7 両親に話をする ②
アリスの両親は、とても穏やかそうな人たちだった。
二人共に年齢は三十代後半。アリスの母は、髪や瞳の色だけでなく、体型もアリスにそっくりだった。大人しそうな顔立ちで、少し垂れ目気味の目が可愛らしい。
父はダークブラウンの短髪に鳶色の瞳。中肉中背で笑顔の似合う紳士といった感じだ。
二人は制服姿の私に驚いた後、食事を後回しにして、私の話を聞いてくれた。
そして、記憶がないという私の話を一切疑う様子もなく、今にも泣き出しそうな顔になって身体の心配をした。
「体のほうは大丈夫なのですが、ここ最近の記憶がすっぽり抜け落ちているんです」
そう言うと、アリスの両親は基本的なことから話し始めた。
私が転生した国の名前はアダルシュという大国で、アリスは隣国との境目にある、リージュという街に住んでいるらしい。
子爵家の長女で5つ年の離れた兄がいるが、その兄は王都に働きに出ていて、年に数回くらいしか家に帰ってこないそうだ。
兄妹の仲は良いらしく、帰省した時の兄は彼女にべったりくっついて離れないのだと、アリスのお父さんは苦笑した。
兄はしばらくは帰ってくる予定はないらしいが、いつかは対面しなければならないときが来る。
可愛がっていた妹が見た目も中身も豹変していたら、ショックを受ける可能性が高い。
かといって、今までのアリスのように振る舞うのは私の性格では無理だ。
兄の前ではできるだけ、本性を出さないよう大人しくするしかない。
イメージチェンジしたことについては、記憶を失ったついでに新しい自分に生まれ変わろうと思ったという理由で、何とか乗り切ることにしましょうか。
話が途切れたところで、ホットラードが来るまでに伝えておかなければならない話を切り出す。
「記憶がない状態でこのようなことを言うのも何なのですが、ホットラード卿との婚約を解消したいのです」
反対されると思ったが、両親は顔を見合わせた後、なぜか安堵の表情を浮かべた。
どういうこと? 普通は婚約の解消なんて喜ぶべきじゃないと思うんだけど……。
私が不思議そうな顔をしたからか、アリスのお父さんは微笑む。
「実はね、そう言ってくれるのを待っていたんだ」
「……どういうことでしょうか」
「彼は浮気をしただろう? そして、彼のほうから婚約を破棄しようとしている。しかも、ふざけた理由でね」
「詳しい話をお聞きになっているのですか?」
「もちろんだよ」
アリスは両親に話していないようだったけれど、両親はちゃんと調べてくれていたようだ。
「自分が浮気をしておいて、浮気するきっかけを作ったのはアリスのせいだから慰謝料を払えなんて普通の人間が考えることではない。アリスが望むなら婚約を解消したらいいと思っていたんだ」
「そうだったのですね」
もっと早くにそのことをアリスに伝えてくれていれば、彼女の気持ちも少しは楽になっていたでしょうに。
……いや、彼女の死因はいじめだから、結果は変わらないのか。
「私からも正式に連絡を入れておくから安心しなさい。それから、今日は一人で相手をできるかい? 不安なら私も一緒に話をするよ」
「体調が良くないのだから、私がお相手をしてもいいわよ」
「ありがとうございます、お父様、お母様。でも大丈夫です。婚約を解消してもいいとわかったのであれば、遠慮なく、ホットラード卿のお相手ができますから」
ニコリと微笑むと、アリスの両親は眉尻を下げて私を見つめた。
******
朝食を終えた頃には、お医者さんとこの国でいう美容師さんがスタンバイしてくれていた。
お医者さんに診てもらったあとは、アリスの部屋に移動した。
ドレッサーの前で美容師さんに長い髪を肩につくかつかないかくらいのセミロングにしてとお願いすると渋られた。
この国の貴族は髪が長いことが当たり前なんだそうだ。そう言われてみれば 令嬢物の話では髪の長い人が多い。
傷んだ髪を伸ばし続けても良くないのではと話すと、ストレートの髪にするから、切るのは毛先だけと言われてしまった。
手入れするのが面倒だとぶつくさ言ったところ、一瞬にして艶のあるストレートの髪にしてくれた。
この国は魔法が存在する世界らしく、魔法で簡単に縮毛矯正ができてしまうらしい。
こんな力があるのなら、アリスも最初からしてもらっていればいいのにと思ったが、見た目を気にしていなかったのかもしれない。
髪を綺麗に整えてもらったあとは、お着替えの時間だった。
ホットラード卿と会うためのドレスが別部屋に用意されており、衣装部屋に案内された。
また茶色のドレスかと思ったが違った。
まるで、おとぎ話のお姫様が着るような、フリルとリボンがふんだんに使われたピンク色のドレスだった。
正直、このドレスを着る事に抵抗はあるけど、この世界ではこれが普通だというのならしょうがない。
とにかく着替えてみようと思ったが、着方が全くわからない。
普通ならここでメイドが、私を着替えさせてくれるところなんだろう。しかし、メイド服を着ている、それらしき人物たちは壁際に立って、ぺちゃくちゃおしゃべりしているだけで、仕事をしようとしない。
この給料泥棒めが。
一生懸命やって仕事が遅いならまだしも、話をしているだけで仕事をしないんなら、これくらい言ってやっても許されるわよね?
苛立った私は、メイドたちに話しかける。
「ちょっと」
「……なんですかぁ?」
さっきのメイドとは違う顔だから、私の性格が変わってしまったことを知らないようだ。
一人が私を小馬鹿にするような顔をして聞き返してきた。
この屋敷にはまともなメイドはいないわけ?
相手がその調子なので、私もきつい口調で言い返す。
「あなたたちって仕事中なのよね?」
「そうですけど?」
「なら、話してないでさっさと仕事しなさいよ」
冷たい視線を向けた瞬間、メイドたちは気まずそうな顔をして、もたれていた背中を壁から離した。




