お仕事その29 迷わない
※2012:03:31 表現を訂正。
そして、彼女の体は変化した。
両腕は巨大化し、指であった部分はそれぞれ兵器に変化していた。下半身はまるで蛇の体のように異様に長く伸び、鋼鉄の皮膚が薄明りを反射している。頭部があった場所にそれは無く、代わりに何本かの腕のようなものがそこから生えている。それらは鋼の鱗を皮膚に纏い、先端は腕というよりも爪のようなものに近い。
そして、胸部には彼女の元の体が存在した。変化した体から上半身だけを外へ出したような形をしている。表現しがたいのは、こんな状況を俺は見たことが無いからだ。その彼女の目は白目を向き、大きく見開いた状態である。
「……欲望」
「何?」
突然、目の前の彼女が語り始めた。もはや彼女と呼ぶべきかどうかは伏せておくことにする。
「輝石は、人の欲望が高まると光り出す。欲望の代わりに力をくれる。かつてのこの街には欲望が多数存在し、いくつもの輝石を輝かせた。物珍しさに輝石を商売に使う商人達が現れた。その輝石は、彼らの目の前では一切光ろうとせず、商人達により輝石の知名度は急激に下がることになった」
「それが、一体どうした?」
「今では輝石を掘り起こそうとする者はいない。稀にそういうマニアックなものを取り扱う商人達の間以外。輝石は欲を高めることで力をくれる。では、謎を失った私には何が残る? 何が欲望になる? 何を望む!?」
次の瞬間、俺の体は吹き飛んだ。
その台詞と同時なのかは俺の視界にすら入らなかった。正面から腹に向かって頭部から伸びている腕が俺を薙ぎ払ってきた。同時に、右手が握りしめられるようになるの感じた。つまり、武器が俺の手元から離れた。ピンチである。
「みなと共に研究した日々を忘れることは無い。だが、これからの、これからの日々には何も無い。全てだったそれを叶え、次の一歩は何に向かう!? だとすれば、世界全ての謎を手にすることが解決の一つだろう? そのためならば、自らの体を機械に変え、自らの体の形を捨ててみせるッ! そして、世界を手に入れることを望んでやるッ!」
「……良い目標じゃねぇか。これからを考えて頑張ろうって思うのは」
右足を地面に。左ひざを地面に。そして、俺の目はこいつの方へ。
「立ち上がるか、貴様ぁっ!」
「だが、お前が向いているのは『これから』じゃない。ずっとずっと、過去のままだ。過去のある地点からなんとか落ちないように必死にすがりつこうとしてるだけだ」
「ふははは、アタシに説教をする気か? この死にぞこないがぁっ!」
そして、二発目を喰らう。もう一度吹き飛び、もう一度立ち上がる。
「お前は現実を知らない。ずっと同じであり続ける人間なんかいない。お前が人を辞めようと、元は人だから変わらない。同じでいようとし続けるのはくだらないこと。それに、お前が生きてきたのはその石の謎の為かもしれない。だが……」
「だまれぇッ!」
俺は、進む。歩く。前へ。
目の前から俺に向かって攻撃が飛んでくる。しかし、俺の目の前で全てその攻撃は何かに邪魔をされたかのように全て跳ね返されていく。吹き飛んだ俺の武器は、まだ使われている。ここに、もう一人俺の武器を使うことが出来る奴がいる。あいつの箱からは何が飛び出すかは分からないが、今回は結果として良かったみたいだ。
「お前が生きてるのは、謎が生まれる前からのことだ。それは変えられないだろう。だったら、お前は生きなきゃいけなかったはずだッ! これからを過去に重ねて、人として生きることを辞めた、現実に見える道から逃げたお前が何言っても、何やっても意味は無いッ!」
「黙らんかぁぁぁぁ!!」
まるで、泣き始めた赤ん坊のように俺の目の前で彼女は暴れはじめた。しかし、進む。俺はこいつを止めなければいけないわけじゃない。最後の最後まで、契約を守り続ける。
まるで弾幕のような攻撃が俺に襲い掛かるが、それら全てが無効化されている。あいつの、情報屋の武器には今度こそ感謝しなければならないだろう。どこに隠れて武器を開いているのか分からないが、あいつはどこかでにやりと笑っているのだろう。ならば、俺は進むしかない。
俺は彼女の体の真下に来た。それでも、止まない攻撃のせいで、俺はまるで戦争中の地域の中にいるみたいだ。
武器は無い。だけど、止めなければ話などできない。契約の報酬も払ってもらえない。だから、俺は自分の拳で彼女を殴った。痛いが、殴る。俺はなんども殴り続けた。
そして、彼女は。
動かなくなった。まるで風船から空気が抜けしぼむかのように徐々に動きを止めていった。この体の状態でも疲れと言うものがあるのか、それとも燃料が切れたのか、充電がもう無いのか、詳しいことは俺には分からない。
そして、彼女は俺に問う。
「……この体は全身を大きく改変する為に、記憶装置も合併する。つまり、別の記憶を共有するのだ。もう、貴様との最初の会話ぐらいしか残っていないが。貴様、なぜこの体を壊す。貴様の契約の相手だぞ」
そして、俺は彼女の目の前に立ち、答えた。
「……お前が忘れても、俺は忘れない。いや、忘れられない。なぜなら」
この状態なら届く。うなだれているような姿勢であるため、元の体に。俺は右手を握りしめ、彼女の元の体の胸の部分を貫いた。予想通りだった。俺の右手は何か堅いものを吹き飛ばし、体を突き抜けた。
「俺の報酬は、お前の……いや『君の命』だからだ」
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