11 執事に提案する
上からの命令に従わなければならないといったところか。会社でもそういう部分はあったし、理解できないことでもない。
「おかしいとは思っていらしたんですね?」
「もちろんでございます。旦那様にもその旨はお伝えいたしました」
「どんな答えが返ってきたんですか?」
「息子を浮気させるような相手なのだから、その責任を取らせるべきだとおっしゃいました」
息子が馬鹿なだけかと思ったら、親も馬鹿だったわけね。
リチバットさんは慌てた顔で補足する。
「奥様はホットラード家側が払うべきだとおっしゃいましたが、旦那様は聞き入れなかったのです」
「まともな人がいて良かったです」
もしかしたら、父親は浮気の経験者かもしれないわね。
「私も奥様と同じ意見です。ホットラード家がキュレル家に慰謝料を払うという内容に変更していただき、改めて書類をいただけますでしょうか」
「で、ですが……」
「浮気された側が慰謝料を支払う? そんたことがまかり通るなんておかしいと思いませんか?」
リチバットさんは私の問いかけには目を逸らしただけで、答えてはくれない。
私の言いたいことはわかるけれど、主人に何と言えば良いのか考えているんだろうか。
「お互いの幸せのためにも婚約の解消を早く進めたいのです。しかし、慰謝料をこちら側が払うという条件がある間は解消はできません」
「そこを何とかなりませんか」
中間管理職というものは、こういうものなのだろうか。気の毒に思いつつも、今にも泣き出しそうなリチバットさんに答える。
「何とかなりません。慰謝料を勘弁してくれと頼まれるならまだしも、払ってくれなんて言われて承諾する人はいないでしょう。こちらにしてみれば、こんな話をされた精神的な苦痛代を慰謝料の請求に上乗せしたい気分です」
「そ、その、おっしゃっていることは理解できるのですが……」
リチバットさんの額に汗がにじみ始めた。みるみるうちに玉になり頬に流れ落ちる。
可哀想に。
私が言い返すとは予想していなかったのよね。
この人には申し訳ないけど、言いたいことは言わせてもらう。
この国には貴族制度があって、子爵よりも伯爵のほうが格上である。アリスの婚約者であるホットラードは伯爵家。
相手は格上になるが、ホットラード家は落ちぶれた伯爵家。キュレル家は子爵家だが繁栄しており、社交界ではホットラード家よりも信頼を得ている。
お父様はホットラード家がゴネても何とかしてくれると言っていた。
この縁談も元々は向こうから持ってきた話だったらしい。それなのに浮気するってどうなのよ。
たとえ、アリスが思っていたような人物ではなかったとしても、浮気するほうが絶対に悪い。
ここは絶対に引くわけにはいかなかった。
「では、よろしくお願いいたしますね」
話は終わりだと言わんばかりに笑顔でお願いした。
リチバットさんは困った顔をして私を見つめる。
暫し見つめあったあと、私が意見を変えることはないと諦めたのか、リチバットさんは渋々といった様子でテーブルに置かれた書類を手に取った。
「承知……いたしました」
書類を鞄に入れ、がっくりと肩を落とす。
うう。罪悪感をさすがに感じるわ。でも、譲歩するわけにはいかない。
リチバットさんは立ち上がって、深々と頭を下げる。
「では、本日はここで失礼させていただきます。お時間を割いていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。もし、この件であなたが責任を求められた時はご連絡ください。あなたが新たな仕事に就けるよう、父に相談してみます」
「よ、よろしいのですか」
「紹介はできると思います」
リチバットさんの表情が一瞬にして希望に満ちた表情に変わった。
「本当ですか?」
「採用してもらえるかはあなた次第ですが」
きっとホットラード家よりも働きやすい家はたくさんあるはずだ。
アリスの日記では、お父様は子爵ながらも人脈が広いようだし、何とかしてくれるでしょう。
かといって、絶対とは言えないので曖昧な答えを返しておいた。
すると、彼は転職したいが、貴族の推薦がないとどこにも雇ってもらえないのだと嘆いた。
「では、本当に辞めたくなったら、事前連絡後、一度うちに来てください。お父様にあなたが人様に推薦できる人物か確認してもらおうと思います」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
リチバットさんは喜びで涙目になりながら、私に何度もお礼を言った。




