12 再会する ①
次の日の昼前、ホットラード家の使いがやって来て、お父様に伯爵からだと言って書類を手渡した。
その書類にはお互いに慰謝料を請求せずに、円満な形で婚約を解消しようと書かれていた。
慰謝料をもらうべきだとお父様には訴えたが、裁判することになると言われて諦めた。
お父様は別にお金や時間がかかってもかまわないが、新たな婚約者を探すには少しでも早い時期のほうがいいと言われたのだ。
日本の裁判と、この国の裁判の形式が同じかはわからない。詳しく聞いてみると、お互いが意見を譲らなければ1年以上かかるという。
いくら若いとはいえ、クソ野郎……失礼、浮気男に無駄な時間は割きたくない。自分は被害者だとアピールしつつ、まともな婚約者を探すことにした。
なぜ、そんなに急いで婚約者を探さなければいけないかは、アリスの年齢で婚約者がいないことはおかしい状態だからである。
ホットラード家との婚約は解消になると予想していたお父様は、見合い相手に目星をつけてくれていた。
そして、婚約を解消した三日後、私はお見合い相手の屋敷に訪ねていくことになった。
相手はイッシュバルド公爵家の次男。公爵家というのは貴族の中で一番上の爵位だそうだ。
アダルシュ王国の五大公爵家の一つであり、王族との繋がりが一番強いと言われているのが、イッシュバルド公爵家だ。
学園に行ってみなければわからないが、敵の父親の爵位が私より上の可能性もある。そうなった時、子爵令嬢という肩書だけより、公爵家の次男の婚約者のほうが有効な気がした。
公爵家と繋がりを持てることはお父様にも利益になる。
相手がよほどの非常識な人間でない限り、この婚約を成立させなければならない。
私はそう決意して、馬車で三日ほどかかる場所にある、公爵家に向かった。
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馬車での旅は考えていた以上に過酷だった。
日本の道路のように整備された道は少ない。土のでこぼこした道を走るため、ずっとアトラクションに乗っているような気分だった。
乗り物酔いをする人には地獄だわ。
私はトローリングに出て、周りの人がどんどん潰れていく中、ケロッとしていたタイプだ。
酔うことはなかったが、お尻が痛くて仕方がなかった。
途中で泊まった宿屋でアリスの日記にしっかり目を通した。
出かける前にアリスの両親から聞いた話をメモしたノートも持参している。
そのノートに日記に書いてあった重要人物の名前を書き出していった。
ノートの内容を万が一誰かに見られてもいいように、全て日本語で書いた。文字を忘れることが怖かったし、日本語が読める相手がいるなら、ぜひ話をしてみたいと思ったからだ。
二日目に泊まった宿屋から、馬車に揺られて五時間後に公爵邸に辿り着いた。
公爵家の次男と子爵家の問題令嬢である私に、どうして婚約の話が出たか。
それは、彼が私以上に問題のある人物だったからだ。
後妻の連れ子で、社交界の噂では遊び人の上に、常識がなく頭の悪い男らしい。どれだけ家柄が良くとも、貴族の間では嫁に来たがる人がいないのだそうだ。
だから、私のように貰い手がなくなった令嬢と順番に顔合わせをさせているらしく、今日は私にお鉢がまわってきたというところだ。
第一印象は大事だ。今日は水色の踝丈のドレスに、長い髪をシニヨンにしてトップには花柄のコサージュをつけている。
桃色のチークに濃いめのルージュで、ポイントメイクをしただけだが、かなり別人のようになった。
アリスは素材は良かったのよね。
もしかして、可愛かったから目立ってしまったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、イッシュバルド家の敷地内に入った。
窓から外を覗くと、広くて綺麗な庭園が見えた。色とりどりの花が咲き誇り、黄色い蝶々が花の周りを飛び回っている。
屋敷と庭の広さのレベルが半端ない。
屋敷は三階建ての洋館風のホテルと言われても納得できる。
横に広く、馬車の中からではその全貌が見えない。
圧倒されながら眺めていると、馬車が停まり扉が開いた。
御者の手を借りて石のポーチに立つと、屋敷からぞろぞろと複数人のメイドが現れた。
「お待ちしておりました」
五人いるメイドの中では一番年長かと思われるメイドに案内された場所は、庭園が見渡せる二階のバルコニーだった。
白い丸テーブルと椅子が二つ置かれており、メイドが椅子を引いてくれたほうに座った。
こういう時の作法に自信はない。かといって覚えないわけにもいかない。
とりあえず偉い人に会った時の挨拶の言葉とカーテシーは覚えてきた。練習もしてきたし、緊張しなければうまくいくはずだ。
緊張しながら座って待っていると、白いシャツに黒のスラックス姿の男性が現れた。
長身痩躯のモデル体型。顔立ちはイケメンの部類に入るほうで、吊り目気味の目が威圧感を与えるが、それが良いという人もいるだろう。
髪と同じ色の紺色の瞳がとても綺麗だ。
彼の顔を見た時、なぜか哲平の顔が彼に重なった気がした。
顔立ちは似ても似つかないのに、どうしてだろうか。
「お待たせして申し訳ない」
軽く頭を下げてバルコニーに入ってきた彼に、私は立ち上がってカーテシーをする。
「本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます。アリス・キュレルと申します」
「……ありす?」
疑問形で名を呼ばれた気がして、私は頭を上げた。




