お仕事その3 レンガ
何が起こるか分からないのが日常であり、それに対して備えておくのも日常である。
いきなり黒いスーツを着た男三人に銃口を向けられるかもしれないと備えておくこと自体は、裏の街で生きる俺にとっては大した備えではない。という訳で俺は素早くズボンの右ポケットに手を入れると、中に入れておいたとあるスイッチを気づかれないように押した。
「今、何をした」
どうやら気づかれないように行動したつもりだったのに、リーダー格の奴には気づかれていたようで。俺はそいつのその言葉に反応するように顔ににやりと笑みを浮かべ、目を瞑った。俺のその行動が引き金を引く原因となったのか、その直後に銃声が鳴り響いた。
だが、それでも遅いのだが。
それらの銃声はすぐさま聞こえなくなった。なぜなら、俺の備えておいたモノが正しく届いているなら目の前に、それが落下してきたはずだからである。
「……なんだ、何が落ちてきたっ!?」
俺は目を開ける。どうやら落下の際に地面を大きく抉ったようで、目の前はまるで意図して作り出したかのような土煙が視界を覆い隠していた。好都合だ。おそらく落下してきたものは地面に突き刺さったままだろう。ならば、それを手に取ることで今晩の命は助かる。
俺は仕方なく土煙の中を前に進み始めた。早足で。視界が良好になるまで、またはもう一度銃声が聞こえるその時までがタイムリミットだ。黒いスーツ姿の男達が女性を排除する目的で追っているわけではないのは、俺とのこのやり取りで分かった。
本当に排除するだけの目的なら俺にかまう必要が一切無いからだ。発見したら即殺しで十分だろう。
そして、ちょうど右足、左足、右足の順番で前に進んで行ったところにそれはあった。右足に何かが当たったのだ。その場所で右手を使い前方に柄を探す俺。何かに右手が当たる。握れるかどうかを確認した後握ってみる。間違いない。
良かった。過去に一度仕事の最中に今回と同じように呼び出した際に、間違えて物干しざおを掴んだことがある。恥ずかしかった。
俺はそれを今度は両手で握り引っ張り上げる。その時、ちょうど砂煙が晴れはじめた。相も変わらず三人の男達はこちらを向き、銃口を向けていた。おそらくリーダー格の男が指示したのだろう。そして、彼らの後ろに女性がいるかどうかを確認するが――どうやら逃げ出したようだ。
まぁそれでもいい。
あんまり気にして歩いていなかったが、レンガの道路だったようで先程の破壊でレンガの破片があちこちに吹き飛んでいるのが見える。しかし、今はそれどころではない。銃を構える男たちが叫ぶ。
「何をしたかは知らないが、今度こそ生きていられると思うなよ」
「俺が言うのもなんだけどそれ死に台詞じゃないか」
俺は両手で握ったそいつを思いっきり引き抜くと、そいつを今度は地面に叩きつけるように前へ振り下ろした。地面に当たった際の衝撃は先ほどまでとはいかないが、目の前で銃口を構える男三人を驚かせるぐらいの振動を生み出すことはできたようだ。
「銃弾よりも速くぶん回してやるよ」
振り下ろしたそいつを地面から引き抜き、今度は思いっきり振り回す姿勢を取る。体勢を崩していた男達は再び銃を構えようとする。しかし、できなかった。俺が振り回したそいつはおそらく男達の記憶の中で見たこともないような速度でぶん回されたのだろう。男達はかすかに「なっ」という謎の声を挙げながら吹っ飛んでいった。
「……しかし、この武器の本来の使い方とは異なるけどな」
「ならば正しい使い方を見せてもらおうかッ!」
突然聞こえた男の声。どうやら一人隠れていたようだった。そういえば男達の人数を確認するのを忘れていた。声のする方を向く。その方向は行き止まりとは逆の方向。つまり、俺が来た方向。いつの間にか後ろを取られていたのか。
間に合わないかもしれないが俺はそちらの方を向いた。ふむ。何が起こるか分からないのが日常か。なるほど。
「ぐへっ」
「あらら、逃げたのかと思ったのに」
「支払うものはしっかり支払いますから」
男はどうやら自分自身も後ろを取られていることには気づかなかったようで、後ろから追われていた女性に何かで殴られた。
何かを確認するためによく見るとそれは、さっき俺が破壊した道路の破片だった。
■リンク
6倍数の御題:http://www3.to/6title




