疲労
闘技場を出た後、俺は酷くやつれた状態で出てくる。
今まで、挫折や苦労等は経験した事がなかった自分にとって、初めての戦闘は学ぶ事が余りにも多すぎたのだ。自分の力を過信しすぎていた。
試合後に渡された500ペルをポケットの中で握り締める。500ペルといっても、100ペルと思われる楕円形の硬貨が5枚だけ。
それは、あまりにも少なすぎた。
少なくとも、多大な富を一度手にしたことがある、俺にとってはだが。
重い足取りで、再び宿屋ミッシェルの前に立つ。
日は既に傾き始めていた。
長い一日だった……。
「すいませーん」
ドアを開き、中へと入る。
そこには、昼間と同じように、受付にはヨーリェが居た。
俺に気づいたのか、アタフタと慌てて駆け寄ってくる。
「あ、あ、い……いらっしゃいませぇ!!」
「こんばんは。今日、泊まりたいんだけどいいかな?」
笑顔で返事をすると、ヨーリェは頬を赤らめてもちろんという顔で上目遣いで俺を見つめてくる。
「もちろんです! じゃぁ、ここにお名前をお書き下さい」
渡された、宿泊者リストという日記帳のようなものに、名前を書き込む。
「佐久間……遊っと。これでいいかな?」
「はい。受け付けました! 簡単に説明しますね。この宿屋は一階が食事を取る場所、宿泊者様の寛ぐ場所となっています。向かって右の階段を上がっていただくと、宿泊者様のお部屋が6部屋ありますので自室でゆっくりとしていってください。お食事は、出来次第お呼びにまいります。一泊50ペルの前払いになります」
50ペル。以外に安いな。
ポケットの中にある銀色の硬貨を1枚差し出す。
「はい。100ペルですね。お釣りの50ペルです」
そういって、100ペルよりは一回り小さいブロンズの硬貨を5枚手渡される。
「ありがとう。で、俺の部屋は何処ですか?」
「はい、では、新緑の間へどうぞ」
そういって鍵を渡される。
階段をあがり、指定された新緑の間に向かう。
二階には、6つの扉がありその部屋ごとに名前がついていた。
渓流……原生林……滝……火山……火山っ!?
さっきから部屋の名前がおかしいのだが。これは、ネーミングセンスを笑えばいいのか? それとも、この世界ではこういう名前が普通……?
そして、新緑。
鍵を差し込む。
ドアを開くと、そこは……
新緑だった。
あまりの風景にドアを閉じる。
「ここ……宿屋だよな?」
もう一度鍵をあける。そこは、やはり新緑だった。
若々しい緑の葉を全身に身にまとった木々が聳え立っている。
異常な光景だった。時偶に、小鳥のさえずりさえも聞こえてくる。異常なほど、やすらぐ、光景。
部屋の中に一歩踏み入る。
自分の視覚に映し出される、地面は、ふかふかで気持ちよさそうな土。
しかし、実際に感じるのは、何のあたたかみも感じられない、無機質な床と同じ感触だった。
木に手を伸ばす。本来ならば、触れられるはずが、感触はどこにもなく、その部分だけぼやけて見えている。
つまり、これは実物ではなく架空の部屋。
恐らく、他の部屋も同じような構造だろう。
火山に割り当てられた人は可哀想だが。
ハンモック、に見えるベッドに腰をかける。
フカフカで良く眠れそうだった。
倒れこむようにして重力に身を委ねる。
俺の意識はコトンと落ちていった。