第1章
終わった。
これが八回目のお見合だった。相手の名は早川柾毅。
今回こそは結婚したい。
毎回そう望んではいるけれど、やはり現実はうまくいきはしない。
見合の回数を重ねるたびに、それなりに得られるものはある。
お見合い相手が結婚を本気で望んでいるか、親に圧しつけられているかはなんとなく察することが出来るようになった。それでも相手が結婚を本気で望んでいるのか見極めるにはある程度の時間は必要だ。
早川さんは、見合を親に圧しつけられているようだった。私との付き合いも上辺でしかなかった。結局、彼とは7週間の付き合いだった。交際期間は短いとも長いとも言えないが、今までのお見合相手でデートの回数は一番多かった。会って特に何かをするでもなく、かと言って彼との会話が盛り上がったわけでもなかった。ただ、一緒にいるのは楽しかったから、デートに出かけるのも億劫には感じなかった。
今日のデートの終わりに二人で本音を話し合った。
彼は恋愛結婚を望んでいて、この見合は親から圧しつけられたものだった。私のことも、正直に「抱く気にならない」と言われた。お互いに友情以上の感情を持てなかった。
結局、二人の関係を終わらせることになった。けれど、もう少し付き合ってみれば何かが変わったかもしれないとお互いが何かを感じて、別れを惜しんだ。私からもう少し付き合ってみないかと言い出すことは出来なかった。勇気が無かったわけじゃない。ちっぽけなプライドが邪魔したのだ。終わらせると決めた以上は、自分の判断を信じたかったのだ。話しているうちに何かが変わったけれど、それに気付かない振りをしたかったのだ。
部屋に戻って一人になってしまうと、いろいろ考えてしまった。
愛情は無いけれど好意があれば結婚してしまってもいいと思っている私にとっては充分すぎる相手だったけれど、相手は恋愛結婚を望んでいた。
最初に本音で話していれば良かったのだろう。
お互いに話をしてきちんと向き合えば無駄に時間を過ごす事にはならなかっただろう。
無駄……無駄に時間を積み重ねていけば、愛情は芽生えただろうか? いや、進展の無さに自分は飽きてしまっていただろう。
愛情はそんなに大切なものだろうか?
とにかく、結婚してしまいたい私にとっては嫌いでなければ誰でも良かった。
翌日、パソコンをネットに繋げると、メールが届いていた。フアリィというサイトからメッセージの受信があるという内容だった。
フアリィは、私が最近登録した中日交流・交友のコミュニティーサイトだ。そこでは、中国人や中国語を勉強している人と交流出来る。
早速、フアリィに接続し、メッセージの確認をすると、友人の一人である藍からだった。目に飛び込んできたのは、
―彼女とやり直すことになりました。―
なんてタイミングの悪さ。私は昨日振られたばかりだというのに……いや、振られたわけではなく話し合って別れただけだろうけど……心境としては、やはり振られたという言葉がぴったりくるわけで、妬ましさや羨ましさ、そういう感情が浮かんでくる。
私の事情は彼にはもちろん関係ない。自分の感情は抑えて、返信のメッセージに
―頑張ってください。―
とただ一言添えた。
フアリィで私のニックネームはkoaだ。
ネットの世界と関わることになってからの私のハンドルネームはずっとkoaだった。『核』という意味で、なんとなくつけた本名とは全く関係ない名前。だけど、10年以上も使っていれば愛着も湧いてくるもので、もう一人の自分のようだった。
でも、koaは現実の私と同じ。自分は自分でしかなくそれ以上でもそれ以下にもなれない。消極的で自分自身を移した分身に過ぎないのだ。
積極的に行動できずに、フアリィでの友人は相手から申し込まれた三人しかいない。フアリィでしていることは、時々日記を書いているだけ。そんな私のどうしようもない日記に藍はよくコメントをくれた。だから、彼に興味を持って彼の日記を読むようになった。
彼のある日の日記を読んで、随分攻撃的な人だなと感じた。正直、関わりたく無いと思った。けれど、別の日の日記を読んで、イメージはがらりと変わった。
繊細で純粋、傷つきやすい心を持った人。彼をただただ好きだと思った。その感情は特別な色も無い軽い気持ちでの好き。
本当の意味で、彼が彼女と幸せになって欲しいと思ったのは、この時からだった。
永遠の愛の存在を信じる彼。愛する人と結婚し最後まで添い遂げると強く願う彼。
彼の何を知っているといえば、何も知らない。ただ、真剣に誰かを想っている彼が眩しく思えた。彼が愛している彼女と幸せになれることを願った。彼が誰かを真剣に愛して幸せになって欲しい。
そんな彼が、愛する彼女とよりを戻し、そして結婚すれば……希望の星っていう言い方は青春っぽくて恥ずかしいけれど、自分の人生にも何か希望を見出せる気がして、彼と彼女との関係の進展が、私の一縷の望みになった。
だけど、この時の彼との関係は希薄で、彼は私がこんなことを考えていることなんて何も知らなかった。彼は私の日記にコメントをしてくれたことはあったけれど、私が彼の日記にコメントをしたのは一度だけだった。
親しくも無いコミュニティーサイト内での友人で、たいした繋がりじゃない。
それでも、書かれたコメントにコメントを返して、知らず知らずのうちに私の中で彼の存在感が大きくなっていくのがわかった。




