことよ。それで、アンタはどういったご用件なのかしら?」
俺との会話に一区切り終えさせ、たった今入店されたお客様に声をかける彼女。全身をところどころ薄汚れたローブをまとっているため、その体の特徴がよく分からない。身体の大きさからしてまだ子供なのではないだろうか。ちなみに、縦の大きさだ。そのお客様がこちらに向かって歩いてくる。歩いているときに見える足元は、どこをどう歩いてきたらそうなるのか分からないほど傷ついた――裸足。そして、そいつは俺の隣まで来ると頭に被っていたローブを脱ぐと彼女に向かってこう叫び始めた。
「へ、部屋を貸してください」
彼女の目は突然何かを冷たくあしらうような目に変化する。その状態の目がローブを脱いだお客様の隅々を、まるでチェックするかのように見ていた。ローブを脱いだお客様は、髪をいつから整えていないのか分からないぐらいぼさぼさの長髪で、黒いのか茶色いのかよく分からないぐらい汚れてしまった髪質。そして、いつから体を洗っていないのか分からないぐらい顔は汚れていた。それでも、声から少年であることがうかがえる。
彼女のその行為が何かの審査なのかよく分からないが、その目が再びお客様の顔に戻ると、彼女の口は開かれた。
「何に使うつもりで?」
「しゃ、借金取りから逃げるんだ。そのために隠れる場所が必要で」
彼は彼女の顔から目をそらすように下を向きながらそう答えた。震えるようなその声には、おそらくわずかな希望とこれを拒否された時のこと、それからの絶望を考える恐怖が感じられた。問から返ってきた答えを聞いた彼女は次にこう言った。
「いいわ。それでは契約のお話ですが、あなたに賭けられた懸賞金はいくらかしら?」
「け、懸賞金……」
突然の言葉に驚きを隠せないみずぼらしい少年。隠せない驚きは下を向いていた彼の顔を思わず彼女の方へ向けてしまうほどの力を持っていた。少年の言葉に彼女は「えぇ、懸賞金」とだけ答えて、この場では悪魔にしか見えない微笑みを少年に見せた。
「無いです」
「あらぁごめんなさいね。どこの噂を嗅ぎつけてやってきた子犬ちゃんだか知らないけれど、ウチの借りるための最低限の条件は『懸賞金』とか『裏社会での有名度』みたいなものが必要なの? 見たところお客様は裏社会で有名ではないような方に見えたので懸賞金の方をお尋ねしたのですが。すいませんね、出て行ってもらえます?」
少年の言葉を引き金に彼女の口から次々と言葉の弾丸が放たれた。最終的には少年を突き放す驚異的なミサイルが放たれた訳だが。
それでも少年は引き下がろうとしない。その目を意志ある目に変えて。
「い、嫌ですっ! 絶対に借りて、借りて帰りますっ!」
「黙れよ小僧」
銃弾が放たれる音が高らかに響き渡る。比喩表現ではなくこれは実物。俺の目には少年の右肩の上の辺りを銃弾が飛んでいくのが確認できた。少年は目を丸くした状態で彼女の方を向いたまま動かなくなった。彼女はと言うと、左手に銃……にしては幾何学的な形状をしたモノを構えて立っていた。
「こっちも商売なんだよ、分かんねぇのか小僧。アンタのその威勢を使ってなぁ裏の世界で大暴れしてきたなら貸してやるよ。それが無理ならちっちゃく這いずり回って有名にでもなってきな」
「うっ」
大抵の少年はそうなるだろう。どんな事情があったのかは分からないが、借金取りに追われ裏の街のこんな不動産屋に隠れる場所を借りに来るならば、そうとうな苦労をしてるんだろう。世間一般的なレベルで計るとだが。それに少年と言う年齢であることも原因の一つにあるだろう。何の原因かと言うと。
少年は大粒の涙を両目に浮かべていた。そして、涙声で、もはや何も聞き取れないようなその声で、こう言って店から姿を消した。
「ありがどヴございまじだ!」
「すばらしい感謝の言葉だな、あの少年。まさかあの状態でお礼を言って出ていくとはな」
空気と言う称号を手に入れても良いと思うほどずっとやり取りを見ていた俺は彼女にそう言葉を投げた。彼女は銃と思われるモノをカウンターの上に静かに置いてから、俺に言葉を返した。
「たまに来るんだよねぇあんな野郎ども。でも現実見せてるだけだよ、現実。そもそもローンが払えなくなったらそいつの懸賞金で払ってもらう契約になってるんだから」
「くくく、なるほど。損はしないビジネスになってるってわけか」
「そういうこと」
思えば仕事を済ませた後の出来事だった。連続で起きていた。俺の体は悲鳴を上げていた。つまり、そろそろ眠りにつきたくなってきた。
彼女に眠るための部屋を貸してくれと言うと、まるで先程の契約のようなやり取りをさせられたので、俺は「そういう冗談はいらないから」と一言つぶやいた。彼女はにやりと笑みを浮かべた後、部屋の場所を教えてくれた。
カウンターの隣には扉があり、その扉が二階へとつながる階段への扉だった。二階の部屋を好きに使ってくれと言われたので、階段を上がって右側の部屋に入った。もちろん武器を持ってである。その部屋は限界までコスト削減に費やした部屋が広がっていた。テーブルとベッドしかない。
「寝る」
誰もいない部屋でそうつぶやいた俺は、武器をテーブルの上に置きベッドに倒れこんだ。
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