第捌話『伏見城の月』 徳川家康 × 鳥居元忠
【今回の戦国マンは、この二人!】
徳川家康
江戸幕府初代将軍にして、最終的な戦国時代の覇者。
三河での幼少時代は、今川家の人質とされていたが、
桶狭間で今川義元が織田信長に敗れたのを機に独立、
信長が本能寺で死ぬまで、二十年に及ぶ同盟を結ぶ。
その間、信長から嫡男信康の切腹を命じられるなど、
多くの試練や危機があったが、ひたすらに耐え忍び、
太閤秀吉の死後は、関ケ原で石田三成率いる西軍を
打ち破り征夷大将軍に任ぜられる。さらに十五年後
の大坂の陣で豊臣を滅ぼし天下を平定。敵対者には
容赦なく苛烈に振舞うが、家臣や同盟者には律義で
誠実な対応を怠らなかった為、徳川家臣団の忠誠心
は極めて高く、味方も多かった。常に健康に気遣い、
薬の研究や、水泳や鷹狩など鍛錬による体力の維持
を厭わなかったからか、大坂の陣では全ての武将の
中で最年長であった。人材と強運と体力に恵まれて、
長命でもあったことが、家康が天下を取った大きな
要因かも知れない(諸説あり〼)
鳥居彦右衛門元忠
幼少期の家康が竹千代を名乗り今川家の人質だった
頃より仕える譜代の家臣。典型的な三河武士として
生涯を家康への忠誠に尽くした。関ケ原前夜、会津
討伐隊を見送った留守居の伏見城で、僅かばかりの
手勢と共に十万の西軍を相手に力戦して、七日間を
持ち応えたが、最期は壮絶な討ち死にを遂げ、城も
落とされた。このときの徳川武士たちの血に塗れた
床板は【血天井】として、京都の養源院、源光庵,、
崇福寺などの多くの寺院に伝えられている。関ケ原
の後、家康は元忠の死を悼み、忠義に深く感謝して、
元忠の嫡男・忠政を山形二十四万石に加増移封した。
ちなみに元忠の四男・忠勝の娘は赤穂藩の大石家に
嫁いだが、その娘の孫=元忠の曾孫が「忠臣蔵」の
大石内蔵助である。
伏見城の天守閣。
徳川家康が欄干に手を置き、月を見上げている。
奥から、鳥居彦右衛門元忠が声を掛ける。
「殿…… 酒の仕度が整いましてござる。こちらへ」
「ん…… 左様か」
「急なご来着※ゆえ、ろくな饗応※もできませぬが…… 」
「構わぬ。見よ、見事な月じゃ。今宵はあれなる月を
肴に酌み交わそうぞ」
「これはこれは、殿に似合わぬ、風流な申されように
ござるな」
「何を申す。わしとて、花鳥風月※を愛でる心くらいは
持ち合わせておるわ」
「そういうことに致しておきましょうや。さ、一献※!」
「うむ…… おまえも、飲め」
「忝い…… 戴きまする」
「…… 彦右衛門…… 」
「はっ」
「上杉の話、聞いておるか?」
「御意。殿に楯突くとは、まことにもって不埒千万」
「そのことよ。酒の肴に、面白き物を見せてやろう」
「はて、これは ……?」
「景勝の腹心、直江山城守兼続の書状じゃ」
「ほお、かの、切れ者と評判の?」
「左様。読んで、彦の思うところをわしに聞かせよ」
「はあ…… では、失礼仕りまいて…… 」
『尊書、昨十三日に到着。つぶさに拝見、多幸多幸。
此度は会津について、雑多な噂が飛び交い、内府※様
も御不審とのこと、無理もございませぬが、三里と
離れていない京と伏見の間でさえも、色々と風説は
飛び交うものにございます。ましてや遠国の当家に
ついては、如何ような噂が流れていようと不思議は
ございませぬ。されど景勝、若輩者とは申せ、太閤
ご存命の頃から、律義者として知られ、その心は、
太閤殿下亡き今も、少しも変わりませぬ。昨今は、
心変わりした不埒な諸侯も多く見受けられまするが、
左様な朝変暮化※の輩と同じにされては、当方、迷惑
このうえなし。内府様におかれましては、つまらぬ
噂に惑わされず、心安らかにお過ごしくだされ」
「ほほっ…… これはなかなかに、手厳しい」
「青二才が言いよるであろう。しかも、更に酷くなる」
「ふむ、どれどれ ……?」
『前田殿には、思し召しのままに仕置きされたとの由、
大層なご威光と感服仕る次第。されど当家に対して、
掘久太郎が如きうつけ者の、心なき讒言※を真に受け、
仔細をろくに取り調べもせぬまま、謀反の心なくば
上洛せよとは、まるで童に対する小言が如き物言い、
呆れ果て申した次第。まずは讒言の真偽を糺すこと
こそ肝要でございましょう。逆心を疑われたままで、
妄りに上洛の下知に従うほど、上杉は惰弱の徒では
ございませぬ。景勝の心得違いか、内府様に御表裏
がおありか、いずれは世間に取り沙汰されましょう。
上洛しようにも上洛できぬように仕掛けられたのは
内府様なれば是非もございませぬ。少なからず無礼
を申し上げましたが、尊慮を頂戴いたしたく、愚慮
を申し述べた次第にて。
侍者奏達 恐惶敬白 直江山城守
追って申し述べまする。聞くところによると内府様
または中納言様、近々会津討伐に下向されるとの由。
万端※、その節にお相手仕りましょう』
「ふん ……」
「どう思う?」
「見え透いてござる」
「やはり、おまえもそう思うか」
「この小倅、殿に会いとうて会いとうて、恋焦がれて
おりまするな」
「左様。わしを会津までおびき寄せようと、ない知恵
を絞ったと見える」
「冶部少と島左近の入れ知恵にござろう」
「正信※も同じことを申しておった。この分かり易さは、
石田三成の策であろうと」
「では、いよいよ ……?」
「左様。三成め、ようやっと戦の覚悟と準備が整うた
と見える。待ちくたびれたわ」
「で、いかがなさるおつもりで?」
「会津へ行く。わしが直々に出向かねば、始まらぬ」
「おお、何年ぶりのご出陣でござろう、血が騒ぎ申す!
殿、某も是非ともにお供を ……!」
「さて、彦右衛門…… そのことよ」
「殿 ……?」
「わしが会津へ行けば、時を措かず三成は挙兵しよう」
「御意。間違いございますまい」
「毛利、宇喜多、小西。或いは、島津や長宗我部をも
引き入れておるやも知れぬ。三成の糾合※した十万を
超える軍勢が、何を措いてもまず攻めて参るは……」
「然り、この伏見の城に他なりませぬな」
「わしが会津へ大軍を率いていく以上、近くに援軍は
おらぬ。伏見城は、完全に孤立無援となる」
「致し方なきこと。城は落とされましょう」
「されど…… ただ落とされてはならぬのだ」
「殿…… ?」
「負けると分かっていても、最期まで死力を尽くして
奮戦し、敵を戦慄せしめた上で、城を枕に玉砕する
ことで、我らの決意を満天下に知らしめねばならぬ」
「殿 ……」
「こたびの戦は、いずれの陣営も、所詮は寄合所帯に
過ぎぬ。諸侯に覚悟が足りぬのだ。どちらにつけば
得をするかしか考えておらぬ。信義も情理もあった
ものではない。戦況如何では、味方の多くが、敵に
寝返るやも知れぬ。無論、その逆も大いにあり得る」
「然り、殿…… 」
「さればこそ、腹の決まらぬ連中に覚悟を決めさせる
ためにも、伏見城における緒戦は、総大将たるこの
わしの股肱の臣※が、命を捨て奮闘して、徳川の武威※
をこれでもかと見せつけねばならぬ」
「然り、殿! 然り、然り!」
「刀折れ、矢尽きようとも、降伏も逃亡もせず、何の
見返りもない死に戦でも、満身創痍となりながら、
目を怒らせ、胸を張り、三河武士、此処にありと…… 」
「ええい、焦れったきかな! 殿ともあろうお方が!
早う、早う申されよ!」
「…… 彦右衛門…… ?」
「左様なお役目、某にしか務まりますまい! さあ殿、
お命じあれ!」
「彦よ ……」
「ただ一言、死ねとお命じあれ! 鳥居彦右衛門元忠、
喜んでこの白髪首、差し出しまする!」
「彦…… すまぬ」
「何を仰せじゃ。老いさらばえ、朽ち果てるばかりで
あった吾身が、武士としてこれ以上望めぬ死に場所
を賜る、この仕合せ! 彦右衛門は嬉しゅうござる!」
「三千…… いや、五千の兵を残してまいろう」
「否、どうせ落ちる城なれば、わが手勢以外に助勢は
無用。会津にお連れくださいませ」
「馬鹿を申すな! 二千にも満たぬ兵で、十万の敵と
どう戦うのだ!」
「何の…… 三河武士の、意地と矜持※を天下に示すには、
それにて十分でござる」
「彦右衛門…… されど…… 」
「殿も申されたではござらぬか…… 所詮は寄合所帯に
過ぎぬ石田勢など、十万が百万でも恐れるに足りず!
二千とはいえ我が手勢は兵揃い。小癪な冶部少など、
返り討ちにしてみせまする。野戦ならばいざ知らず、
篭城戦は数ではござらぬ。捨て石には捨て石の兵法
がござりますれば」
「いや、そうは申すが…… 」
「二千にて事足りまする。それ以上申されますな」
「頑固者めが…… 分かった分かった、もう申すまい」
「畏れいりまする」
「されど、篭城戦で何よりも必要となるものは弓矢と
鉄砲であろう。生憎とこの城は、太閤殿下が道楽に
建てられたものゆえ、銃弾の蓄えが少ない。されど、
金銀ならばふんだんにある。弾が不足したら、その
金銀を鋳潰して弾として用いよ。良いな」
「構いませぬので?」
「金銀など戦に勝てば、いくらでも取り戻せるからな」
「さすがは殿! では、心置きなく伏見城の金銀を、
湯水の如く散財させていただこう」
「存分にせよ。さあ、今宵は飲んで、語り明かそうぞ」
「御意」
家康と元忠が、月を眺めながら酒を酌み交わす。
「彦右衛門…… わしに仕えてから、何年になる?」
「さて…… 殿が、今川の人質として、駿河に参られた
ときに同行して以来なれば…… 左様、五十年かと」
「さまでになり申すか……互いに歳を取るはずじゃな」
「今川、武田、織田、豊臣…… 思えば殿も、長き忍従
の日々を送ってまいられたが、ようやっとご苦労も
実を結ぶことになりそうで、彦右衛門、重畳の至り
に存じ奉る」
「されど、彦…… わしは、ついに最後まで、おまえに
報いてやることができなんだわ」
「何を仰せになるかと思えば、左様な…… 彦右衛門は、
十分に報われておりまする」
「そうは申すが、手柄を立てても感状※を受け取らず、
太閤直々の官位授与をも断って、日本でただ一人の
無官の大名がおまえだ。何が報われておるのだ?」
「彦右衛門は、ただの彦右衛門…… 生涯、殿にお仕え
申し上げるだけで満足! 有り難き幸せにござる」
「左様に申してくれるは嬉しいが、無欲も程があろう。
…… 何かないのか?」
「はて…… 何か、とは?」
「何かとは…… 何かよ! 加増※、官位、金…… 何でも
構わぬ!このまま、おまえを死なせてしもうては、
わしの寝覚めが悪い」
「これは殿とも思われぬお言葉。男子一生の大戦を前
に、些末なことにお気を煩わされておっては、成す
べきことも成されませぬぞ。お心を引き締めなされ」
「さればこそ申しておるのだ。十歳の頃から主従の縁
で結ばれ、これまで苦労を共にしてきた彦右衛門を、
死なさねばならぬ、この家康の不甲斐なさはどうだ?」
「…… 殿…… ?」
「まるで主君の死を待ち侘びていたかのように、徳川
に擦り寄ってきた豊臣恩顧の大名共は、わしが三成
を破れば、戦の後も生き残り、報奨を受け禄を食み、
安泰であろう。されど、これまでわしに、命懸けで
尽くしてくれたおまえは、この捨て城で僅かな兵と
共に、大戦の首尾を見届けることもなく散っていく
のだ。斯様な理不尽があろうか?」
「殿にそこまで思うていただいておるというだけで、
彦右衛門はまこと、果報者でござる」
「何が果報者なものか。この五十年でわしがおまえに
与えたのは、三方ヶ原で武田の鉄砲に撃ち抜かれた、
その左足の傷だけだ…… わしはおまえに何も報いて
やれてはおらぬ!」
家康が、元忠の左膝をさすりながら、嗚咽する。
「殿…… ご出陣を前に、涙は縁起が悪うござる」
「知ったことか! わしは…… わしは、己が情けない
のだ! 許せ、彦! 許してくれ! この通りだ!」
「殿、いささか酔われましたかな…… 分かり申した。
致し方なし…… さまでに仰せとあらば、わが望み、
ひとつだけ、お聞きいただきましょう」
「…… まことか?」
「御意。ただひとつだけ、この彦右衛門が心の底から
所望しておるものがござる」
「おお、何だ? 何でも構わぬぞ! さ、申してみよ!」
「…… 天下」
「何?」
「天下を、所望しまする。征夷大将軍徳川家康が治める、
この日の本、末永く続く、太平の天下を…… 」
「彦…… !」
「彦は欲張りにござる。是非とも、お聞き届けの程を」
「相分かった! 彦右衛門の望み、この命に替えても、
必ずや…… 必ずや、叶えてみせようぞ!」
「それでこそ、わが殿よ! さ、もう一献…… 」
※脚注
来着
よそから来てその地に到着すること。
饗応
酒食を供して他人をもてなすこと。
花鳥風月
美しい自然の景色や、それを愛でる風流の心。
一献
一杯の酒。また、酒を酌んで飲むこと。その振舞い。
内府
内大臣の別称。ここでは徳川家康のこと。
朝変暮化
朝夕の短い間に簡単に考えや態度を変える無節操を
揶揄する言葉。
讒言
他人を陥れるため事実を偽り悪く告げ口すること。
万端
すべての事柄。さまざまな物事。
正信
本多正信。当時の家康の参謀。一向一揆では一揆方
で家康と敵対したが後に徳川に帰参。家康に「友」
と呼ばれ重用された。
糾合
目的のもとに人々を寄せ集め、まとめること。
股肱の臣
主君の手足となって働く、もっとも信頼できる部下。
武威
武力による威勢。
矜持
自信と誇り。それをもって堂々と振る舞うこと。
感状
主君が家臣の合戦での手柄を賞賛する書状。
他家に仕えるときに有利になる。
加増
手柄に応じて禄高や領地を加え、増やすこと。
伏見城で三方ヶ原を思い出し顰めっ面のエコルン家康
【作者贅言】
会津討伐前夜の伏見城、家康と元忠、惜別の酒宴。
最後に元忠があれを所望するのは完全にエコルンの
創作ですが、実際もあの頃の徳川家臣の面々は皆が
皆この想いだったかもだと妄想する次第であります。
誰かがこれをやらねばならぬ、戦う男燃えるロマン♪
それに応え実現してみせた家康の度量はやはり凄い。
エコルンは関西出身の阪神ファンで判官贔屓だから、
どうしても三成というか西軍に肩入れしがちですが、
それでもやっぱり戦国乱世の覇者となった家康には
一目置かざるを得ません。巨人は憎たらしいけれど
長嶋や王が嫌いではないのと同じですね(同じか?)
鉄の結束を誇る三河武士:徳川家臣団は、理想的な
主従関係や、長続きする組織のお手本かと思います。
戦略理論的には絶対に勝てなかったはずの関ケ原で
参戦武将を政治工作しまくり、大逆転勝利に導いた
家康の戦術は、良くも悪くも日本史における大英傑
の叡智と度胸と実力の結晶。そもそも今の私たちが
令和の御世もこうして日本に暮らしておらるるのも、
家康公が苦労して天下を取ったからに外なりませぬ。
感無量池部良、南無阿弥陀仏、厭離穢土欣求浄土~。
元忠コスをさせたらめっちゃかっこよくなったエコルン♪
☆予告☆
次回の「戦え!戦国マン」は、これまた?関ケ原前夜!
大人気?大谷吉継が再登場! もう一人の戦国マンは、
まさかまさかの藤堂高虎!渋すぎて誰だか分かるまい!
しかもタイトルが「吉継の首」って何それヤバくない?
はっきり言って、おもしろかっこいいぜ!




