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バイトの時間なのでお先に失礼します! ~普通科と特進科の相互理解~  作者: スズキアカネ
勘違いを続ける彼女と彼女が気になる彼。

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35/51

第35話 綿は肌触りがよく、通気性・吸収性・耐久性に優れています。


 勉強合宿2日目は用意された朝ごはんを食べたら朝から学習ワークをする。それはお昼ごはんの後も同様だった。小休憩も挟まれたけども基本おしゃべりする暇もなく、学校にいるときよりもみっちり勉強している気がする。タイムスケジュールがきっちり決まっているので、なんだかドキュメンタリーで見た刑務所の1日を送っているような気分にさせられる。

 進学校といえどこれが毎日だとうんざりだが、明日には帰れるのでそれまでの辛抱である。


 普通科がこんな状態だと特進科はどうなんだろう…悠木君は大丈夫そうだけど、3人娘がパンクしてそうな気もする。

 そういえば結局貸したピーラー返ってこなかったし、悠木君のジャージを返すタイミング失ったままなんだけど、どこかで交換したいな。だけど合宿中スマホ禁止で先生に没収されているので連絡もできない。男子の宿泊エリアに足を運ぶのもどうかと思うし、どこかで掴まえられたらいいんだけど所属科が違うだけで全然会えないんだよなぁ。食事のときも座席の関係で時間をずらして食堂入りしなきゃいけないし、休憩時間も微妙にずれ込むし…

 特進科の誰かに預けて渡してもらうってのもなんか変な誤解が生まれそうだし、やめておいたほうがいいな。


「…やった?」

「完璧!」

「今晩が勝負だよ、頑張ってねユイ!」


 私がトイレの個室に入ると、新たに女子トイレにはいってきたらしい女子生徒たちの話し声が聞こえてきた。何やら彼女たちは今晩が勝負らしい。


「肝試しだもん、怖いって怯えるふりしたらイチコロだって」

「あーもう緊張するぅ!」


 …肝試し? あぁ……今晩行われるイベントか。

 私は少しばかりげんなりした。いや、おばけが怖いんじゃないよ、なんというか、ねぇ…


「でもさぁ、悠木君って普通科のあの女と親しいって聞くよ?」

「え、桐生さんじゃないの?」

「何言ってんの! そこを奪ってこそでしょ!」


 聞き慣れた単語と、奪うという言葉に私は反応した。略奪を推奨してるよ…。最近の女子の中では略奪がトレンドらしい。いま人気だっていう少女漫画も略奪ものだったもんね…女子怖い…

 じっくり話を聞けば、彼女たちは肝試しペアを決めるくじに細工をしたらしい。それで悠木君狙いの女子を組ませて、カップル成立を狙っているみたいだ。終始悠木君狙いの女子は親しい普通科の女や桐生さんから奪ってみせようと息巻いていた。

 あの桐生礼奈に挑むとかすごいチャレンジャーである。……ところで普通科のあの女って誰だろう。私以外に悠木君が親密にしている女子っていたかな? …まさか私…んなわけないか。


 この声に聞き覚えはないが、おそらく特進科のひとだろう。くじの細工程度なら可愛いものだ。狙われている相手に種明かしするような野暮なことはしない。仕組まれたペア相手に悠木君がどういう反応するかはわからないが、どっちにせよ肝試しは男女ペアで回らなきゃいけないので誰かと組まなきゃいけないんだ。

 全員参加なので抜け出すことは不可能。あぁ面倒くさいなぁ。その時間自由時間にしてくれたらいいのに。



■□■



「…森宮、お前寒いのか」

「寒くないよ」


 とっぷり暮れた夜。順番にスタートした肝試しで私はペアになった男子とともに夜道を歩いていた。私は言葉少なめにもくもく歩いていたのだが、クラスメイトにはそれが寒そうに見えたらしい。


「もしかして怖いのが苦手とか」

「そんなわけじゃないよ」


 私は真顔でサクサク歩く。早く行って早く戻ろう。

 この先にあるお堂の中に置いてある課題プリントをそれぞれ持って帰ってくるというのが肝試しのミッションだ。そこに進学校要素を加えなくてもいいと思うのだが。それを終わらせてさっさと解いて寝る! そう、寝るのだ!!

 私の息が過呼吸みたいに荒れているからか、隣を歩く男子が気づかわしげに見てくる。


「おい、本当に大丈夫か──」


 すっと私の肩に手が伸びてきたその瞬間だった。


「ベロベロバー!!」

「ちぎゃああああああ!!!」


 横から飛び出してきた顔面ドロドロおばけの姿を直視した私は尻もちをついて転倒した。おばけの顔面は皮が剥がれ、ところどころ骨が見えたその顔には外れた目玉がぶら下がっていた。目玉がぶら下がっているのに眼鏡をしているという奇妙なゾンビだった。奴の顔はところどころ腐敗していて蛆がわいて……私はフッと気絶しかけた。


「おい森宮! これ脅かし役だって!」


 ペアの男子が私に声をかけてきたのでハッと意識を取り戻したが、ぬっと眼前に迫ったドロドロおばけの顔面に私は恐慌状態に陥った。


「こっちくるなぁぁ!!」


 持っていた小型の懐中電灯を相手の顔面に投げつけると、かしゃんと何かが地面に落ちた音が聞こえた。おばけが「あぁ! 俺の眼鏡が!!」と騒いでいたが、私は立ち上がって逃げた。ペアの男子を置き去りにして。

 もうやだ、お家帰りたい。

 早くお堂に行ってプリント持って戻るんだ!


 ダッシュで目的地まで駆け抜けたら大丈夫だと思っていたのだが、私は彼のその背中を見たら縋らずにはいられなかった。


「悠木君!」

「!」

「きゃあ! なに!?」


 私は無防備なその背中に抱きついた。

 彼は突然の背後からの奇襲に驚いたようだけど、私が泣いているのだと気づくと、私の腕を一旦外させて「どうした」と私を抱き寄せてきた。


「おば、おばけ、ドロドロの腐乱死体…」


 私は先程のおばけを思い出して吐き気を催した。うっとえづくと、悠木君が背中を撫でて「深呼吸、深呼吸」と促してきた。しかしパニックに陥っている私はしゃくり上げながら逃げてきた方向を指差した。


「腐乱死体が!」

「ちょっと森宮さん! この間から俺の眼鏡目掛けて攻撃してきてるけどやめてよー」


 くぐもった声で名指しされた私はゆっくり振り返る。

 背後にいたのは腐乱死体。目玉がぶらんぶらんと揺れている。

 それを直視した私は全身から血の気が引いて、フリーズした。血が滲んだ包帯まみれの男がこちらに手を伸ばしてきて、私はブワッと涙をこぼした。


「あれ!? 森宮さん!? 泣いてるの!?」

「…成仏してください…」


 私はお手々のシワとシワを合わせて南無……成仏を願った。私には何も出来ません。どっかに行ってください。ぼろぼろぼろと私が恐怖で泣いていると、腐乱死体はなにやら慌てていた。


「おい、大輔お前近寄るな」

「いや、だって…」

「それかそのマスク外せよ。なんだよそのリアルなゾンビマスク。気持ち悪いな」

「そこまで言う!?」


 高かったんだよこれ! と腐乱死体が騒いでいる。

 私の視界を塞ぐように悠木君がぎゅっと抱きしめてくる。へっぴり腰になっていた私は悠木君の胸に顔を押し付ける形になり、視界が真っ暗になった。


「森宮さん、君の大輔だよ! 俺は肝試しのおばけ役なだけだから!」

「誰の大輔だ。ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ」

「こわっ! ちょっと夏生! それ友達に向ける顔じゃない!」


 ドクドクと悠木君の胸の鼓動を聞いていたら私はゆっくりゆっくり落ち着きを取り戻し始めた。


「意外だなぁ、森宮さんがおばけ怖いなんて。てっきりドライな反応が返ってくるもんだと思ってた」


 あぁよく聞けば眼鏡の声だ。ふざけんなよ眼鏡。よくも私に恥をかかせてくれたな。

 私は悠木君が着ている体操着をギュムッと握りしめると、絞り出すような声で反論した。


「……おばけが怖いんじゃない」

「いやいや、恥ずかしがることはないよ。おばけが駄目な人は本当に駄目だからね。誰にでも得手不得手があるでしょ」


 いや、本当に違うんだ。

 私が苦手なのはおばけじゃなく……


「……小さい頃、キャンプで向かった森林公園で腐乱死体見つけたことあって、夏だったからひどい状態で……一月くらい悪夢に出てきた」


 私の声はそんなに大きくなかったと思う。

 しかし周りにいた人はみんな沈黙し、近くの草木が風に揺れてかさかさ揺れる音しか聞こえなくなった。


「グロイの、苦手。…あの腐乱死体、目玉抜けてたし…」


 うじがわいて、蝿がたかっていた。人が腐った匂いはすごい匂いだった。

 何か理由があって亡くなったというのは今では理解できるけど、幼い私にはショッキングすぎて、しばらく悪夢に出てきた。そして今ではスプラッタはもちろんゾンビものは苦手だし、医者を目指すお姉ちゃんが見ている医学書なんて以ての外だ。

 思い出したら恐怖がゾゾッと湧き上がってきた。


「それトラウマじゃないか…」


 わかっとるわ。

 自分ではどうしようと思ってもどうにも出来ないんだから仕方ないだろ。


「…戻るか?」

「…課題のプリント取りに行くから戻らない……」


 悠木君が優しい声音で問いかけてきたので、私は首を横に振る。プリントとってこないといけないから戻るわけには行くまい。

 私の頬は涙でびちゃびちゃだったはずだが、全て吸収性の高い悠木君の体操服で拭う形になってしまった。さすが綿100%だ。めちゃくちゃ吸う。



 悠木君が眼鏡を追い払ってくれたので、私は悠木君を盾にする形で目的地へ進んだ。悠木君のペアの人が微妙な顔をしてこっち見ているけど、本当にごめんなさいとしか。私、自分のペアの人置いて逃げたから一人なんだ。一人でこの真っ暗闇を歩いていけとか言わないでほしい。


「…森宮、それじゃあ歩きにくいから横歩かない?」

「やだ、腐乱死体がまた出てくるかもしれない」


 悠木君はそのための盾なんだ。横歩いたら私に被弾するでしょうが。

 彼の背中に顔をくっつけたまましがみついて歩いていた私はどこからやってくるかわからなくて恐怖におののいていた。まだ着かないの? ハァハァと荒く呼吸しているのが気味悪いのかもしれないが、私も抑えられないのだ。


「大丈夫、次来たら殴ってやるから」


 それは眼鏡をって意味だろうか。

 私は悠木君のその言葉に返事せずに一人でハァハァしてゴールまで到着した。長かった。ここまで30分くらいかかった気がするよ…

 お堂の前には所属科別の課題プリントが置いていた。私はそれを一枚手にとって、飛び上がった。なぜなら、ぬっとお堂の後ろから上瞼が岩のように腫れ上がった白装束の髪の長い女が現れたからだ。


「おばけぇぇ!!」


 私はまたもや同行者を置き去りにしてその場から逃げようとした。さっきはゾンビが苦手と言ったけど、やっぱり私はおばけ全般苦手なのかもしれない。

 一人で階段を駆け下りてようとした私は背後から腕を掴まれて引き寄せられてぎゅうっと抱き寄せられた。背中に伝わるのは熱い体温だ。


「あれも幽霊に仮装してる人間だから大丈夫」

「にんげん…」


 またもや悠木君は、ハァハァと荒い呼吸を繰り返す私を落ち着かせようと介抱してくれた。呆れずに、バカにせずにここまでしてくれるなんて…どうしてそんなに優しいんだ君は。

 もう私は泣いてないけど、先程泣いて叫んで疲労感いっぱいだったため、それ以上言葉を発することなく、悠木君に手を引かれてその場を引き返した。


「ばぁっ」

「ぎぃぃいっ!」

「あれも仮装だから大丈夫だって」


 まぁ、帰りもおばけ役に脅かされて悠木君の腰に力いっぱいしがみついたり、彼の腕を折る勢いで絡みついたり散々迷惑かけたんだけど。

 ようやくスタート地点に戻ると、私は憔悴しきっていた。精魂尽き果てて声まで枯れた。今日は間違いなく腐乱死体の夢を見るだろうな…と遠い目をしていたら、任務を終えたおばけ役たちが戻ってきたので悠木君を盾にした。


「森宮さーん大丈夫?」

「……近寄るな。…成仏してください…」

「俺生きてる人間よ?」


 私は腐乱死体役の眼鏡を直視せず、悠木君の体操着の白をガン見していた。もうやだ。お家帰りたい。

 ……肝試しなんか嫌いだ。


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