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ep43 ローランの溜息 (後半 ※SIDE ローラン)

 ◇◇



 「それでオリビア嬢の夢見の力では、今年の12月頃にアーシュレイ侯爵領の領都で、風邪に似た流行病が起きるんだね。」



 ローランの無表情で冷淡な尋問から解放されたくて、ペロリと医学について質問しまくっていた事情をわたしは自白した。


 12月にはフローラル王国の東に在る付属海から疫病が流行り、年末には祖父が続いて母が罹患し亡くなってしまうことをローランに話した。

 

 するとローランは、紫のアメジストを嵌め込んだような眼を見開き、「オリビア嬢は、夢見の力も持っているのか!?」と驚愕した。


 夢見の力とは、未来に起きることを予知する能力らしい。

 ロベリア教皇や王族が稀に発現する能力で、夢でソラリス神から知らされるそうだ。

 人によって異なり、災害だったり、戦争だったりと事象など未来予知の規模や予測が出来る期間は様々なだと言う。


 この能力については「他言無用ですよ。」とローランが圧を込めた綺麗な笑顔で、念を押して来た。


 整った綺麗な笑顔をより、ローランは口の端を上げる胡散臭い笑顔の方が、わたしの心臓に優しいと沁みじみ思った。


 


 「オリビア嬢、他に夢見で見たことはありますか?」

 「いえ、ありません。ローラン先生。」



 「ホントに?」とローランは疑いの眼差しで、わたしの瞳を覗き込む。

 それに対してわたしはブンブンと首を縦に振った。


 だって『ライラックの花が咲く頃に』のシナリオ上では、年末の疫病以外は、フローラル王国に戦争も災害も書かれて無かったはずだし。


 ローランが説明した予知能力とは、絶対に違うと、わたしは思うのだけども───。


 違いを説明すると乙女ゲーム『ライラックの花が咲く頃に』についても話さなくては為らないので、面倒臭くなって止めた。


 前世『ニホン』と言う異世界で過ごしていた曖昧な記憶をザックリとローランに話し終えた。 わたしはローランの長時間に渡る圧迫面接で、疲れ果て真っ白な灰になっていた。


 ついでに喉はガラガラの瀕死状態。

 そして脳が働かなくなり、「あー。」「うー。」と言語能力が欠如して、やっとわたしはローランの尋問から、解放された。──────マジでローランは怖かった。




 「また尋ねるからよろしくね。オリビア。」



 ベンチから立ち上がり去ろうと踵を上げたわたしに、ローランはうっそりと綺麗な笑みを浮かべた。


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。











◇◆◇




 僕は、「はぁー。」と大きな溜息を吐いて、ベルコニーから艶やかなプラチナブロンドの髪を靡かせ立ち去るオリビアの小さな後ろ姿を見送った。




 オリビア・アーシュレイ侯爵令嬢が、過去世を持っていることは、アンゼル枢機卿から聞かされていた。 そもそも祝福の儀で、女児であるオリビアが過去世に目覚めるのは、イレギュラーなことだったのだ。


 その為の監視役として枢機卿候補であるローラン自身が、役職を偽り、ユリウス大聖堂からオリビアの元に派遣されているのだ。


 しかも、此の世界とは異なる世界での過去世があるなどと、僕は想像すらしていなかった。

 おまけに、ロベリア教皇である(モノ)と同じ未来を視る能力『夢見』の力の持ち主だった。



 (なんてコトだ!!)



 紙鳥の手紙だけでは済まされない重大なオリビアの秘密に僕は頭を抱えた。



 2月に行われたオリビアの誕生日会以降、水の精霊アルプが《オリビアの心の蓋が緩んだ》と話していたので、僕は警戒心の強いオリビアに、ゆっくりと自分との共感性を持たせる闇魔法を使い、彼女の言葉を引き出そうとしていた。 それが他人が聞けば異端者と思われかねない発言をした。思わず僕の作り笑顔の仮面が外れた。 そこで僕の表情を読ませない為、人払いをしオリビアを問い質してみれば、とんでもないことのオンパレードだった。


 ただでさえ彼女と僕の会話は、防音結界を張っていたのに。



 しかもオリビアは次代の水の精霊王アルプの愛し子である。

 この件は、既にアンゼル枢機卿へと報告済みだが‥‥‥。早々に彼に会い、今日の事を報告しなければならない状況に一気に僕の心は重くなった。



 ロベリア教皇ユリウス(モノ)は別格として、2~12までの枢機卿同士は、年齢や生家の立場に関係なく同格で対等な関係である。 となっているが、僕は師でもある今代のトリ(アンゼル枢機卿)を若干苦手としていた。


 大体、現在のロベリア教皇の(モノ)ですら、今世の肉体年齢は現在18歳で或る。



 幼い頃から、獅子の子落とし的なスパルタ式だったアンゼル枢機卿(トリ)の教え方を思い出し、僕は下唇を噛み締める。

 本当に13歳で聖冠の儀を終えるまで、師のアンゼル枢機卿には、手酷い鍛え方をされた。


 僕の性格が捻くれたのは、アンゼル枢機卿(トリ)の所為だと、声無き声でボヤく。



 そして僕は、精神へと作用する闇魔法を師の許可なしに好奇心でオリビアへと使用したことをアンゼル枢機卿から盛大に叱責される未来予想図を思い描き、肩を落とし、重たい足取りでバルコニー整理口へと向かった。







◇◆◇





 僕は滞在先の礼拝堂へ戻り、紙鳥用の用紙に《オリビアの記憶場所判明。面談の上報告。至急連絡乞う。》と記して、神聖ロベリア教皇国のユリウス大聖堂に向かい、透き通る青さの空へと飛ばした。



 精神に作用する闇属性の魔法は、過去世を持つ枢機卿と枢機卿候補しか、使用することが出来ない。



 大浄化時、生命と創造を司るソラリス神と双子の死と破壊のタナトス神が、アトラス大陸全土から精霊の存在を隠した際、人々の記憶から闇の精霊王の存在も隠した。




 元々アトラス神は、大浄化でアトラス大陸に住む人間たちを全滅させる心算だったのだ。


 神々が慈しんでいるのは、自然と一体になっている精霊たちなのだ。異物である人間たちに精霊王たちを害され、神の怒りに触れたのだ。


 しかし、人間の魔力に馴染んでいた精霊たちは愛し子を含め、自分たちと親和性の高い魔力を持つ人間たちを救った。


 仕方なくソラリス神とタナトス神は、闇の精霊王の存在を隠し、13人の使途を作り、人間が住める地へと変えたのだ。


 大陸に充満させていた人体に害の及ぶほど濃い魔素濃度を下げる為、アトラス山脈やノワール大森林地帯を作った。


 ソラリス神が、使徒を創り出したのは、精霊王たちの嘆願に折れ、人間が使用する魔法の管理を任せる為なのだ。そして大浄化から200年近く過ぎた頃、使徒の末裔であるユリウスに魔法使用の聖典を授けることになる。




 ユリウスは、大陸にソラリス神の聖典を広めるため、ソラリス神を崇める敬虔な12人の使徒を見出し、ソラリス神から魂への加護を戴いた。


 今世での僕は、それを一種の呪いでは無いかと、考えることも或る。


 身体に過去世の魂を馴染ませると言う名目で、アンゼル枢機卿(トリ)は7歳の僕をアンデス山脈に連なる1つの山に放り出したり、現在ある知識の蓄えと言う名目で、神聖ロベリア教皇国の聖都にあるグノスィ大学に放り込まれたりと、散々だったのだ。




 後から現枢機卿であるヘプタ()に、枢機卿になるまでの経験談を尋ねると、各国の現在の一般教養の習得レベルで、問題はなかったと答えられた。


 バンエル公国でヴィンフリート公爵家3男として生まれ、公国の大聖堂で祝福の儀を受け、魂の封印が解かれ、過去世の記憶が僕に戻った。


 それから暫くしてバンエル公国の大聖堂で、アンゼル枢機卿から聞き取りをし、記憶の擦り合わせと肉体年齢に見合った魔力調節を行って貰っていた。


 魔法を行使する為の神精霊言語は憶えて居たけど、自由に扱うには未熟な肉体では難しかったのだ。


 前回枢機卿のミュー(12)として、僕が目覚めたのは、ユリウス教が東西に別れた300年前のこと。


 西ロマン帝国だったオベリスク帝国は、国が増えた分小さくなっていた。


 僕が生れたバンエル公国は、オベリスク皇帝の選定国であるけど、一国としての自治権を持っている。


 そんな或る程度の事柄を教えられ、アトラス山脈やらグノスィ大学やら、精霊王たちの住む聖地巡礼やらに追い遣られ、唐突に子守をヤレとフローラル王国のアーシュレイ侯爵領へと向かわされた。


 その任務は、精霊が憑いて居るメガネを掛けた一風変わったイレギュラーな少女を眺める日々。


 教会サイドの禁忌案件を満たしているデンジャラスな少女オリビアは、ユリウス教徒たちに喧嘩売りそうな質問を暢気な顔をして世間話のようにヘラヘラしてくる。


 『答えれるワケねーだろっ!!』


 僕は、そんな言葉を飲み込んで「ナニ言ってんだ?」って、作り笑顔だけ浮かべていた。



 しかし、滔々危険なボーダーラインを突破したデンジャラスな問い掛けを口にしたので、完全な人払いをして、少々キツメに真面目な質問をオリビアに投げた。


 答えは──────。


 デンジャラスの重ね掛け位ヤバイモノだった。




 

 「私に似て、弟子であるローランはお茶目な性格をしてるよね。」


 僕の好奇心に駆られ安い性質を揶揄うように師のアンゼル枢機卿が言った言葉を思い出し項垂れる。

 オリビアの言葉を引き出しやすくする為に軽い気持ちで闇魔法を使ったことを後悔した。


 折角ノンビリ読書三昧の日々を過ごせる任務だったのに。



 僕は、見えなくなった紙鳥を追っていた澄んだ青い空から外し、弛緩した日々の終わりを、予感した。




◇◇



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