ep5 母へのお願い
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パールグレーの柔らかな眼差しを向ける母から他の守り石についての説明を受けた。
アーシュレイ領地にある分家や寄り子の子爵家や男爵家の為に、4属性それぞれの守り石を領主館で保管していると言う話だ。
曾祖父レナールの魔力が風属性であるように、アーシュレイ侯爵家では風属性の者が生まれやすいそうだが、中には、わたしのような母方の魔力を継ぐ者もいて、夏至祭に、教会で祝福を得るまで守り石の種類が分からない。
守り石はイザと言う時の為に魔力を保持するものであり、また司祭さまから属性確定の祝詞を受け、その魔力を体内に馴染ませる為のモノでも或る。
無くても何とか成るけれど、貴族の家庭では子に健やかな未来を願い、祝福の儀を終えた後に、身に着ける宝飾品に加工して、7歳のお披露目会で家長から贈られることが慣例化している。
その守り石の原石を入手が難しい為、高位貴族の領主たちは必要になった家々からの報告を受けると、領主館で保管している原石を寄り子の家々へ受け渡す対応に追われる。
婚姻を纏める為のキーアイテムにも成るので、領主の行う大切な仕事なのだそうだ。
それから守り石の説明から、お披露目会の準備について母の話題が移った。
優しい表情でわたしに話す母の言葉に頷いて、林檎に似た香りがするカモミール・ティーを味わおうとゆっくり口にした。
「今年は7月下旬にあるリビーのお披露目会に、お義父様とお義母様が中央での社交を早めに切り上げてアーシュレイ家の領地へ戻られる予定よ。領地で招待した皆様を持てなされると出掛ける前に仰っていたわ。そしてリビーが祝福を受けたコトを昨日の内に伝令したから、今頃は王都のタウンハウスで知らされ喜ばれているでしょうね。きっと王都でリビーの為に、素敵なモノを買って来てくださるはずよ。楽しみね。」
綺麗なパールグレーの目を細めて嬉しそうに、母のクラウディアは語った。
貴族たちが地方領地から宮廷に移るのは、春から初夏の始まりまで、王都パルスで行われる春の社交シーズンとサマーバケーション(夏季休暇)がある。
(フローラル王国のサマーバケーションとは、司法権限と行政権限を持つ王国中央法院が、6月~8月末まで長い夏季休暇を取るコトを指す。)
通常は春の社交シーズンから夏至祭が明けるまでは、中央での行事が多い為、祖父母は王都パルスに滞在しているのだけど、今年はわたしの7歳を祝う通過儀礼で、アーシュレイ侯爵家の領主館に戻って来る。
「それは楽しみです、お母さま。」
「でしょう?」
「お、、、えと、何でも無いですわ、お母さま。」
何の気なしに「お父さまは?」と口に出しそうになり、わたしは慌てて言葉を飲み込んで、ソーサーに置いていた薔薇の花を描いた白いティーカップを持ち直して、口を付ける。
帰って来ない人の帰りを尋ねても、母を困らすだけだものね。
わたしは飲み込んだ言葉を誤魔化す為に、早口で次の話題を母に重ねて告げる。
「、、、あの、お母さま。お祖父さまが戻られて、わたしの婚約の話が出たら、出来れば止めて欲しいのです。」
2杯目のカモミールティーを母の専属侍女であるメアリーに頼む途中で、わたしの唐突なお願いを聞いて、驚いたように目を見開いた。
「えーとですね。お母さま。乳母のドロテアから、祝福は教会法を守る婚姻の為に調べると聞いて、、、。高位貴族の子女は、7歳で魔力の有無を教会で調べて、少し昔までは8歳くらいで婚約させられると教えられたのです。でも一般的には、王立ロイス貴族学院に入ってからの婚約が多いと聞きました。特に此の数年は。なのでわたしも13歳で学院に入ってから、相手を決めたいと考えているのです。」
当主である祖父レイモン・ド・アーシュレイ侯爵が決めたことに、母のクラウディアが直接モノ申せる立場ないのは分っているけど、取り敢えずわたしの希望を知って居て欲しいと思ったのだ。
傍に執事のアランが居るのを計算して、敢えて言葉にしてみたのだ。
「未だ未だ淑女教育の途中ですし、不安なので、余り早くから決められたくないのです。お母さま。」
「、、、ふふっ。吃驚したわ、リビーから婚姻の話が出るなんて。でもお義父様が婚姻相手を決めてしまわれたら、リビーの願いでも私には如何にもならないわ。御免なさいね。それとなくお義母様にリビーの気持ちを匂わすことくらいは出来るけど。」
「はい。勿論それは分っています。祝福の儀の前にドロテアから聞かされて、未だ婚約のことは考えたくないと思ってしまったので、遂お母さまに我儘なお願いをして仕舞いました。申し訳ありません。」
「、、そう。、、、そうね。私の婚姻は16歳だったけれど、王命での婚約は14歳でしたものね。それでも悩むことばかりだったわね。婚姻直前まで婚約しても、ロベール様と顔を会わせたことが、無かったのよ。結婚して不満がないワケでは無いけれど、でもリビーとジルを授かってからは、とても幸せだわ。そしてリビーのお陰で色々吹っ切れたことも多いのよ。ふふっ。」
伏し目がちにティーカップの薄い陶器の縁を白い指先でなぞりながら、静かに話して無邪気な笑い声を漏らした。
「駄目ね。リビーと話していると、つい7歳の子供だと言うことを忘れてしまうわ。娘のリビーにロベール様との愚痴を言っては駄目よね。」
細面の整った顔を上げて、綺麗なパールグレーの瞳をわたしに向け、涼やかな声で母のクラウディアが話す。
『わたしの精神年齢はアラサーだから、気にしないで。お母さま。』
前世のわたしより、7~9歳は年若いだろう母クラウディアの困ったように話す仕草を眺めて、胸の奥で溜息を吐く。
母は、未だ24歳だもの。
母が家を顧みない父ロベールの愚痴とかを零すのは当たり前だわ。
領地で留守を守る母には気楽に話が出来る相手もいないものね。
侍女のメアリーが、わたしのティーカップに、ポットのカモミールティーを全て注ぎ終えるのを見つつ、久しぶりのティータイムがもう直ぐ終わってしまうのを惜しみ、母が気楽に話せそうな新たな話題を探して明るく口にするのだった。