次のサンタクロース
ゆきがふっていました。
ぼくは、その日なかなかねむれませんでした。
まくらもとの赤いくつしたを、何回もさわっていました。
あしたになれば、サンタさんがおかしを入れてくれるかもしれないと思ったからです。
おとうさんも、おかあさんも、もうねていました。
ぼくはトイレへ行こうとして、へやを出ました。
その時です。
まどの外に、赤いものが見えました。
ぼくは、サンタクロースだと思いました。
あわてて、カーテンを少しだけ開けました。
サンタクロースは、本当にいました。
でも、へんでした。
白いゆきの上に、子どもがたおれていました。
サンタクロースは、その子の上にのっていました。
さいしょは、なにをしているのかわかりませんでした。
でも、その子の足が、バタバタうごいていました。
くるしそうでした。
サンタクロースは、その子の首をしめていました。
ぼくは、こわくなって、その場にしゃがみこみました。
見つかったら、ころされると思いました。
でも、気になって、もう一回だけ見ました。
サンタクロースは、こっちを見ていました。
まっ黒な目でした。
ぼくは、死ぬと思いました。
でも、サンタクロースは、なにもしませんでした。
ゆっくり立ちあがると、ゆきのふる道を歩いていきました。
ぼくは、そのことをだれにも話しませんでした。
言ったら、おこられる気がしたからです。
それに、あれが夢だったのか、本当にあったことなのか、よくわかりませんでした。
ただ、一つだけ。
ずっとふしぎでした。
どうして、あのサンタクロースは、ぼくをころさなかったのだろう。
◇
大人になってから、時々あの夜を思い出すようになった。
夢だったのか、記憶だったのか、今でも分からない。
ただ、雪の日になると思い出す。
赤い服。
白い息。
黒い目。
そして、雪の上でもがいていた子どもの足。
アパートの窓には隙間風が入っていた。
暖房をつける金がなかった。
テーブルの上には、支払い用紙が積まれている。
電気。
ガス。
家賃。
督促状。
どれも赤い文字だった。
冷蔵庫には、ほとんど何も入っていない。
妻は数ヶ月前に出ていった。
「もう無理」
最後にそう言っていた。
六歳になる娘だけが残った。
娘は痩せていた。
風邪をひいていた。
小さな咳を何回もしていた。
病院へ連れていく金がなかった。
仕事も続かなかった。
何をしても駄目だった。
生きていれば、いつか良くなる。
昔はそんな言葉を信じていた。
でも、何も変わらなかった。
苦しいだけだった。
娘まで、自分みたいになる。
そう思うと、俺は怖かった。
夜、娘が眠ったあと、俺はずっと天井を見ていた。
窓の外では雪が降っていた。
静かな夜だった。
娘が小さく咳をした。
俺はゆっくり立ち上がった。
台所へ向かい、引き出しを開ける。
中にはロープが入っていた。
昼間、ホームセンターで買ったものだった。
娘は眠っていた。
小さな胸が、静かに上下している。
枕元には、赤い靴下が置いてあった。
学校で作ったらしい。
汚い字で、
「さんたさんへ」
と書いてあった。
その文字を見た瞬間だった。
記憶が、不意によみがえった。
雪。
赤い服。
苦しそうに動く足。
黒い目。
俺は思い出した。
あれは夢なんかじゃなかった。
あの夜、サンタクロースは確かに俺を見ていた。
見つけていた。
それでも、何もしなかった。
どうしてなのか、ずっと分からなかった。
でも、今なら分かる。
サンタクロースは、子どもを選んでいたんだ。
殺す子どもと。
生かしておく子どもを。
俺は、眠る娘の首へゆっくり手を伸ばした。
その時、窓ガラスに自分の顔が映った。
暗い部屋の中。
雪明かりに照らされたその姿は、まるで赤い服を着ているみたいに見えた。
気づけば、口元が笑っていた。
あの夜のサンタクロースと、同じ顔で。
窓の外では、雪が降っていた。
――12月24日。(終)




