お仕事その4 役割分担
2011:09:23
脱字を修正。
「それで、何で追われてるわけ?」
もうすっかり夜になってしまった。さびた看板、いつから使われていないのか分からないビル群。こんな古びた街を照らす明かりは街灯と月のみ。人の気配のしない裏路地を俺と女性は肩を並べて歩く。俺が言葉を発してから数秒後、彼女の口が開いた。
「理由分からないんですか? もしかしてあなた、この街の人じゃないんですか?」
「何だよ、それ。この街に住んでたら誰でも知ってるくらい君って有名人なの?」
「いや、別にそういうわけでは……」
「まぁ、雇い主が話したくないなら聞きはしないけど。それよりも何を支払ってくれるのか、それが気になるね」
「それは……」
突如、俺の隣から女性の姿が消える。いや、消えたわけではなかった。彼女の足が止まっただけだった。
数歩進んでからそのことに気づいた俺は、止まってしまった彼女の方を振り向く。顔を下に向けてしまった彼女の手は前で握りしめられたまま、震えていた。
口元をよく見ていなかったが、ふと彼女の声が聞こえたような気がした。もしかしたら今一瞬何かをつぶやいたのかもしれない。よく聞き取れなかったことを彼女に伝える。すると彼女はこう答えた。
「私の命でどうですか」
その言葉にきょとんとしてしまった俺が居た。傭兵人生を歩んできた俺の中で初めての報酬だった。
「……君も面白い人だな。何か裏があるのか? それとも純粋?」
「この街に居れば、近々知ることになると思います。私の本性とそれに賭けられた賞金を」
「本性ねぇ。そいつは一体どういうことなんだ、まさか二重人格とか」
「な、何でそれを!」
まさかの茶化すつもりで飛ばした言葉が真実だったようで。本気で彼女は驚いていた。平然を装っているが俺だって内心驚いている。
真実が判明したところで、こんなところで会話を繰り広げていても先程の奴等のお仲間さん方が到着するのを待っているだけだ。俺は彼女にどこか行く当てはあるのかを聞いてみた。
「一応無茶苦茶に逃げていたわけではないわ。この先に私の経営するお店があるの。そこなら隠れられるから」
「なら、道案内を頼もうかな。その代わりと言っては何だけど俺がある程度警戒はしとくから」
「なるほど役割分担ですね。分かりました」
一つだけ気になったことがある。そこが待ち伏せされていたらどうするのかということだが、それは聞かないことにした。
前言を撤回しよう。待ち伏せはほぼ不可能だ。
俺は確実に道が分からなくなった。裏路地と言われる場所がどれほどの複雑さで構成されているものかを思い知らされた。どの方角へ歩いているのか、どこから来たのか、同じ景色ばかりで何が異なるのかさっぱりだ。それでも、先導を頼んだ彼女は一心不乱に目的地へ進んでいった。彼女が一番恐ろしく思えた今日この頃。
混乱している俺の目の前で彼女の足が止まる。どうやら目的地に辿り着いたらしい。道に迷ったわけではないことを祈る。突然彼女が指を指した。指の先には看板で派手に「黒の管理人」と書かれた看板を掲げた建物があった。周辺の建物といい勝負をしている。ぼろぼろだ。
「ここが私のお店。不動産屋を経営しています」
「ほぉ、追われてる奴が不動産屋か。それで、経営難で今にも潰れそうなんじゃないのか」
「お客様は無くならないです。だって」
そう言い残して彼女は店と言い張る建物の中へ入って行った。入ろうとした俺の目の前に再び彼女が現れる。厳密には俺の目の前には何かのメモ帳が現れたのだが。
見ろと言わんばかりに差し出してきたので、彼女の手からメモ帳を受け取ると一枚目をめくった。この店の利用者だろうか。名前がいくつも書いてあるようだ。しかし、その隣には普通は書かれないような数字が書いてある。
「ここに借りに来るのは表じゃ借りられない顔を持った人達。それぞれがいろいろな目的で借りに来ます。隠れ家だとか静かに暮らしたいだとか」
「この隣にあるのは賭けられた賞金の額か。もしかして狙われてるのはこれか?」
「そうです。どうやら誰がどこに住んでいるのかの情報を狙う方々が多いようで」
「なるほど。だから、君を殺すわけではなかったのか」
そう一言つぶやいた瞬間にものすごい勢いで俺の手からメモ帳が奪われる。突然の出来事に「おっ」と言ってしまった。彼女の方を見るともう姿は消えていた。
夜になって少々寒くなってきたようだ。俺はあえて「寒っ」とつぶやきながら店の中へと足を進めた。
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