13 再会する ②
「えっと、そうです。アリス・キュレルです」
もう一度名を名乗ってみた。お見合い相手――イッシュバルド卿は慌てた顔で謝罪する。
「悪い。知り合いに似ていた気がしたんだ。よく見てみたら、全然違った」
どうしてだろうか。彼を見ていると懐かしく感じてしまう。初対面だから、そんなことはあるはずがない。
アリスは彼と面識があったとか?
でも、日記には彼に該当するような人物は書かれていなかったのよね。
私たちは席には座らずに向かい合い、会話を続ける。
「知り合い……というのは、どのような方なのでしょうか」
「いや、ここにいるはずはない。というか、あいつは生きていてほしい」
イッシュバルド卿は目を伏せて答えた。
やっぱり気になる。というか、女の勘というやつだろうか。
彼が哲平であるという確信しかない。
きっとこれは、私と哲平でしかわからない感覚だ。
哲平は女性が苦手だった。たとえ蕁麻疹の出るような体質じゃなくなっていても、今までのことを脳は覚えている。
だかは、何らかの反応を示すはず。
「あの、大変失礼なことを申し上げますが、触れてみてもいいでしょうか」
「触れる?」
「はい。お願いできませんでしょうか」
彼が返事をする前に、不躾なことだとわかっていながらも、私は彼の手に触れた。
「やめろ!」
イッシュバルド卿は眉間に皺を寄せて後退した。
「誠に申し訳ございませんでした」
私は深々と頭を下げて謝罪した。
さすがにこれくらいで殺されることはないと思うが、縁談は失敗ね。
相手が哲平なら許されるが、そうでないなら、かなり失礼なことをしてしまったんだもの。
そう思いながら、頭を下げ続ける私にイッシュバルド卿が声をかける。
「頭を上げてくれ」
「……ありがとうございます」
ゆっくりと頭を上げて、イッシュバルド卿を見つめる。彼は困惑した様子で私を見つめ返した。
「どうして、赤くならねぇんだ?」
口が悪い。貴族がこんな口調で大丈夫なのか。
……いや、違うか。彼の中身は貴族ではない。
「哲平」
名を呼ぶと、彼は目を見開いて息を呑んだ。暫しの沈黙の後、眉尻を下げて口を開く。
「も、もしかして、お前は、あの、ありすなのか?」
「あの、ありすというのは、どのありすでしょう?」
「気が強くて野放しにしたら、何をしでかすかわからない、あのありすだよ!」
「失礼ね」
眉根を寄せて呟く。私の呟きは彼の耳に届いており、再度確認してきた。
「本当にありすなのか?」
「残念ながら、中身はそうよ。あ、この子の名前もアリスなんだけど」
「いや、本当にそうなら、俺としては助かる……いや、良くないか」
「まだ疑う? なんなら、日本語であんたの個人情報を書いてもいいけど?」
「もう疑ってない」
哲平は大きなため息を吐いた後、椅子に座るように促してきた。メイドがお茶を淹れて去っていくと、向かい側に座った哲平はテーブルに両肘をつけて頭を抱えた。
「やっぱりお前も助からなかったんだな」
「というか、私のせいでごめん。私なんて見捨ててれば良かったのに」
「そんなことできるわけねぇだろ」
「哲平だけでも生きていてほしかったの。だけど、助けようとしてくれてありがとう」
礼を言った私を見つめ、哲平は悲しげな表情で首を横に振った。
助からなかったことは残念だけど、今の状況は私にとっては、かなり良いものよね。
「哲平が相手なら本当に助かるわ」
「何がだよ」
「婚約者にしてほしいの」
「は? な、何言ってんだよ、別にお前、俺のことなんて好きじゃないだろ」
哲平はなぜか頬を赤くしている。
何で照れてるのが意味がわからない。
まぁ、哲平も色々と動揺しているのかもしれないわね。そういうことにしておきましょう。
「体の本当の持ち主のために、イッシュバルド公爵家の次男の婚約者という肩書が必要なの」
「……そっちかよ」
「なんなのよ、さっきから。というか、哲平だって婚約者を探しているなら、私にしておいたほうが楽でしょう?」
「まぁな」
哲平は頷き、テーブルに頬杖をついて私を見つめる。
「で、肩書をつかって、何を企んでるんだ?」
「協力してくれるの?」
「内容による」
「長くなるけどいい?」
「かまわない」
まだ温かい紅茶で喉を潤してから、私はアリス・キュレルについて話を始めた。




