お仕事その10 旧友
「気になるから聞くけれど、何で知ってるんだ?」
「私と、私を追いかけてきた人が」
店内には物音一つ立たない。カウンターに並ぶ椅子に座った俺と、カウンターの向こう側に立つ彼女。口を開かないまま時間が過ぎていく。
どれくらいの時間が必要なのだろうか。何かを考え決断するにしても長すぎるような気がする。それとも、何かを迷っているのだろうか。俺の頭の中では様々な可能性を考えては消し、考えては消しを繰り返していた。
その沈黙は彼女が口を開くことで破られた。
「昔友達だったんです」
「……君がレンガで殴った相手?」
ようやく聞こえた彼女の声に俺は、静かに事を確認した。
「そうです」
彼女は声のトーンを落として答える。
「君の覚悟の上での行動なんだ。さっさと気持ちを切り替えるべきだとは思うけどね。裏で生きようとしてるんだったら、いつか友を殺す覚悟くらい」
――友を殺す覚悟、か。
「そうですよね、それが正論です。この世界に生きるなら覚悟を持って生きることが必要なんですよね」
そう言うと彼女はいきなりカウンターから早足で出てきた。何をするつもりなのだろうと彼女をじっと見ていると、今度は店の入り口のドアを勢い良く開け、外へ出た。物音がしなくなったと思いきや、今度はガタッという音だけが聞こえて彼女が店の中へ入ってきた。
不思議な光景がずっと続くので彼女を見つめていると、カウンターの向こう側へ行こうとする瞬間にこちらを見て言われた。
「今日は昼も夜も閉店にしますから」
店の入り口のドアの下には「閉店」と書かれた小さな木の板が置いてあった。
「ここはどこだろうか」
人通りがほとんど無い裏通りに構える店の前で立ち尽くす俺。あちこちから吹き抜ける風は通りに落ちているゴミをただ無造作に転がしているだけだ。暇だ。
じゃらじゃらと鳴らすほどのお金はあるのにすることがない。とりあえず表通りに出なければ。俺の目標が決定した。「表通りに行くこと」だ。
「ギャンブルとかはしないんですか?」と彼女に質問されたが、俺はギャンブルをしない。負け運に恵まれた俺は今までの人生で一度も勝ったことが無い。俺の友がイカサマで俺を勝たせてくれたことは一度あるが、友はもう二度とやりたくない、と言っていた。
ふと考える。この街には情報屋はいないのだろうか。
ありとあらゆる情報網を感知し、それらをまるでアンテナのように使用する彼ら。どんな街にも一人はいると思われるのだが。
「呼んだ?」
目の前にいきなり男が現れる。目が大きく、左目に眼帯をした銀髪のトンガリヘアで、薄汚れたローブを着た男。
突然の出来事に体中に緊張が走り、思わず右ポケットに手を突っ込んでしまったが、その容姿と顔を確認した際に緊張はあっという間に解けてしまった。右ポケットから手を出し、俺はそいつの顔面を指差しながらこう言う。
「お前、いきなり、現れるな」
「なんだよぉー、道に迷ってるから助けに来てやったのにぃー。ほらほら情報欲しいんだろぉ? この街の地図が欲しいんだろぉ?」
腕をぐるぐる回しながらそう言う。鬱陶しいキャラだ。どうやら身の丈に合わないローブを着ているらしく、腕が袖の位置まで届いていない。だるだるに垂れ下がったローブの両腕先端部分をこちらに向かってはたきながら、彼は言葉を続ける。
「俺が紹介した仕事良かっただろ? 報酬。たんまりもらえてさぁ。なぁ、地図渡すから一割くれよぉ」
「お前から情報を買うのは絶対にしないから。他の情報屋から買った方が安く済む」
そう言って彼をあしらうと、俺は進もうとしていた道を歩き始めた。もちろん彼を避けて。
「情報は質だろぉー。分かったよぉ、安くしておくよぉ。五割引きでどうだ?」
「それで普通の値段なんだろ、どうせ」
振り向かずに足を進める。俺の背中に彼の言葉が突き刺さる。言葉の最初に彼の文句が付いてくるが、情報の値段はどんどん安くなる。そして、ついに九割引きになった。それと同時に俺は足を止め、振り返る。
「買ってやるよ」
と言った俺の目にそいつの姿は映らなかった。言葉は聞こえたはずなのに。しまったな、歩きすぎたか。
「まいどありぃー」
俺の背後から声が聞こえ、後ろから伸びてきた手には丸められた紙切れが握られていた。俺はため息を吐きながらその紙切れを受け取る。
「金貨二枚な」
男が言った通りのお金を、俺はじゃらじゃら音を立てる報酬の入った袋から取り出す。
「いやぁ九割引きで買えるなんてな、やっぱ持つべきものは昔からの友だな」
俺は棒読みの口調でそう言いながら、男が差し出してきたその手に金貨二枚を置いた。「まいどあり」という言葉だけを残して男は俺が歩いてきた方向へと走って行った。
「……なんてな。これでもどうせ五割増しなんだろ、本当は」
そう言いながら俺は進もうとしていた道を、もう一度歩き始めた。おそらく損をして友から買ったであろう、この地図を広げて。
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