ep46 マッシュランプ
◇◇
王都パルスの大聖堂からローランが領主館に戻って来た。
王都の土産だと言って、新たに造られた魔石ランプを礼拝堂から、ローランが届けて呉れた。
前世ならエリンギ型と言うべきか。
王都では、『マッシュランプ』と、呼ばれているらしい。
ランプはアバラスクと呼ばれる硬質な白い石とガラスで造られていた。
装飾的なオイルランプやオイルランタンのような魔石ランプが一般的な形だったが、傘や柄の先端部分が照明になる品は、珍しかった。
高さが50cmくらいで、傘の部分が黄色の光で明るい為、持ち運びテーブルに置き、読書をするのに適していた。
4属性の魔力を使った魔道具は、教会と各国々での認可が必要な為、手続きの煩雑さと費用の多さで、中々新たな商品の販売が無い。
魔石ランプは、魔石に火の魔力を注いで、作られている。
典礼言語で魔法文字を刻印し、オイルの代わりに魔力を燃やし、室内や室外の黄色やオレンジ色の照明にする。
高価な為、魔石ランプは、裕福な貴族や商人の屋敷で使われている。
通常の明かりは、オイルランプやオイルランタン、そして蝋燭だ。
大聖堂や神殿、王宮で使用されている眩い白色灯は、古代のアーティファクトを再利用して、光属性の魔力を注いだ特別な明かりだ。
わたしは、ローランから届けられたマッシュランプの明かりを灯し、美しい飾り文字で書かれた、彼からのメッセージカードをソファーに座り、読み直した。
◇
一ヶ月ぶりに、アーシュレイ侯爵領の領主館を訪れた教師のローランへ、若干警戒しつつ、戴いたマッシュランプのお礼を述べた。
「先日は、珍しい魔石ランプをありがとうございました。ローラン先生。早速、昨夜使わせていただきました。柄の上部も明るいので、本が読み易く使い勝手が最高でした。」
「それを聞いて安心したよ。アーシュレイ侯爵家なら火の魔石が不足して悩むことも無いだろうしね。」
カラリとした笑顔でわたしの礼に答え、「中庭で話そうか。」と、ローランは声を潜めて囁いた。
わたしは、拒否することが出来ずに、小さく頷き席を立った。
後方に座っていたデジレとコレットは、不安気にわたしを丸椅子から見上げたが、「魔力調節をするだけだから。」と、ローランは胡散臭くも爽やかな声で告げ、笑みらしきものを浮かべ、私室の扉へと向かった。
(せめてデジレは居て欲しいかも?)
教会関係者たちに、わたしが異世界からの転生者と報告して来たハズだから、もしかして背信者として拘束されちゃったりする?
でもでも、拘束する人間に、高価な魔石ランプをお土産で、買って来たりするかしら?
わたしが悶々と逡巡する中、勝手知ったる領主館西棟の2階の廊下を進み、中庭へと向かう階段を降り、衛兵が守る西の通用口を抜けて行く、ローランの背中を追った。
気が付けば、いつものように侍女のナタリアと護衛騎士のアッシュが、わたしの後ろから付いて来ていた。
白や青紫の6枚の花弁を風に揺らすアイリスの花々。
そして、五月雨の恵みを受け、蕾が開いた鮮やかな緋色のフローラル・ローズの薔薇たち。
初夏を彩る花々が、心地良い薫りを風に乗せて、わたしたちを瀟洒なアーチを作る四阿へと誘う。
わたしとローランは、青銅で造られた繊細な形状のガーデンテーブルを挟んだ椅子に、向かい合って腰を掛ける。
相変わらず美しい銀糸のような髪を揺らし、アメジストの瞳を煌めかせ、興味深そうにわたしの顔をローランは窺う。
(ローランて、聖職者じゃなければ、溜息が出る程、眼福なのに。)
わたしは侍女のナタリアにミントティーを頼む。
大人のローランは、赤ワインを頼んだ。
「オリビア嬢が元気そうで安心しました。ここ壱ヶ月でオリビア嬢に、何か変わりがありましたか?」
「強いて無いですよ?ローラン先生。そう言えば王都での建国祭は楽しめました?」
「うーん、どうだろう?王城は社交デビューの人々たちで、とても華やかでしたね。後は、剣での武術大会でパルスの街は賑わっていた。オリビア嬢の王都デビューは、再来年だね。見るものが多いから僕がエスコートしようか?」
「いえ、謹んで遠慮します。」
「あれ?オリビア嬢に振られたかな?」
ローランは、「フフ」と笑いを漏らし、左手の長い指先で、サラリと銀色の長い髪を左サイドへと掻き流し、左の口角を僅かに上げて、くっきり二重の紫眼を細め、整った白銀の眉尻を悲しそうに下げて見せる。
「さて、軽口はこの位でオリビア嬢に、本題を話そう。」
「・・・(ごくり。)」
胡散臭い笑顔を浮かべていたローランの表情が不意に変わり、鋭くなった紫眼で、辺りの空気がピリピリと張り詰め、思わずわたしは大きく喉を鳴らしてしまった。
「先ず教会側は、世俗に関して現状維持を望んでいる。そう言う訳で、オリビア嬢の求める瀉血禁止は、容認できない。臨床実験は不許可だ。当然、君の前世での知識を医師たちへ広めることも許されない事となった。ロベリア教皇猊下の決定なので、覆ることはない。」
「‥‥‥‥‥で、でも、お母さまとお祖父さまがっ、、。」
「但し、オリビア嬢の夢見の力に憂慮された猊下は、東部の流行病には注視されるそうだ。」
「注視‥‥デスカ。」
「ふふっ。注視だけかと今ガッカリしたでしょう?オリビア。」
わたしは、心を見透かしたようなローランの言葉に、びくりと肩を揺らしてしまった。
(見守るだけかー。)
そう確かに失望したけども。
そしてローランが、オリビア嬢から以前のようにオリビアと呼び方を変えていたことに、この時は気付かなかった。
「前世での宗教観の影響かな? オリビアはユリウス教の力を信じていないよね? オリビアが思っている以上に僕たちは凄いのだよ。いずれ分かる。まあ知ってしまうと唯の令嬢では居られなくなるけれどね。」
ローランはニヤリと飛び切りの良い笑顔を見せ、運ばれてきていたグラスの柄を持ち、ワインを優雅な仕草で口にした。
あの目の奥が笑って居ない胡散臭い笑顔では無く、心底楽しそうな屈託のない眩い笑顔だった。
ローランの楽し気な笑顔にゾクリと背筋が震え、わたしの口の中が妙に渇いた。
そして「普通の令嬢では居られなくなる」と言うローランの言葉を、爽やかな香りにするミントティーで、わたしはコクリと飲み込んだ。
ただ不幸な未来を回避したかっただけなのに、なんでこうなるの?
ユリウス教会なんて絶対、敵にしたくない。
わたしは母と祖父を救いたかっただけなのに。
これじゃあ、『ライ花』のただの悪役令嬢の方が立場的にマシだよね? ──────はあ。普通の悪役令嬢レベルに戻りたい。
恨めしく思ってわたしはローランに目を向けた。
麗しい容姿をにこやかな笑顔で益々輝かせ、「ピチピチチ」と鳴く小鳥たちの囀りとマロニエの梢がサワサワと揺れる音をBGMにして、赤ワインを嗜むローランは、黒い修道服を纏っているせいで、何処か悪魔的に見えた。
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