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ep47 アーシュレイ家の乳母事情



 路樹のマロニエの白い花々が咲き誇る6月。

 例年より暖かな初夏に憂鬱な来訪者が領主館の前庭に訪れた。


 昨年放逐した乳母のドロテアだ。

 勿論、円満退職だ。


 過去、元服の儀として、幼児から少年に成ったコトを家門の皆に紹介する7歳男児のお披露目会。

 今は、祝福の儀を終えて、家門の一員に加わったことを知らせる少年少女のお披露目会と成った。


 無事に7歳まで育ち、乳離れも済み、「お疲れサマ」と晴れやかに乳母だったドロテアを送り出した。

 表向きは───。



 7歳を過ぎても関係が良好なら、昔、母の乳母だったメラニーのように、7歳を過ぎても昔馴染みの侍女として、婚家にまで付いて来て貰うことも或る。

 メラニーの場合は夫と子供が亡くなり、再婚するより母と居る方が、気が楽だったらしいけど。



 わたしは、乳母だったドロテアを領主館から追い出したくて、内緒にしていた秘密(虐待行為)を母に打ち明けた。


 幼かったオリビアが感じていた家族や使用人たちと現在、わたしが接している人々たちとの違いをイメージ補正し直していた。

 思ったよりオリビアは、母に愛されていたし、アーシュレイ領出身の使用人たちは、わたしに優しかった。まあ、アーシュレイ侯爵家のお嬢さまだから当然と言えば当然なのかしら?



 そして前世の記憶が戻るまでは、ドロテアから躾と言う名の虐待を普通のこととして受け入れていた。



 今思えば、手の甲を鞭で打つ代わりに、お尻を鞭で打ったのだろうと推測する。きっと家令のセバスや執事のアランから注意されたのだなと推測する。

 信じられないことに、3歳位までは手の甲を乳母だったドロテアに、()()たれていた記憶がオリビアにはあった。



 母が弟のジルベールを懐妊してから乳母であるドロテアに、わたしの育児が母から彼女へと、完全に移ったのだ。


 それにドロテアは、次代の後継者であるジルベールの乳母を目指していたのに、母が毅然として、信頼出来る護衛騎士であるケヴィン・ヴァーニュ男爵の妻ロザリーを弟の乳母へと推したのだ。

 そしてジルベールと同じ年に生れたロザリーの息子セルジュを乳兄弟にした。


 ドロテアにしたら、同郷で或る侍女長サマンサの推薦が有れば、同じ公爵家出身の祖母ミッシェルから口利きがあると踏んでいたのだろう。

 残念なことに、母クラウディアの野生の勘により、ドロテアの野望は潰えた。

 当主の乳母は、貴族社会では女性にとって名誉なことなのだ。

 殊に高位貴族の次代の当主ともなれば猶更だ。女性にとって夫人の次位の出世になる。



 フローラル王国の乳母は、ロザリーのように授乳し世話をする者とドロテアのように、授乳せず乳幼児をお世話し統括する者と分れる。

 社交で多忙な母親から育児を解放する名目だとか。


 母のクラウディアは、中央貴族的なその考え方を真っ向から否定し、3男4女の7子を産み育てたロザリーを乳母にした。

 祖父の代にバーニュ男爵位を授けた騎士爵だった平民の家系だったから反対も多かったらしい。

 主に、侍女長サマンサとか乳母だったドロテアなど、祖母ミッシェルの生家であるクロノア公爵家一門の方々が。


 別段、祖母のクロノア公爵家が、アーシュレイ侯爵家乗っ取りを企んでいる訳ではない。


 領主館内での醜い女の「主導権争い」って言葉に尽きる。


 曾祖父夫妻が、早々に当主を引退し川湊近くに在る旧領主館へ引っ越し、現当主夫妻であるレイモンとミッシェルが領主館を継いだ。


 しかし祖母のミッシェルは、公爵家で深窓のお姫様として、大切にされて育った。

 しかも王家から降嫁のあった名門ロル・クロノア公爵家。(王族の血が入ると家名に《ロル》の称号が入る。)


 それに随行して来た人々のプライドもバリ高だった。


 筆頭が侍女長のサマンサ。

 クロノア公爵家一門の侯爵家出身だったサマンサは、祖母のミッシェルと同程度の地位に居ると勘違いする位だし。


 母が嫁いで来てからは、ピチピリとした緊張で保っていたバランスが崩れ、一種の無法地帯と化したそうだ。


 祖母のミッシェルは、無駄な口を開かず、父の2人の姉は嫁ぎ、家政を仕切るのは何故か侍女長サマンサとなっていた。

 アーシュレイ侯爵家で、使用人を束ねる家政婦長は、無爵位の婦人だから立場が弱い。

 家政婦長は、貴族令嬢である侍女や乳母に、指図出来ないのよね。その為の侍女長と言う役職がある。

 侍女長に、直接命令が出来るのは、女主人で或る祖母だけだったから、領主館で彼女は天狗になったのかも。

 本来なら女主人である祖母の次は母が上位で或る筈なのにね。



 そんな勘違い侍女長サマンサは、母の懐妊を知って自分の手駒を実家に頼って、領主館へと呼び寄せたのだ。

 それが、わたしの乳母だったドロテアだ。


 3月から8月くらいまで祖父母たちは、春と夏の社交シーズンで王都パルスに滞在している為、家令や執事以外に、領主館で怖いものなし。

 オマケに父のロベールは、母と婚姻後、一度も領地に戻らずだもの。

 (サマー・バケーションは、6月から8月下旬位まで。)


 今から思うと、ドロテアは虎の威を借る狐だったのじゃあるまいか。


 

 前世の記憶が戻るまで、オリビアが我儘で癇癪持ちだと、邸内で噂されたのって、偏にドロテアの所為だと思う。

 今だったら鞭で打たれたら、わざとギャン泣きして周囲に知らしめて遣るのに。


 5歳で、教育係にミランダを付けられて居なかったら、わたしのお尻がヤバかったかも知れない。

 2~4歳位までの躾がきつかった気がする。

 アレって、弟のジルベールの乳母に成れなかったドロテアの八つ当たりだよね。序でに、社交シーズンに王都のタウンハウスへわたしを餌に行けないことも含め。



 泣くと五月蠅いと言って打たれ、

 幼児言葉は、はしたないと打たれ、

 動こうとすると座って居なさいと打たれ、

‥‥‥‥結構些細な理由で鞭を手にされていたことを思い出し、ズンと気分が重くなった。


 それでも、わたしは懲りずに、ドロテアの目を盗み、メイド相手に癇癪を起して、色々と遣らかしてたりと、悪役令嬢の萌芽を育てていた。

 記憶が戻らなかったら、ヤバかったかも知れない。



 子供部屋に鞭を常備するのはホント止めて欲しかった。


 ドロテアの体罰を母に黙って居たのは、それが乳母として当たり前の行為だと考え違いをしていたからだった。

 それに身近な乳母だったドロテアに叱られたと言う事実は、大好きな母に知られたくなかったのだ。


 しかし、前世の記憶が戻ったニューバージョンのわたし(オリビア)は、乳母だったドロテアの行いは、紛れもなく虐待だったと気付いたのだ。


 問答無用で幼児に手を上げちゃ駄目、絶対。


 しっかり自分の意志を伝えれる様になったわたしは、母へ幼かった頃にドロテアからされた躾の数々を報告し、乳母の延長を断って貰った。


 ドロテアは、母が生家のブランシェ辺境伯領で、『ハズレ令嬢』と呼ばれてたから、わたしのような無作法な出来損ないが生れたたと蔑んでいたけど、祝福を得たと聞いて、コロリと態度が変わったのを白々とした冷めた気持ちで眺めてしまった。


 今更、掌を返されても正直困る。


 わたしが結婚して着いて来られても嫌なので、母と話し合って、ドロテアを円満退職に持ち込んだ。


 面倒なことに虐待の証拠がないし、一応ドロテアの後ろ盾は、クロノア公爵家なのだ。




 哀しい顔をした母から、もっと幼い頃に話して欲しかったと告げられ「ごめんなさい」と呟いて抱き締めて呉れた。 慣れないスキンシップにドキドキしたけど、暖かな母の腕の中に抱かれ、嬉しかった。





 そんな相手(ドロテア)が、態々8歳の子供(♀)を連れて遣って来た。

 先触れが弐日前って、拒否出来ない日程。

 マジで迷惑。


 失礼を承知で、領主館中央塔の前庭での応対に成った。



 「ワタクシの娘をオリビアお嬢様の友達にどうかしらん?」


 って言われても、要らん。

 相変わらず、母には上から目線の態度はブレない。

 公爵家の家門に連なると言っても、ドロテアは子爵夫人なのに。




 つうか、祝福の儀まで、ドロテアは乳幼児をクロノア公爵領の神殿に預けてた筈。

 まあ、ドロテアに育てられるよりは、幼児院の方が100マシだと思うけども。


 わたしは、表情を作りもせずに、ドロテア親子を無言で睨みつけていた。

 光の粒子が相変わらず眩しくて、目を眇めているだけなのだが‥‥‥。


 わたしのメガネ姿を知らないドロテア親子に、令嬢としてのウィークポイントを晒さす気はない。



 「オリビアお嬢様の乳兄弟でもありますし。」


 作った声で、母へと厚顔無恥なオネダリをしている。

 

 いやいや、執事のアランに聴いて知ってるけど、ドロテアは、わたしや実の子に授乳してないよね?

 美乳を保つために。

 わたしに授乳したのは、母と中央塔で事務を手伝ってくれた人の奥さんだったらしい。


 しかもドロテアは、女児だったから出産して直ぐに、乳児を神殿預りにしたって聞いたよ?

 全然乳兄弟じゃないじゃん。


 母は、ドロテアの立て板に水な終わらない話にピキピキと苛立ち、わたしはただただ無言を貫く。

 見知らぬドロテアの長男と目の前の女の子の自慢話の息継ぎを見計らい母は、硬い声でピシャリと告げた。


 

 「御覧の通り、夏至(ソラリス)祭で立て込んでおりますので、此れで失礼するわ。楽しい話をありがとう。ドロテア。」



  中央塔前庭の四阿での雑なわたしたちの対応に、挫けずツラツラとご学友志願をするドロテアに、わたしは心の底から脱帽した。


 「ワタクシたちも楽しい一時でしたわ。今度は収穫祭の時にゆっくりと参ります。」


 そう告げて、ポーターに促されドロテア親子は、石畳の上を歩き馬車停まりに向かった。




 「屋敷内に立ち入れないように庭で対応したのに。」


 母が困った顔で、そう声に出した後───「やっぱり物理で話せば良かったかしら?」と、ボソリと呟いたのをわたしは、聞かなかったことにした。




◇◇



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