ep7 先ずは家族3人で
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あれから守り石のミレラニの原石を領都ウィドール在る魔法宝飾技師を呼び、ペンダントトップを依頼し、わたしのお披露目会へ向けての準備が、領主館総出で慌しく行われていた。
唯でさえ夏至祭は、主神であるソラリス神を奉り、ユリウス教会やフローラル王国で祝う長い聖なる祝祭期間で、パリピーな王国民の一大イベント期で、中央(王都)も地方(各領地)も多忙な時期なのだ。
聖なる祝祭は、ソラリス神の力が最大に増す夏至の20日前から始まり、終わるのが夏至の20日後に成る。(今年は6月1日~7月11日まで)
アーシュレイ侯爵家領地で、祝福の儀などが重なるので、毎年この時期の母たちは多忙を極める。
王国中央法院が裁判などが長期間閉廷して休暇を取るのも、王侯貴族たちに夏至祭を恙なく過ごして貰う為だ。
夏季休暇って、わたし的には、「陽光輝く眩い夏を暗い城内で仕事とかしたくねぇーわ」と、考えた人たちが提案したバカンスだと、勝手に推測している。
そんな訳で、ワチャワチャ動き回っている領主館内の大人たちを尻目に、わたしと弟の子供組は、いつも通りに淡々と日々のタイムスケジュール通りに過ごしている。
起床は5時過ぎくらいで、身支度を整え、7時過ぎくらいに居間で弟と朝食。
平日は、9時過ぎくらいから教育係からの授業を受け、14時過ぎくらいから16時くらいまで軽食と一緒にティータイム。
午後からは、乗馬やダンス、声楽、楽器演奏など、身体を動かすことを中心に学んでいる。
弟のジルベールは、剣とかを学びたいみたいだけど、7歳の祝福の儀を受けるまでは、子供用の軽く小さな木剣で小姓たちとチャンバラするくらいで、正式に教わってはいない。
7歳の夏至祭で、一門の1人と認められてから弟は、ローブ(ドレス)から半ズボンへと衣替えをし、子供から少年に成るのだ。前世ならプライベートな少年式みたいなモノ。(ブリーチング)かな?
男児は半ズボンやトラウザを穿き、女児は髪の毛を伸ばし始め、専属護衛が就くように成る。
そして18時くらいから自室で、乳母や教育係とマナーを学びつつ、夕食を摂り、19時には就寝。
冬場だと日が落ちるのが早いので、もっとタイトなスケジュールに成る。
出来るなら、母や弟と夕食を共に摂れないかと現在、わたしは画策中だ。
流石に晩餐室で食すのは、背丈的にわたしと弟には無理なので、母に居間で弟と夕食を摂りたいとゴネてみたけど、子供大好きの型破りな母でも中央貴族のマナー的に、許可しずらいモノがあるらしい。
領主夫妻である祖父母が留守の間は、領主館内での家裁を一任されている母のクラウディアだが、あまりやり過ぎると家令のセバスや侍女長のサマンサからご注進されるので、ビビって、いや、遠慮なさっていらっしゃるのだ。
どうも嫡男であるジルベールが絡むことに、母のクラウディアは、デリケートになってしまわれる。
まあ、父の母に対する態度を見ると、今後わたしにジルベール以外の弟妹は出来ないだろうから、アーシュレイ侯爵家の大切な一粒種の後継者として、養育に失敗したくなくて、母が神経質になるのも理解しているけどね。
でもですね、此の領主館は、広過ぎるのよ。
館と言うか、立派な城だから。
正門からの正面エントランスホールを中心にして、東西に別れた回廊から、西へ西へと増築されて行く豪奢な淡い緑黄の花崗岩で造られた3階建ての新館で或る建物群。
大ホールや演劇室、舞踏室など客室を含めると200以上の部屋が或る大きさだ。意図せず日々を過ごせば、家族と全く顔を会わせられない。
新館の西側に在る2階は家族の居住区でプレイベートな区域だけど、偶然に顔を会わせるなど、先日、長い廊下と使用人用階段でジルベールと擦れ違ったようなことは、極稀なのだ。
前世の記憶が戻った今では、それが非常に寂しい。
白米を食べることを我慢できても、ウエットな情緒感で家族と暮らしてきたわたしには、スペースの物理的広さが余計に寂寥感を覚えてしまう。
こんなに、わたしって寂しがり屋だっただろうか?ふと自分に自問自答していた。 もしかして7歳の身体の感覚に気持ちが引き摺られているのかも知れない。
幼い頃は家族との触れ合いが大切って、前世の価値観に引っ張られ過ぎてるのかなあ。と、前世の記憶が戻るまでは、風変わりで気儘なお嬢様と侍女たちに言われながらも、貴族の子女として疑問も持たずに過ごしていたのを思い出す。
今は、9歳年上の侍女のエミリアたちに命令口調で話す違和感が強くて、気を抜くと丁寧口調になってしまって、「ぎょっ!」とされることが幾度もあったり。
物を運んでもらったり、着替えさせて貰ったりすると反射的に「ありがとう」と、告げてしまったりしている。
仕方ないよね。
前世のニホンでは、元々が労働階級の庶民だったのだから、何かして貰ったらお礼を言うのは、もう習性みたいなものだから、開き直って諦めよう。
下手にお礼言うのを我慢すると、何だか胸の奥がモヤモヤして気持ち悪いモノ。
わたしの精神衛生の為にお礼の言葉は、侍女のエミリアたちに聞きなれて貰うしかない。
窓から入る盛夏の日差しに照らされたライティングデスクの上に置いた、お披露目会に参加してくれる分家や寄り家の家名リストへ、つらつらと目を通す。
明日は、弟のジルベールと母とわたしの3人で、午後のティータイムを約束していることを侍女のエミリアに確認を取って、予定に変更のない事を知り、わたしはホッと安堵する。
悪役令嬢オリビアの不幸な未来を回避する為に、思い付いたことを一気にやろうとしても無理だから、こうして少しずつ前世の記憶と今世の慣習の妥協点を探りながら、改善して行こう。
ゲームでは無い魔力があったわたしなら、きっと大丈夫な筈。
そう信じて、母のクラウディアと弟のジルベール、わたしの家族3人で、一先ず、もっと仲良く成って、気楽に話せるようにして於こう。
目標は、前世みたいに気兼ねなく、互いの部屋へと訪れることが、出来るように成りたいわ。