ep9 お披露目会!
◇◇
7月下旬、本日は晴天なり。
スカイブルーの空が高く澄み渡り陽光輝く午後。───本日、わたし、オリビア・アーシュレイ7歳のお披露目会は中庭でのガーデンパーティーで催すことになった。
樹々を渡る乾いた風が日差しで火照った肌に心地良い。
正門から馬車で訪れたゲストたちを慣れた様子で、ポーターたちが中庭の会場まで案内する。
13時過ぎから案内を開始し、盛夏の日差しを和らげる為に張られたアイボリーの薄い朱子織の天幕の下に、天板が伸ばせる長テーブルに目に優しいオフホワイトのテーブルクロスが掛かり、花をイメージして配された丸いガーデンテーブルの上には、鮮やかにデコパージュされた木製のネームプレートで出席者の座席を示している。
飾られた生け花たちにもアーシュレイ侯爵家の気合が感じられる。
今年、祝福の儀に参加した32家、約150人以上のゲストたちが、料理や飲み物が置かれた長テーブルや美しい庭園内に花弁のように配置された丸いガーデン・テーブルで、さんざめきながら、着席している。
庭園の人工的な起伏や噴水池を芸術的に配した庭師たちにより、美しく剪定された大きなマロニエの樹々、ジュネと呼ばれる薄い黄色い花をつけたエニシダなどの落葉樹、白やピンク、紫に彩られた花々を咲かせるチェストツリーの樹木。そして、7月の庭園を彩る薔薇や大小色形が様々なダリヤたちが、ゲストたちの目を楽しませている。
ほぼ招待客が出席を終えたことを確認したボーイたちが祖父母に告げ、主催者席で胸元からスカート部に向け、グラデーションになった爽やかなヒヤシンスブルーのシックなデイドレスを着たスレンダーな母が、涼やかな声でパーティーの始まりを告げた。
庭園に並べられたテーブルより一回り大きな楕円形のテーブルに、着席していたラフなスカイブルーの上下の略式正装であるセットアップスーツを着た祖父が、スッと姿勢よく立ち上がり、会場をぐるりと見回して、いかめしく閉じていた口を開いた。
「多忙な中、今日は我が館に集って呉れて有難う。祝福の儀が終わり、アーシュレイ侯爵家の第一子、長女オリビア・アーシュレイを皆へ無事に紹介出来ることを神に、そして皆に感謝したい。重ねて水属性の祝福をうけたことも報告しておこう。そしてオリビアと同じように祝福の儀を受けた32名の子達にも私から祝いの言葉を述べよう。おめでとう。これからアーシュレイ家の繁栄の新たな一助と成って欲しい。加えて喜ばしいことに、その中で1名が光属性、2名が風属性の祝福が発現した。皆、新たなアーシュレイ家一族が仲間入りしたことを共に祝おう。乾杯。」
口上を述べた後、祖父がワイングラスをスーっと右手で掲げ、赤い液体を一口ほど口にして、ゆっくりと着席した。
季節の花々で飾られた40程のガーデンテーブルに着席していたゲストたちも手にしたグラスを掲げて「乾杯!」と告げ、赤いワインが入ったグラスに口を付けた。
次は、わたしの番だ。
ドキドキと脈打つ鼓動で痛くなる胸を振るえる左手で押え付けた。
わたしは、隣に座っていた祖母に促され、緊張する気持ちを隠して静かに立ち上がり、軽いお辞儀をした。
「皆様、アーシュレイ侯爵家の第一子、オリビア・アーシュレイです。晴天の中、お集まりになった皆様とアーシュレイ家一族の仲間入りを許され、誇らしい限りです。未熟なわたしを優しく導いて下さるようにお願い致します。」
─── くう、、、。緊張し過ぎて、練習していた通りに言えなかった。
焦っている内心を悟らせないように、わたしはゆっくりとガーデンチェアーに腰を下ろした。
うん、皆、拍手をしてくれている。
良かったー。
そして、わたしの次に席次が高い少年が立ち上がって、堂々とした挨拶を始めた。わたしは分家の伯爵令息を眺めながら、内心で大きく息を吐いた。
後は、32家の子供たちの挨拶を聞いたら、今日のイベントの山場は終わるはず。
魔力があった少年たちは、9月にあるヴィヌム(ぶどう)祭を過ぎて、教会の学舎や神殿の学舎へと入り、12歳まで魔法の修練や魔力コントロールを学ぶ。
4属性の守り石は領主館で用意出来るけど、光属性の守り石は王都近郊に在る大神殿で、寄進と引き換えに渡されるそうだ。
光属性を得たのは、子爵家の少年だったのでアーシュレイ侯爵家で寄進を負担するのだと、母が話していた。学舎を出たら、アーシュレイ家の領主館で勤めることになるだろう。
フローラル王国の中央貴族で、わたしを含めて4人もの魔力を持つ者が生れるのは、珍しいことらしい。
光属性の魔力の持ち主は、アーシュレイ侯爵家の分家筋にあたるダルコ子爵家の次男だそうだ。
此れからの訓練で3種類の光魔法が使えるようになったら神官と成って大出世が出来る。参加したゲストたちから、誰よりも大きな拍手を栗毛色の髪を持つダルコ子爵令息は貰っていた。
現在は魔力レベル3らしいけど、鍛え方次第ではレベル5くらいになれるかも知れない。
ファンタジー感の大きな魔法については、教会や神殿の学舎で学ぶ以外は、王立ロイス貴族学院へ行くまで学ぶことが出来ないのが残念。
まあ、学べたとしても、女児で光属性でないわたしは、魔法を使うことを教会法と王国法で禁止されているから、どうにもならないのだけども。
順々に、わたしより立派な挨拶をしている少年少女たちに拍手をしながら、一仕事終えてわたしは、他の子たちの様に卒なく挨拶が出来なかったことに、やさぐれていた。
少くなったストレートな長い白金の髪の毛を背中で1つに結わえている熟年の祖父レイモンの左隣の席には、この度、初対面と成った老齢の曾祖父レナール・アーシュレイが飄々と鎮座していた。
曾祖父レナールは、オルサ河のロウグ川港があるバルテール地区の旧領主館に住んでいる。曾祖父レナールから挨拶の後で聴いた話によると、昔は砦としての機能を備えていた古城だそうだ。
現領主館からは馬車で3時間くらい掛かる距離みたい。
息子で或る祖父レイモンや孫である父ロベールに、2代続けて魔力が無かった。
そのことで曾祖父レナールは、アーシュレイ本家の魔力を持つ次世代を諦めていた。しかし、わたしがレベル1とは言え魔力を得れたことを知り大興奮し、病後の身体だったのに、無理を押して領主館へと訪れてくれた。
体調を崩していた所為もあるけど、痩せた身体に短く切った白髪の曾祖父レナールの容姿は、どこか愛嬌があって、前侯爵さまと呼ぶより「お祖父ちゃん!」て呼びたくなる風貌だった。
服装も高位貴族の正装とは違い、さっぱりとした簡易なモノだったし。
穏やかな表情をしている曾祖父レナールの瞳の色は、アーシュレイ家独特の淡いスカイブルーだった。
領地の人々や縁戚の方々は、曾祖父レナールのことを「ご隠居さま。」と呼び、親しく交流しているみたいで、お披露目会が始まる前まで、参加者たちと談笑している姿を微笑ましく思って、わたしは眺めていた。
7歳になっていない弟のジルベールが、此のパーティーに参加が出来ないのが、実に残念に思う。
一通りの挨拶を終えた後、ボーイやメイドたちがリクエストして、取り皿に取ってくれた料理を頬張りながら、わたしは席に残っていた曾祖父レナールからの日常生活をどう過ごしているのかという質問に答えていた。
そして祖父レイモンについても尋ねれこられたので、「今年、王都から戻られる迄は、殆ど話したことが無かった。」と素直にわたしが曾祖父に答えた。
「レイは冷たく見えるが、オリビアやジルベールのことを気に掛けているぞ。もっと気楽に色々オネダリすれば、非常に喜ぶと思うぞ。まあ、お前たちの父親で、わしの孫で或るロベールは全く処置なしだがな。」
そう言って、痩せた頬をワインでピンクに染め、怜悧な目をしている祖父の想いを曾祖父レナールが暴露して行くのを、色々なテーブルに足を向けて、言葉を交わす祖父母や母を目の端で留めながら、興味深く話を聞いていた。
すると主催者席に近い右側のテーブルから強い視線を感じて、曾祖父レナールから顔を外して、わたしは視線の方向に上半身を向けた。
其処で視線が合ったのは、曾祖父レナールの弟の分家であるシッタール伯爵家の第3子、クラリス令嬢だった。
シッタール伯爵家は、アスター地方とアスタール地方に跨るアーシュレイ家領地のオルサ河北西に在った領地を曾祖父レナールの父が、分け与えたシッタール伯爵領である。
王家から爵位と領地を叙される以外は、大抵、領地の地名を家名にする。
現在は、フロラル王国自体の領土が増えて居ないので、嫡男以外の男子へ領地を分ける領主貴族が減ってしまったが、曾祖父レナールの父の代までは隣接した領地と領土の取り合いで領地戦も行われていたらしく、領地戦で得た領土を活躍した第二子に、シッタール伯爵領を与えた。
なので、クラリス・シッタール伯爵令嬢とわたしは縁戚となる。
祖父母の兄弟姉妹の孫は「はとこ」に成るけど、曾祖父の弟のひ孫って、親族って言うには、チョイ遠い気がするのだけども、此処に招待されていると言うことは、親戚って認識でいいのかしら。
クラリス・シッターは、肩を隠す長さのフワリとしたカメリア色の巻き毛をサイドアップにして、若葉色の瞳を鋭くして、真っ直ぐにわたしを見つめている。
─── ・・・なんで?敵意丸出しじゃん?わたし、彼女に何かしたっけ?
わたしは、ギラギラと睨みつけられているのが、怖く成って思わず敵前逃亡を覚悟して、顔を伏せた。
真正の貴族少女って、7歳でも怖い。
前世アラサー、プラス今世7歳のわたしの尻尾は、プルプルと丸まっている。あくまでも心象風景だけどね。
オマケに曾祖父レナールは、自分と同じ風属性を持った少年2人に話して来ると席を立つし。
カムバック!母よ、祖父母よ。
わたしを1人にしないで下さい。
ガーデンパーティーの喧噪の中、わたしは1人魂の絶叫を挙げながら、7歳少女にメンチを切られて、ただただ怯えて凹んでいた。
◇