みじかい小説 / 005 / 八月の日差し
八月もお盆を過ぎたというのに、日差しの勢いは弱まることを知らないらしい。
母がまぶしくないようにベッド脇のカーテンを静かに引いてやると、真由美はひとり静かに丸椅子に腰かけた。
目の前の母には、もう元気だったころの面影はない。
生命維持のために必要最低限の管につながれ、母はこの一年、よく頑張っている。
「まだまだいけるわよね、母さん。それとも、もうあっちに行きたいのかしら」
物言わぬ母の両目は涙と目やにで濁っており、たまにぴくりとまばたきはするが、それは何かに反応しているからでは勿論ない。
病室の中に、たまに不規則に聞こえる母の脈拍を伝える機械音だけが響いている。
と、そのとき、真由美の胸に入っていたピッチがメロディを奏でた。
相手は看護師の吉岡だった。
どうやらカルテに不備があったようだ。
今年に入って何度目だろう。
プライベートで問題があっても職場では出さないようにしてきたのだが、決意だけでは駄目らしい。
身内の不幸なんて、この年になれば珍しいことでもないのに。
それでも、たった一人の母だもの。
仕事に影響が出るのも仕方がないじゃないか。
ね、母さん。
母の髪の毛をそっと額になでつけながら、真由美はそう、心の中で呼びかける。
思えば医者になったのを一番に喜んでくれたのは母だった。
その母がもうこの世を去ろうとしている――。
私、いい娘だったかしら。
真由美は呼びかける。
まぁいいわ、バリバリ働いて、あと四、五十年したらあっちで会いましょ。
だから急がなくてもいいからね。
最後に母の手をぎゅっと握って、真由美は病室をあとにした。
廊下に出ると、まばゆいばかりの日差しがあたりを照らしていた。
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