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ep42 ローランからの尋問


◇◇




 今、わたしは西棟2階の私室から近いバルコニー席に座り、胡散臭さを消した美形のローランに、ピリピリとした冷たい笑顔で威圧され、茶会言う名の尋問を受けている。


 ああ、五月晴れの空の青さが目に沁みるわ。




 同じ転生仲間のデジレと出会ったことで、気が緩んでいたと言うか何というか、ローランをユリウス教の聖職者だとウッカリわたしは忘却していて、「行き過ぎた信仰心の弊害」なんて口走ってしまったのだ。


 ローランは、スッと胡散臭い笑顔を消して、「オリビア嬢、それはどの様な意味でしょう?」と初夏の暖かさを瞬間冷凍してしまうような冷たい声と視線をわたしに向けた。


 (ヒエェェェー!ヤバイ!!!異端者だと思われた。)


 肌を刺す緊張感と共にバルコニーへとローランにエスコートされ、人払いをした後、銀白色の合金で造られたベンチに静かに座らされた。


 わたしの脳内は大パニック。


 ローランから、反ユリウス教徒として異端審問に掛けられちゃう?

 18歳で悪役令嬢として追放される前に8歳で異端者として処刑されちゃうかも。

 一緒にお茶の時間を過ごすように成って、ローランに対して油断してた自分をブチのめしたい。

 わたしは目の前に座るローランの前で、背中に冷や汗をタラタラ流していた。




 何故、絶世の美青年であるローランの前で、わたしはだらだらとガマの油を搾り出しているか。


 それは30分前に遡る。


 いつものようにローランから私室で典礼言語の講義を受け、一息吐いた時、今日も今日とて瀉血の愚かさを口にしていた。




 「ですから、淀んだ悪い気を血液と共に体外へ排出しなければ、病は悪くなる一方なのですよ。オリビア嬢。教義に則った医師の施術行為ですよ?オリビア嬢。」


 「でもですねローラン先生。血液には身体に必要なものを体内に巡らせる役割を担っているのです。怪我をした人に、素早く回復魔法を掛けるのは、傷口から出血させない為で、、、。はあ、何回説明すればいいの?ローラン先生には!」



 ベージュ色のランクの低い植物紙に羽根ペンで丸と楕円の形を上下二つに並べて描き、瀉血が身体に悪いかの説明をわたしはローランにしていた。


 別にわたしは医学に詳しい訳でも専門に習っていた訳でもなく、前世でなんとなく覚えていた心臓と血管の話をしていたのだ。


 病の時に出る血は、瘴気に汚染され黒ずんでいると、ローランが馬鹿の一つ覚えの様に、右の口角を少し上げる胡散臭い笑みを張り付けて繰り返し述べた。 わたしはそれに段々とムカついて来て、思わず「それは静脈からの血でしょ!!迷信に囚われるのも大概にして下さい!ローラン先生!」って怒鳴ってしまった。



 病や死を齎すモノは、ソラリス神の力から逃れた幽界の神タナトスの淀んだ瘴気なのだと、尤もな調子でテノールボイスで語られても、わたしは納得が出来ない。


 だってゲームストーリーで、今年の年末に流感に罹る予定の祖父。 そして年明け直ぐに罹患してしまう母は、瀉血なんて施術をされなければ、恐らく助かる筈なのだ。

 年齢的に、祖父は50代で母は20歳半ばなのだ。

 未だ未だ若いし、侯爵家の栄養満点な食生活なら、免疫力があるはず。


 オマケに据え置き型の大きな火鉢を作って、母を始めとして、曾祖父、祖父、祖母、弟にもプレゼントして、ヤカン代わりのサモワール改なども渡して、この冬は例年より寝室で暖かく過ごせたと感謝されている。


 

 なので病気で弱ってる身体を切り、プシャーって血液噴き出すスプラッターシーンをストップさせれたら、猟奇殺人を防げると思うのに、ローランは素直に納得して呉れない。


 イラって来るよね。


 領主館で雇っている侍医への説明をエリートのローランがしてくれたら、角が立たずに、祖父や母の病死を回避できると思って、ちっこい脳みそを駆使して話しているのに。


 心臓の近くに在る聖核(魔物では魔核)が瘴気で穢され、血液と一緒に汚染された魔力で病が引き起こされると言う理屈でローランは、わたしの意見を封じようとする。




 「どうして遺体で人体にある臓器を調べようとしないのですか!?」




 この一言がローランの胡散臭い笑みを消し去ってしまったのだ。






 そして現在、人払いがされた西棟2階のバルコニーで、五月晴れの空の下、わたしの前方で絶対零度の威圧的な空気を漂わせるローランと向かい合っている。


 ええ。

 どうやらわたしはポカをヤッちまったようです。



 そう言えば、ユリウス教で人が、人体を意図的に傷つけるのは、許されざる罪だったりする。


 だって魂は復活するとユリウス教では聖書に記されているからね。


 禁忌や異端者への一番重たい罰は、遺体の焼却と言う、魂の復活を許さないコトなのだ。


 わたしは頭に血が登っていて、それをすっかり忘れていた。


 だから瀉血を行うのは、医師に雇われている平民の理髪師なのだ。戦争では許されるのに何というダブルスタンダード。まあ、大人の世界では侭あることだけども。



 怜悧な紫眼をローランは、わたしに向けて、薄い唇を開いた。




 「オリビアの信仰心はソラリス神にありますか?」



 その声を視線は、偽りを許さないと言うように、わたしの心に鋭く差し込んだ。


 ソラリス神には、無いかも知れない。

 

 前世にしろ今世にしろ神様の存在を否定したことは無い。ただそれは八百万の神々たちが居ると言う想いがあっただけのもの。頼ったり、感謝したりと緩やかな願いのようなモノ。


 この世界を司るソラリス神への想いとは全く別物である。



 「えーと、返答を間違ったら、わたしを異端審問にかけますか?ローラン先生。」


 びくびくと怯えつつ、わたしは窺うように、整った美しい容姿のローランの顔を見る。


 サワサワと樹々を揺らす風に靡く銀糸のような長い髪。

 アメジストのような紫の眼。

 通った鼻筋に、薄い唇。

 怯えつつも(美しいなあ)と嘆息しながら、わたしは膝に置いた両手の拳を握りしめ、ローランと視線を交える。




 「かけませんよ、今は。では質問を変えよう。オリビア嬢、貴女は何者ですか?」

 「何者?」

 「ええ。オリビア嬢の家族と話させて貰っても、熱心とは言いませんが、皆、ソラリス神を信仰する西方の当たり前なユリウス教徒です。 始めはオリビア嬢を東アトラスの正教側の人かと思ったりもしたのですが、どうやら違うようですし。 」


 「東方の正教徒?それは何故ですか?ローラン先生。」

 

 「東アトラス東方の正教徒かと思った一番の要因は、歴代のロベリア教皇が代々生まれ変わっていることに、疑問を口にしたことかな?西方のユリウス教徒であれば、それは当たり前のことだからね。初代ロベリア教皇の生まれ変わりを否定するのは、東方の正教徒ですからね。」


 (初代ロベリア教皇のユリウス様が、延々と転生してる話は、教会での御伽話ではなくマジだったのか。───しくったなあ、わたし。)



 「ゲっ!そんな去年の何気ない一言で‥‥‥‥。」


 「確か《うんな馬鹿な。枢機卿たちの合議で決まってるなら密室談合と同じ。》だったかな?オリビア嬢の考え方が余りにも異端で、僕は息を飲んだよ。」




 わたしは年の初めに呟いた迂闊な自分のセリフを呪った。

 しかも何気ないその呟きをローランが諳んじてみせたことに、ゾッと背筋が粟立った。

 ──────もしかしてコイツ、わたしのセリフを忘れずに、全部覚えて居たりして‥‥‥まさかね。


 そう言えば、わたしは聖職者で教師のローランを警戒していた心算なのに、いつの間にか心を許したかのような気安い会話を交わしていた気がする。


 弟や母たちと茶会を過ごして貰うように為り、そのことで距離感が縮んで行ったのかも。


 オカシイ。

 相手は聖職者だから気を張っていた筈なのに。

 しっかり者の筈のデジレは、イケメンなローランに、殆ど警戒心を持っていないし。


 一体、いつからローランを胡散臭いと思いつつも、気を許して前世の価値観を話し始めたのだろう。

 

 思い出そうとしても記憶が曖昧になってしまう。



 「でも東アトラスの東方正教会の連中と違うと僕が思ったのは、総主教たち幹部が世襲制だと教えた時に、《有り得ない》とオリビア嬢は、不愉快そうに吐き捨てたからかな。」




 約300年前、大シスマでユリウス教が東西に分裂したことを学んだ時、ミランダからは教義の違いから分れたと教えられた。

 争いの一番大きな原因は、司祭以上の聖職者たちが婚姻出来ることだった。


 婚姻を許されたならば、子供が出来る。

 そして子供には、自分の持つ役職を継がせたくなる。

 

 ちょうど折しもユリウス教を守護していたロマン帝国が瓦解し、東西に分かたれた頃だった。


 アトラス大陸戦乱期へと突入し、10年戦争に終止符が打たれる頃、帝国と同じようにユリウス教も東西へと別れた。

 (西はオアベリスク帝国、中央は神聖ロベリア教皇国、東はビスロマージ帝国)



 真実かどうかは不明だが、東方の帝国や国々は、祝福持ちが皆無で、魔法が殆ど使用されていないらしい。


 前世の価値観で、宗教組織の世襲化なんて不快としか思えなかったから、「有り得ない。」とローランに告げたのだろう。

 教育係のミランダからは、正教会は、聖職者の婚姻が可だと教えられただけだった為、ローランから世襲制の話を聞いて、わたしは不快に為ったのだろう。



 まあ、他にもアレコレ迂闊な発言をしていて、ローランに疑心を与えてしまったようだ。



 そして三度、あなたはナニモノだとローランから疑義を呈され、「正直に話して貰えないとユリウス大聖堂に収監しなければ為らない。」と脅され、わたしは前世の記憶持ちであることをアッサリとバラしてしまったのだ。


 だって、美形の威圧って怖いんだよ。

 しかも前世持ちであることをゲロってしまうまで、あれ程、微笑のバーゲンセールをしていたローランが、殆ど無表情で威圧マシマシの顔面攻撃してくるんだもん。

 怖いよ。


 それに8歳で大聖堂に幽閉されるなんて、殆どゲームオーバーじゃん。


 ボロボロと問われる儘に、覚えてる前世のニホンのことをローランに晒してしまった。


 一応、乙女ゲーム『ライラックの花が咲く頃に』の話。そしてデジレが前世持ちで或ることは、何とか伏せました。アンド猫モドキのことも。





 ローランの尋問は、後半サスペンス劇場の人情派デカのような似合わない口調になったのが、ちょっぴり笑えた。





 はあー、喉が渇いた。




◇◇



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