ep44 夜のティータイム
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ウッカリ前世の記憶をローランにゲロってしまって、後悔で鬱々している中、数日後に建国祭で沸き立つ首都パルスへ彼は「所用がある。」と言って、この数か月で見たこともない沈痛な面持ちで、領主館から旅立った。
旅立つローランの背中に、重そうな暗い影を背負っているような幻が、視えた気がした。
(気のせいよね?)
そんな疑問を抱きつつ、わたしは夜の寝室へデジレを招き入れ、寝る前のティータイムを愉しむことにした。
部屋付きのメイドに寝室へミルクティーを運ばせた後、数日ぶりだった夜の茶会への招待に、判り易く喜色を滲ますデジレをわたしは歓迎した。
「リビーが、やっと呼んでくれて嬉しいわ。」
「ゴメンなさい。かなりヤバイことを仕出かしていて、いっぱいいっぱいだったのよ。」
「ローラン先生とリビーが、急遽二人で話し合ったコトだよね。あの日からリビーが上の空だから心配していたんだ。何か遭ったの?と言うか遭ったんだよね。あの様子じゃ。」
「アハハッ。流石はデジレね。」
ローランからの尋問をどうデジレに伝えようかと思考を巡らせる。 わたしたちは向かい合って座り、少々上ずった調子で、なんてことないように話す。
一先ず瀉血行為を阻止する為、瘴気を体外に排出不合理さをローランへと訴え、人体の理解を深めるようユリウス教で禁じられている遺体解剖を進言したと、わたしは早口でデジレに伝えた。
デジレは口と目を大きく開いて唖然とした後、「はああぁぁー。」と、大きく息と声を吐き出した。
「リビーは、なんて迂闊なことを!それってユリウス教の否定じゃない!!ヘタをしたら異端審問にかけられるのよ?リビーの前世の年齢って私よりかなり年上よね?信じられないわ。」
呆れ返った視線を向かい合った席に座るわたしに向けて、デジレは溜息と共に言葉を続ける。
「あっちの世界の価値観を私以外に話すのは、危険な行為なのに。全くリビーは。」
「だって、7か月後の12月には、お祖父さまとお母さまが、インフルエンザに罹るかも知れないのよ?それなのにローラン先生って、医師の職分を犯すことは、信仰上の罪だと言うのだもの。神への信仰より人命第一でしょ!って思うと腹が立って、ポロリと口が滑って‥‥‥」
「うーん。リビーって、私より前世の価値基準が強いよね。ユリウス教の信仰心とか皆無みたいだし。審問官による宗教裁判だってある世の中に何をやってるのよ、リビー。」
「うぅぅ。反省しているわよ、デジレ。」
「本当にリビーは迂闊なんだから。イケメンだけどローラン先生は、聖職者でしょ?一番ヤバイ人種だよね?何を考えて居るのだか。」
「はい。反省シテマス。でもデジレだって思うでしょ?流感で死ぬとかさ遣り切れないって。」
「まあ、そうだけど。でもね、リビー。流感って、もしかしたらリビーの思い込みかもよ?前にも私が話したと思うけど。」
「思い込み?」
「ええ。確かゲームでは、流行り病って言う記述だったと思う。」
「、、、うーん、、。確かに『ライ花』で、病名は述べられてなかったけど。でも咳と高熱が続いた風邪に似た症状ってあったから、インフル確定と考えない?普通。」
「それってリビーの考えだよね。で、リビーは病の元が瘴気だと言うユリウス教の教えを否定している。しかも教師のローラン先生に。」
「だって汚染された淀んだ魔力って言われてもね。デジレは納得出来るの?」
「検証が出来ないから何とも言えない。でも病の原因は瘴気じゃないと、リビーだって断言が出来ないでしょう?今世の私たちの体内には、魔力なんてものが或るのだから。」
「、、、そうだけど。」
「あんまり前世の医術が正しいって思い込まない方が良いよ。リビー。」
「そうかも知れないけど、やっぱり病人に瀉血は殺人行為だと思うわ、デジレ。」
大人ぶった口振りで話すデジレを説得するように、わたしは強い口調で答えた。
デジレは「医療行為としての瀉血は反対だけど、それを子供のオリビアが説明をしても、説得力はない。」子供に言い聞かせるように話した。
そして同じ8歳のガキンチョであるデジレが腕を組み、『困った子ね』と言うような呆れた表情でわたしを見る。
軈て前世で10代半ばだったデジレに、アラサーだったわたしが憐れみを込めた目を向け、「ドンマイ!」と慰められ始めた。
「リビー、此れ以上は迂闊な発言をしちゃあ駄目だよ、絶対!8歳で人生ゲームオーバーなんてシャレに為らないから。いや、現時点だったら悪役令嬢の人生に私は巻き込まれずに済むか?」
ちょっと聞きたくないデジレの本音が聴こえたような?
これで前世の記憶があるとローランにゲロったと話したら、デジレから何て言われるだろう。罵倒されることは無いだろうけども。たぶん──────チョロインとか笑われるかも? いや、デジレのことだから、わたしの今後を考えてメッチャ心配しそうだ。今ですら心配されているのに、此れ以上デジレを不安がらせたくない。
追及に耐えかねゲームシナリオで流行り病が起きることを話したら、「予知能力がある」とローランに誤解されてしまったし。でもって予知能力は『夢見の力』と呼ばれ、教会でシークレット案件扱いされてるから、デジレには話すことが出来ないと言う罠。
ギリギリのわたしの理性で、親友であるデジレのことを話して無いから、セーフだと思いたい。
友を売らずに済んだことに、わたしはヒッソリと平らな胸を撫で下ろす。
はあ、親友のデジレにまた秘密が増えちゃったよ。
気が重い。
モヤモヤ指数が上がったわたしは、膝の上に居る猫モドキのお茶目な伸びを眺めつつ、温くなったミルク多めの紅茶を口にして、わたしはデジレから現世の過ごし方のレクチャーを静かに受けるのだった。
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