【アップ✨】2026年8月2日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります☕️
初めまして、天川裕司です。
ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。
また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。
どうぞよろしくお願い致します。
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬
【アメーバブログ】
https://blog.ameba.jp/ucs/top.do
【男山教会ホームページ】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/
【YouTube】(ユメノ記)
https://www.youtube.com/@%E6%98%9F%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%82%B1%E3%83%A9-v5x/videos
【ノート】
https://note.com/unique_panda3782
【YouTubeドラマにつきまして】
無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、
お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。
基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。
創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪
出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬
でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、
どうぞよろしくお願いします(^^♪
【本日のメッセージ】
八王子キリスト教会祈祷会チャンネル
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=3O3xhApBcAg&ra=m
ハーベストタイム
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=lfjLAqyAjsE&t=864s&pp=ygU444CO44Oa44OG44Ot44Gu56ys5LiA44Gu5omL57SZ44CP77yI56ysMeeroDEz44CcMjXnr4DvvIk%3D&ra=m
※本日の動画は諸事情により録画出来ませんでしたので、聖書の同箇所及び、近い箇所のメッセージをご紹介して居ります。
【ブログ】
https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12975244703.html
聖書と讃美歌も閲覧できます。ぜひお気軽にお立ち寄りください。
聖書
『ペテロの第一の手紙』(第一章一三〜二五節)
『詩篇』(第四篇二〜九節)
讃美歌〜♫
讃美歌513番
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=DCN7Hn6IWBU&pp=ygUV6K6D576O5q2M77yV77yR77yT55Wq&ra=m
讃美歌124番
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=JcWetdRFNgo&ra=m
2026年8月2日 礼拝説教 聖書箇所
あなたがたは、キリストを死者の中から復活させて栄光をお与えになった神を、キリストによって信 じています。従って、あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。
ペトロの手紙一1章21節
平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かに わたしをここに住ま わせてくださるのです。
詩編4編9節
はじめに
キリストの苦難と栄光を証する聖書から、忍耐と慰めを学び、信仰と希望を求めたい。
1
「あなたがたは、」「キリストによって信じている」とは、「この終わりの時代」、わたした ちの信仰が、ただ、尊いキリストの血によって贖われた故に、固く、キリストに結ばれていること を告白するもの。信仰は、神を対象とするが、まことの信仰は、キリストの内に神の威厳と真実と 栄光を認める。主イエスは、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなけれ ば、だれも父のもとに行くことができない」(ヨハネ14章6節)と言われた。わたしたちは、キリ ストを通らずして、罪の赦しを受けることはできない。「このキリストによってわたしたち両方の 者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができる」(エフェソ2章18節)。「わたしたちは主 キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことが できる」(同3章12節)。ペトロ自身、他の弟子たちと同様、復活の「主」イエス・キリストご自 身の内に導かれ「主」を喜び、天に上げられ、見えなくなったお方を「伏し拝んだ」(ヨハネ20章 20節、ルカ24章52節)(最初のキリスト礼拝)。「今や、神は御子の肉の体において、その死に よってあなたがたと和解し、御自身の前に聖なる者、きずのない者、とがめるところのない者とし てくださ」(コロサイ1章22節)る。わたしたちの礼拝はこのキリストによる神との和解の証し。
2
「キリストを死者の中から復活させて栄光をお与えになった神」とは、「栄光の源である御 父」(エフェソ1章17節)であり、わたしたちに「知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることが できる」(同)ように導いておられる御方。この御方が、御子を死者の中から復活させ、栄光を与 えられた。使徒パウロは、「わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大 きなものであるか、悟らせてくださるように」(同19節)と祈った。神の力は、キリストの復活に とどまらず、「天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置 き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名のうえに置かれ」(同20,21節) た。教会の頭キリスト、キリストの体なる教会とは、この神における全面的な支配と主権のもとに ある公的信仰告白。イエスが、ろばの子に乗ってエルサレム入城したことについて「弟子たちは最 初これらのことが分からなかったが、イエスが栄光を受けられたとき、それ(「主の預言」ゼカリ ヤ9章9節)がイエスについて書かれたものであり、人々がそのとおりにイエスにしたということを 思い出した」(ヨハネ12章16節)と証言されるとおり、弟子たちは、イエスの苦難と栄光、復活と 昇天において、まことの王、「主」キリストの入城を「信じた」。
3
「従って、あなたがたの信仰と希望は(この)神に向かう」。信仰の対象はただの神でも、た だのイエスでもない。イエス・キリストは「御子」であり、「わたしたちは、この御子によって、 贖い、」「罪の赦しを得ている」。「御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前 に生まれた方」(コロサイ1章15節)。この神は、御子においてご自身を啓示された御方。そし て、御子は永遠の昔からおられたまことの神。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神 であった。この言は、初めに神と共にあった」(ヨハネ1章1節)。「わたしたちが持っているこの (神の誓いと約束、その実現において保証された)希望は、魂にとって頼りになる、安定した錨 (いかり)のようなものであり、また、至聖所の垂れ幕の内側に入っていくもの」(ヘブライ6章 19節)。じつに、わたしたちのささげる礼拝は、キリストの贖いによって、神に近づくものであ り、この神に向かう「信仰と希望」こそ、わたしたちの祈りと告白であり、その確かな道筋。
おわりに
「主」キリストが、ダビデを任命し、ご自身の到来を約束された。今、わたしたちの信 仰と希望は、ただキリストの霊(聖霊)の内住において、復活の主を証しされる「神」に向かう。
(Mynote)
二〇二六年八月二日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を神様に感謝する。
(子供メッセージ)
『スコットランド教会新カテキズム』
「第十の戒めでは、何が命じられて居ますか。」
「自分の周りの人達のいろいろな発展において、何か良い事があった時は喜び、自分の周りの人達の様々な苦しい状態において、何か悪い事があった時は悲しむ事です。」
ラザロの時のエピソードが引用された。ラザロは病で死んで、既に四日が過ぎて居た。しかしイエス様はその事を聞いてから、「私はラザロの所へ行きます」と言われ、ラザロの遺体が眠って居る墓の前まで行った。そこでラザロの姉妹もイエス様に「ラザロはもう死んで四日が過ぎて居ます」と同じ事を言った。そのラザロの為に涙を流したあとイエス様が「ラザロ、起きて出て来なさい」と呼ぶと、ラザロは体や手に包帯を巻いたまま、墓の中から歩いて出て来た。ラザロは、イエス様を通して復活したのである。信仰に生かされる者は、譬え死んでも生きるこの事を、このとき人々はイエス様の周りでまさに目撃した。現代の人達もイエス様の十字架を通して、正しい信仰に生かされるなら、この時のラザロと同じく、復活させられるのである。この事を、知る程に信じる事が大事に在る。
(公同礼拝)
『詩篇』(第四篇二〜九節)
『ペテロの第一の手紙』(第一章一三〜二五節)
「それだから、心の腰に帯を締め、身を慎み、イエス・キリストの現れる時に与えられる恵みを、いささかも疑わずに待ち望んで居なさい。」(『ペテロの第一の手紙』第一章一三節)
「主よ、私を安らかに居らせてくださるのは、ただあなただけです。」(『詩篇』第四篇八節)
「きつねにも穴はあり、鳥に巣はあれど、人の子は地の上に眠り給いけり」(讃美歌一二四番)
「従順な子供として、無知であった時代の欲情に従わず、寧ろ、あなた方を召して下さった聖なる方に習って、あなた方自身も、凡ゆる行いに於いて聖なる者となりなさい。」「あなた方は、人を夫々の仕業に応じて、公平に裁く方を、父と呼んで居るからには、地上に宿って居る間を、畏れの心を以て過ごすべきである。あなた方のよく知って居る通り、あなた方が先祖伝来の空疎な生活から贖い出されたのは、銀や金の様な朽ちる物によったのではなく、傷も、染みも無い小羊の様なキリストの尊い血に依ったのである。キリストは、天地が造られる前から、予め知られて居たのであるが、この終わりの時に至って、あなた方の為に現れたのである。あなた方は、このキリストに依って、彼を死人の中から甦らせて、栄光をお与えになった神を信じる者となったのであり、従って、あなた方の信仰と望みとは、神に掛かって居るのである。」(『ペテロの第一の手紙』第一章一三〜二五節から抜粋)
救いは、大いなる父である神様の愛と恵みにある。そして救いに依る恵みは、復活して永遠の命に与る事にある。
天に蓄えられている資産を受け継ぐ事になった。この事は聖書の時代から、現代に至るまで、同じく全ての人に適応される。
「試練」(『ペテロの第一の手紙』第一章六節)とは、昔から現代でも人に、人の間にある様々な困難であり、トラブルである。この試練を通して神様は全ての人を鍛錬・訓練し、精錬して、金銀に勝る朽ちないものに造り変えて居る。
十二弟子とその弟子達の周りに集い、イエス様と直接会って恵みを頂いた後の人達、後世の人達は、所謂る第二世代の人達と言われ、そのイエス様を見た事も無く、会った事も無いその人達でも、神様がイエス様を通して全ての人に与えたその恵みに依り、魂の救いを得て、永遠の命に与る信仰の救いと恵みに与り会って居る。
聖書時代の使徒行伝から後に生きた人達は、その使徒行伝で使徒達により伝えられた福音の内容を、まだ知らなかった(知らない人が多かった)。しかし現代は福音を通して、又メディアの発展もあり、聖書を通してその使徒による福音の内容を知り、イエス様が人々を救って歩いたその時の事をも知り、この二つの内容を調和させて知る事・理解する事が出来る恵みに与って居る。詰り現代の人達は過去の人達に比べ、単純に恵まれて居ると言える。
「異邦人の中に在って、立派に振る舞いなさい。そうすれば、彼らがあなた方を悪人呼ばわりして居ても、あなた方の立派な行いを目にして、神の訪れの日に神を崇める様になります。」(『ペテロの第一の手紙』第二章一一〜一二節)
クリスチャンの国籍は天の御国に在る。この地上では寄留者である。これはクリスチャン・ノンクリスチャン問わず同じに在る。
「魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい。」(『ペテロの第一の手紙』第二章一一節)
「人に従うよりは、神に従うべきである」(『使徒行伝』第五章二九節)
キリストは、信者の為に模範を残した。
「同じ様に、妻たる者よ、夫に仕えなさい(自分の夫に従いなさい)。そうすれば、譬え御言葉に従わない夫であっても、あなた方(妻)の恭しく清い行いを見て、その妻の無言の行いによって、救いに入れられる様になるであろう。」(『ペテロの第一の手紙』第三章一〜二節)
これは「妻は夫に絶対服従」等と言う人の世の一般論に無く、神様が最初に男と女に与えた結婚の契約に基づき、信仰に於いて「妻は夫に従順であれ」とした、純粋の心を記して居る。
「キリストも、あなた方を神に近付けようとして、自らは義なる方であるのに、不義なる人々の為に、ひとたび罪の故に死なれた。但し、肉に於いては殺されたが、霊に於いては生かされたのである。こうして、彼は獄に捕われて居る霊共の所に下って行き、宣べ伝える事をされた。これ等の霊と言うのは、昔ノアの箱舟が造られていた間、神が寛容を以て待って居られたのに従わなかった者共の事である。その箱舟に乗り込み、水を経て救われたのは、僅かに八名だけであった。この水はバプテスマを象徴するものであって、今やあなた方をも救うのである。それはイエス・キリストの復活に依るのであって、体の汚れを除く事ではなく、明らかな良心を神に願い求める事である。キリストは天に上って神の右に座し、天使達と諸々の権威、権力を従えて居られるのである。」(『ペテロの第一の手紙』第三章一八〜二二節)
肉体の死は、この地上との断絶を意味する。霊的な死は、神様との関係の断絶を意味する。詰りこの地上で生きて居ても(生かされて居ても)、神様の事を知ろうとせず、信仰に生かされる事を拒み、不信仰を好み続ける者達、即ち悪魔の側に立ち続けようとする者達は、体は生きて居ても死んで居るのである。その死は神様との関係の断絶を意味する、信仰に於ける霊的の死に在る。この事はキリストに依る正しい信仰に依ってのみ分かり、信じる事が出来るのであり、人知のみの理解では決して分かる(解る)事は無いであろう。この事は、この地上に於ける人知を越えて在るからである。
「しかし、あなた方の間では、そうであってはならない。却って、あなた方の間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、あなた方の間で頭になりたいと思う者は、全ての人の僕とならねばならない。人の子が来たのも、仕えられる為ではなく、仕える為であり、また多くの人の贖いとして、自分の命を与える為である。」(『マルコによる福音書』第一〇章四三〜四五節)
神様が、イエス様を通して全ての人に教えた一番大事な事は、愛である。信仰に生かされる上で互いに愛し合い、イエス様に従い、聖書に聴き、御言葉に従う事である。御言葉に従う事は、神様の言葉に従う事になり、イエス様のあとに付く事になり、その事が愛に生かされる事になる。
【日本キリスト改革派 男山教会】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/
【最寄りの教会検索用】
https://www.rcj.gr.jp/
Table Caffe〜
榎本保郎牧師 ミニ説教19 「イエス・キリストを身近に」
https://www.youtube.com/watch?v=MCyjy8BuIIw&t=2s
「SEIZE THE DAY / 今を生きる」
https://www.youtube.com/watch?v=A7Aobi9nmWM
イエス・キリストの生涯をたどる旅 II (1)
https://www.youtube.com/watch?v=vPB9SBXalPA
ハーベスト・タイム・ミニストリーズ
https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin
ユメノ記
https://www.youtube.com/@%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%A6%E3%83%A1-v5x/videos
(お暇な時にぜひどうぞ)
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬




