お仕事その9 扉
2011:09:26
分かりづらい表現をほんの一部修正。
「それで報酬はいつ支払ってくれるのかな」
意地悪な口調で彼女に聞いてみた俺。
実のところは、前の仕事での報酬がまだじゃらじゃら音を立てるほど残っているので、いつになっても気にしない。そして、こういう取り立てのビジネスにかかわる彼女なら恐らく支払いをしないで姿を消すという真似はできないだろう。もし姿を消したら、と一応考えてみたが別にどうでもよかった。
「私の命」と言う報酬が一体何を意味するのか。それが知りたかった。
俺が聞いてから、しばらく下を向いて黙ったままだった彼女がようやく口を開いた。
「ぶ、分割払いってできますか?」
この発言には俺も正直驚いた。支払う報酬は「私の命」。そしてそれを「分割払い」。いったい俺の手元には何が残るのだろう。気になるが、今はとりあえず彼女の疑問に答えてあげることにする。
「分割でも一括でも払ってさえくれれば何でもいいんだけど」
「分かりました」
彼女はそう言うと今度はその表情をにこやかに変えて、こちらを向いた。
「それなら、しばらくここに滞在してください。そうしないと払うことが出来ないので。泊まる際には今日使った部屋を使っていてください」
謎だらけである。「私の命」を「分割して」支払うために「ここに滞在していて欲しい」。彼女ほどの裏の世界に顔の知れた人物ならば、どこかの団体を通じて俺にその報酬を支払えば良いのだ。例え、この街に居なくても流通は他の街にも繋がっているため、それで未納と言う状態は防げるはずだ。なぜ、そこまでしてここで支払いたいのだろう。信用の為だろうか? それもあり得ないだろう。俺程度の人間が出した評価なんかは、裏の世界に何の影響も与えはしない。
ちなみに、そんな俺でも裏の世界ではそこそこ名は知られている。ランクにすれば中の下。知らない奴の方が多い。だから、昨日のようなことが起きるんだな。
そんなことはどうでもいいにしても、この謎が妙に変なので俺は滞在することに決めた。
いや、一つだけ、もう一つだけ気になることがある。しばらくあの部屋に居座るということになるならばアレだけはどうにかして欲しい。俺は顔を真剣な表情へと変貌させ、彼女の顔に迫った。
「お願いがあるんだけど」
「な、なんですか?」
彼女の目が色々な方向へと動き始める。彼女の顔に迫ったその状態で俺は口を動かし続けた。
「ドアを直して」
「はい?」
「はい、修理終わりましたよ。これで、変な音も出なくなるし扉の開閉もし易くなりますから」
「ありがとうございます」
サングラスをかけているのに上下作業着姿の男を俺は今見ている。作業靴、作業用のグローブ。だが、サングラスをかけている。屋内でサングラスの意味があるのかとツッコミを入れたくなったが、安眠妨害システムを生まれ変わらせる行為の邪魔をしたくは無かった。
修理を頼んだ場所は言うまでもないが、俺がこれから使う部屋の扉である。強烈な不協和音を奏でるそいつは安眠妨害システムと呼んでもいい代物だった。さすがに、そのままでは俺の機嫌が最悪に不調の状態で毎日を迎えることになるので、修理を彼女に頼んだ。
修理の当ては最初からあったという。いくつかの専門業務を、まとめてサービスとしている企業が以前、お客様としてここを訪れたことがあるとのことだった。さっそく彼女はそこに連絡を取った。手段として伝書鳩を使用したため数十分かかった。
その時の俺は「内容が盗まれちまうんじゃないのか? こんな伝書鳩じゃ」と一応裏の世界としての心配をしたが、彼女はそれをきっぱりと否定した。何でも「私の伝書鳩の性能はそんじょそこらの鳩とは格が違う」らしい。ペットを飼う親バカの発言としか聞き取れなかったので、俺は流した。
そうして連絡が取れた企業から一人、修理を担当する人がやってきて、今その修理が終わったというところだ。「お金の方はこちらでよかったですね」と、彼女は担当のサングラスにこの修理の支払いをしている。料金の確認をしたあと、彼は「またお願いします」と一言礼を言って会釈をしたのち、修理に使用した工具を持ちその場を後にした。裏の世界にしては礼儀作法がしっかりとしている。
「表の世界でも業務を行っている企業だから当たり前です」
「それにしても、今の人どこかで見たような顔つきだった……かも」
「それなら、昨日見たではありませんか」
その言葉に俺はきょとんとなった。いったい彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかったからだ。昨日と言えば、もしかして真夜中に尋ねてきた泣き虫のローブの少年のことかもしれない。と言う考えをぶち壊す答えを彼女は俺に飛ばしてきた。
「私を追ってきた三人組。あの人達の兄弟ですよ、今の人」
「えぇ?」
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