ep6 廊下にて
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母とのティータイムを終えて、執務室から自室に戻る廊下を侍女のエミリアと歩いていると、白い子猫のような弟のジルベールが、奥まった場所に在る使用人専用の隠し階段から「姉さま!」わたしに声を掛けて来た。
ジルベールは、朝食時とは違う夏らしいライトブルーのローブに着替えて、小姓のセルジュたちと共に駆け寄って来た。
「またジルは使用人用の階段を使って。アナタの乳母ロザリーに知られたら叱られるわよ。」
広く大きなアーシュレイの領主館は、正面入り口に在るエントランスホールから2階へと上がる豪華な中央階段と東西で左右に別れた階段、そして家事を行う為の使用人用の階段が目立たないように数十カ所ある。
弟のジルベールは、中庭から回廊を大回りするのが面倒で、小姓のセルジュたちと偶に使用人用の階段を使うのだ。
娘であるわたしが利用しても余り叱られないが、アーシュレイ侯爵家の嫡男であるジルベールは特別なので、使用人たちに混じることを家令たちや侍女長から固く禁じられていた。
こんなことがバレたら、ジルベールの側近候補として傍に居る乳母のロザリーの息子セルジュが、酷く叱られてしまうだろう。
「ごめんなさい。」
「もうしわけありません。」
わたしと向かい合わせで立ち止まったジルベールとセルジュが、キュッと眉根を寄せて、肩を落として済まなそうに小さな声で2人は謝った。
グゥッ、しょ気た顔の幼いジルベールとセルジュが可愛い。
胸がキュンキュンするわ。
わたしより拳1つ分背の低いジルベール。そしてジルベールより少し小さなセルジュ。
2人とも5歳なのよね。
ふわふわのマロンブラウンの髪を後ろで結わえ、ハニーブラウン色した瞳をわたしに注意され、哀し気に曇らせるセルジュ。
セルジュは、乳母をしているロザリーの子供で、ジルベールと同じ年に生れたヴァーニユ男爵家の第3令息だ。一応はジルベールの側近候補として、小姓の半ズボンにシャツと言うお仕着せを着せられている。
2人で居ると、白い子猫と茶系の子猫がじゃれ合っているようで、心がほっこりする。
可愛いジルベールとセルジュに目を癒されつつ、「セルジュが叱られるから気を付けてね。」と愛らしさに口元が緩むの引き締め、わたしは真面目な顔でジルベールに注意した。
弟に「何をしていたの?」と、わたしが尋ねると「中庭でセルジュたちと遊び終え、グーテを食べに居間へ戻る途中だ。」とニコニコと愛くるしい笑顔でジルベールは元気良く答えた。
「お腹が空いたので。姉さまさまも一緒に如何ですか?」
「ふふ、ありがとう、ジル。でも先程執務室で、お母さまとお茶を頂いたばかりなの。明日にでも時間が合えば一緒にお茶をしましょう。」
「はい。姉さま。では失礼します。」
ジルベールが、笑顔の侭そう答えて勢いよく居間へ向かって歩きだすと、セルジュたちは慌ててわたしに軽く頭を下げて、急ぎ足で後を追った。
居間へと向かったジルベールの後を追うのは、5歳のセルジュ、わたしと同じ年になる7歳のエミール、8歳のリーシェたち。
ジルベールの小姓兼遊び相手として、此の領主館で暮らして居るアーシュレイ侯爵家に連なった寄り子の令息たちだ。
因みにエミールは、執事をしているアランの第2令息であり、リーシェは家令であるセバスの孫に当たる。どちらもアーシュレイ家からの分家筋に当たる伯爵家令息だ。
わたしに用意されている年が近い少女は、11歳の侍女見習ナタリアだけなのと比べると、嫡男ジルベールの祖父母たちから期待されている大きだが分かる。
遠ざかって行く賑やかなジルベールたちの小気味良い元気なボーイソプラノの声を聴きながら、わたしは侍女のエミリアと自室へ向かって弾む足取りで、長い廊下を歩いて行った。