3 部屋から出る
窓のカーテンを全部開け、外の光を部屋いっぱいに取り入れる。
今日は雲一つない青空で、少し暑いくらいだ。
窓のすぐ近くにある木の枝で鳥が毛づくろいをしているのが見えて、何だかほっこりした。
アリスには申し訳ないけど、天気だけで判断すれば新生活を始めるにはもってこいな感じだわ。
さて、色々と考えている間に時間も経ったし、私も身だしなみを整えないとね。
日記に書いてあったけれど、昨日から学園は長期休みに入っている。それなら、ゆっくりすればいいのだが、今日は問題の婚約者という奴がアリスに会いに来るらしい。
婚約を解消する話をしにくるんでしょうけど、今までのアリスは婚約解消を拒んでいたのよね。慰謝料を請求されているから、それが嫌だったみたい。
というか、どうして浮気されたほうが慰謝料を払わないといけないのよ。
払うのはそっちだと言ってやればいいのにいえないどころか、両親にも伝えていないみたい。
婚約解消の話については私から両親にしましょうか。
それにしても、アリスの婚約者はどんな男なのだろうか。
一般的な思考の持ち主じゃないみたいだけど、せめて言葉が通じる人だといいわね。
言葉が通じなくて、ジェスチャーだけで会話するのはさすがに辛いわ。
トイレと洗面所はリゾートホテルと同じような感じで部屋に備え付けられてあったので、洗面所に置いてあった石鹸で顔を洗う。
顔についていた血を落とし、見た目のおどろおどろしさをなくすと、少し顔色が良くなったように思えた。
化粧水や乳液らしきものもあったので、それも遠慮なく使わせてもらう。
もう一度、鏡で顔を確認してから、ぼさぼさの髪を化粧台の上においてあったブラシでとかす。手入れを怠っていたのか、すぐに髪がブラシにひっかかって痛くてイライラしてしまい叫びたくなるのを何とか堪えた。
普段はどうしていたのよ。使用人がいるから何とかしてもらってたの?
いや、いじめられていたんだっけ。なら、こうなるのも仕方ない?
いやいや、そういう問題じゃない。
鏡に映るアリスを見て考える。
髪の長さは腰くらいまであるけど、毛先がたいぶ傷んでるから、一度バッサリ切ったほうが良さそうね。
この国に美容院はあるの? なかったとしても髪を整えてくれる人はいるわよね?
ネグリジェから服に着替えるために部屋を見回すとチェストはなかったが、クローゼットはあった。中には、ドレスが何着7着かかかっていた。
その中から今日着る服を探してみることにした……んだけど、アリスには申し訳ないが、服の好みが私と違いすぎて、どれも着る気になれなかった。
なんというか、若い女性が着る色合いではない。
赤のネグリジェを着てるから赤のドレスが多いのかと思ったけど、赤色のドレスはなくて、茶色で奇抜なデザインのものばかりだった。
この世界にも流行りがあって、今年は茶色のドレスが流行りだったりするの?
いや、茶色が悪いわけではない。デザインが私の好みじゃないだけか。
とりあえず、何か着なければならない。
茶色のドレスが並ぶ中に、一着だけ違う色のものがあったので確認してみる。
紺色のブレザーにプリーツスカートと白いシャツ。
シャツの襟に紋章みたいなものが刺繍されているから、学園の制服のようだ。
日本の学生服と似ているように思うのは、これが日本人が考えた作品の世界だからだろうか。
それにしても、着たいと思える私服がないのは困る。
子爵家がどれくらい裕福かはわからないけれど、安物でもいいから新しいドレスを買ってもらえないか、アリスの両親に相談してみよう。
制服に着替え、ローファーに履き替えてから、鏡で自分の姿を確認する。
スカートが長すぎる気がした。ふくらはぎまで隠れていて、昔のヤンキーみたいな感じになってる。
私の高校時代のような短い丈にしたいとは思わないが、色が白くて綺麗な足を出すのは悪くない気がする。
いや、貴族とやらは生肌を見せてはいけないとか、そういう決まりがあるのかもしれない。
どうしたものかと考えたが、やはり長すぎると思うので、丈は休みの間に直してもらうことに決めた。
あとは、このシーツをどうするかだわ。枕にも血がついてるし、換えてもらわないといけないわね。
日記は鍵付きの引き出しに入れておいたし、その鍵は彼女がいつも身につけていたブレスレットにチャームとしてついているから、私も同じようにつけておく。
この国について詳しいことはさっぱりわからないわけだし、その知識がないことを怪しまれないように、血を吐いてぶっ倒れたせいで記憶をなくした、とかいう設定にでもしておこう。
「準備も出来たし、行くとしますか」
軽くメイクをし、気合を入れてから扉を開けた。
すると、ちょうど目の前を通りかかったメイド姿の若い女性と目が合った。
そのメイドは私を見るなり足を止めて、一瞬、驚いた表情をしたけどれ、すぐに口元に嫌な笑みを浮かべて言った。
「あら、お嬢様。今日は学園はお休みですよ? 寝ぼけていらっしゃるんですか?」
確実に人を小馬鹿にしていた。
アリスをいじめていたメイドの名前は日記に書いてあったけど、目の前にいる彼女の名前がわからないから、該当するのかがわからない。ただ、この態度を見るに、このメイドもアリスをいじめていた一人だろう。
「私、血を吐いてしまったショックで記憶がないの。だからあなたの名前を教えてくれない?」
「はあ?! まだ夢の中にでもいるの?!」
メイドのくせに、どうして自分が働いている屋敷の当主の娘に対して、そんな口がきけるのか知りたい。
性格が悪い奴はどの世界にだっているだろうし、こういう奴が身近にいたっておかしくはない。かといって、今の態度は仕事中の人間の態度ではないでしょ。
「それはこっちの台詞よ。夢の中にいるのはあなたでしょう。お嬢様、ってことは私はあなたの雇い主の娘なのよね? その娘にそんな口をきいていいと思ってるわけ?」
私に睨まれたメイドは、一瞬で涙目になって狼狽え始めた。




