お仕事その5 落し物
「はい、サンドウィッチです」
「どうも。とりあえず飯にありつけて良かった良かった」
テーブルの上に出された皿には二枚のサンドウィッチが無造作に乗っかっていた。そのうち一枚を手に取り、口へと運ぶ。中身は卵とハムがサンドされていた。まぁまぁな味付けだ。
「美味しい味付けを求めてるなら表で食べてきてくださいよ」
いきなり女性が冷たい口調で俺にそう言ってきた。知らない間に口に出していたようだ。思いっきり批判を受けた俺。もぐもぐと口を動かしながら店内を見渡す。外からの様子と比べても酷い有様だった。
まるで中で戦闘を繰り広げたのかと思われるほど置かれている家具には、刃物で切った跡や銃弾で打ち抜かれたような跡まで残っている。店の床にしてみれば、いたるところで板がまるごと抜けており注意しなければ、足だけでも落ちてしまいそうである。同様に壁も天井も傷だらけである。一見すると何かの事故現場かと思えるほどである。
そんな店内の中でもきれいなものは一応ある。俺が今椅子に座りながら肘をついているこのカウンターだ。まるでバーにあるように長いそのカウンターは受付を行うだけに必要とされる領域をはるかに上回っている。口の中のサンドウィッチが消えたついでに口を動かして聞いてみる。
「受付にしては長いカウンターだよな。不動産屋の前は違う仕事でもしてたのか?」
「えっと、前この店を持ってた人がバーを経営してたって話は聞いたことがあります」
「まぁこれだけ長いカウンターをバー以外の何に使えって言うんだろうな」
「分かりませんよ、何か飲食店を経営していたのかもしれませんし」
そう言いながら彼女は、カウンターの向こう側で何かの書類を整理している。
なるほど。俺が今されているように向こう側から料理を出して、こちら側でそれをいただくという形式か。長い間の俺の食生活は自炊か雇い主からの配給、安くて不味い店の料理、同業者からの心無い同情だったからな。いろいろな事情でそれ以外には立ち入らないようにしてたからな。
俺は二枚目のサンドウィッチを口に運ぶ。今度はレタスとハムにマヨネーズのトッピングか。大好物だ。
「それで」
「はひ?」
すみません、礼儀作法がなっていませんでした。俺は口に食べかけのサンドウィッチを入れた状態で返事をした。そのせいで言葉はおかしな音で彼女の耳に届いた。彼女は俺を呆れた顔で見ている。俺でもそうするだろう。口の中身を急いで飲み込み、今度こそまともな返事を返した。
「さっきの武器はもう一度降ってきませんよね」
「降らせないで呼び寄せる方法もあるから心配しなさんな」
俺はズボンの右ポケットに手を突っ込み、とあるスイッチを押す。実はスイッチには二種類あり、以前押したスイッチとは別のスイッチを押した。ちなみに、見せるつもりはさらさら無い。彼女の目は俺を信じられないと言わんばかりに疑惑を持った目と化している。急いで呼び寄せるとするか。
ポケットから出した右手を開き、手の平を俺の右側に向ける。すると、その手の平の先におぼろげな輪郭が浮かび上がり始めた。
「ほえぇ〜」
何とも言えない感想を彼女が言う。それに反応しても仕方がないので俺は微動だにしなかった。徐々に形が現れてきた。幾何学的な刀身。装飾も一切ついていない、ただ握り易さだけを求めたグリップ力のある持ち手。それが俺の武器。
実体化は完璧に完了した。一度これも失敗したことがある。子供の頃に間違えてゴミ箱を呼び寄せたことがあり、一種のトラウマとなっている。その場の戦闘は放棄したのもいい思い出だ。
「そ、それちょっと握らせてもらえませんか?」
「別に拒否はしないけれど持つことはできないと思うぜ」
彼女はカウンターの横から出てきて俺の武器の持ち手に触れようとした。その瞬間、何かの音が店内に広がる。俺はそれがすぐに何かが落ちたときの音だと分かった。なぜなら俺の目には何かが彼女のポケットから落ちるのを目撃したからだ。
「何か落ちたみたいだけど」
「触れちゃダメですっ!」
俺が手を伸ばしかけたその瞬間に、彼女は叫んだ。落ちたそれは一見すると……カード? なぜ「触れちゃダメ」なんだろうか。それほど大切なものなのか。薄汚い汚れた裏社会の奴に触ってほしくないモノとか? 自分で自分をそこまで卑下できる俺もすごいな。
「そんなに嫌がるなら別に触れることはしないけれど」
「良かった。実はそれ、触れると電撃を喰らうんです」
「へぇ、それは面白い仕組みだな。触れると爆発したり、腕が切れたり、一生くっついたりする仕組みは知ってるけど初耳だな」
「冗談じゃないですからね、一応。あと、これから起こることも冗談じゃないので」
そう言うと彼女は俺が振れることをあきらめたカードに触れた。
その瞬間、何が起こったのだろう。いや、ある程度の奇妙奇天烈が起きても驚かない俺でもさすがに驚いた。触れた彼女の髪は突然くるくるのパーマがかかり始めた。彼女の顔がこちらを向く。彼女の変化がもう一つあることに気づいた。彼女の目は青色だったはず。今の目は黒色に変化している。すると、彼女の口元がにやりと微笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「こっちの顔では初めましてだろ? 二重人格だってアンタ見抜いたじゃん。これが裏のアタシ。何か文句でも?」
表は静で裏が動。典型的な二重人格だ。
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