ep41 小さな恋の物語
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窓から見える樹々に、ライラックの白色や紫色、そして薄紅色の花々が色付き、もうすぐフローラル王国の建国祭が訪れる5月に成る。
王都パルスのタウンハウスで滞在している貴族たちは、王城で催される盛大な式典に参加している。
叙勲祝賀会などもある為、フローラル王国各地の貴族も領地から王都パルスへ向かい、建国祭を迎え、本格的な社交シーズンとなるのだ。
この時に王城で伯爵位以上の令息令嬢が16歳の社交デビューを飾る。
婚活シーズンのラストスパート突入だ。
その前に社交デビューの練習として、王立ロイス貴族学院でプロムナードが生徒会主導で行われる。
それが、恋愛シミュレーションゲーム『ライラックの花が咲く頃に~ファーストダンスはアナタと~』のエンディングシーンへと繋がっていく。
18歳のオリビアは、しっかり学院を卒業していると言うのに、第二王子からの呼び出しを受けて、学院での出張断罪である。
青が目に染み渡る晴れた空の下、二階の自室の窓から見える風に揺れるライラックの花々を眺め、静かな溜息を吐く。
建国祭は、王都パルスや近郊の領地では、ソラリス祭に並ぶ盛大な祭典になると言う話だ。
ロイス4世の枢密院の一翼を担う祖父のアーシュレイ侯爵は、通常なら3月のユリウス様降臨祭から王都パルスで滞在し、政策を担う王会に参加している筈だったが、今年はわたしのイレギュラーを親族たちに発表する為、領主館でゲストたちを持て成して居たのだ。
わたしも中央塔に顔出しをするように祖父から言われ、メガネを外して母にエスコートされ挨拶に向かうと、相手を視よう目に力を入れてしまい、眉間と鼻に皴が寄ってかなり目付きが悪く見えたらしく、社交の無理強いがなくなった。
「さすが悪役令嬢。四六時中、周囲にメンチ切ってるみたい。」
と、デジレに笑いながら言われたのが、わたしの小さいハートに、地味なダメージが入ったのは秘密だ。 このわたしのつり目が駄目なのか?
(べ、別に良いもん。)
デジレの言葉を気にしない素振りで、わたしは少し吊り上がっている眦を気にしつつ、顔付を変える為、目を大きく無理矢理瞠ってみる。
弟のジルベールたちや友人のデジレやコレットたちと私的なサロンで頻繁にお茶会をしているし、春からは、天気の良い午後に外遊びの序でにピクニックもしているもの。
それに此の頃は、教師のローランも参加してくれているし、広い意味では、侍女たちも友達枠である。
だから、わたしは領内の子供たちの御茶会に自主的な参加をしないだけ。
領主館内で引き籠ってるけど、ボッチとは呼ばれないはずだ。
ちなみに、わたしの側近となる伯爵令嬢のコレットや男爵令嬢のデジレは、将来の為、領都で開催されるそれぞれ茶会に出席しているので、無問題。
◇◇
ローランはランテ語の講義を終えて、私室から出て行く後ろ姿をわたしとデジレとコレットで、淑女の礼をしながら見送った。
霧雨の降る生憎の天気だったので、3人で私室に置かれたソファーに座り、お喋りを楽しむことにした。
「リビー、相変わらずローラン先生って恰好良いよね。」
「デジレ。言葉遣い!」
「えへ、ついね。御免なさい、コレット。オリビア様。」
「いいよ、いいよ。此の部屋の中だけのことだもの。リビーで良いよ。デジレ。それにコレットも。」
「それは無理です。オリビアさま。」
淡いグレーの瞳を情けなさそうに眇めて、コレットは溜息を吐いた。
祖父である家令のセバスから、教育が行き届いているのか、孫娘であるコレットは相変わらず、こんな時でも真面目で固い。
わたしたちは 部屋付きメイドが運んで来たカモミールティーに、話しながら口を付けた。
ちょうど、侍女のナタリアとセリーヌは食事休憩に向かわせたので、気兼ねなく会話を楽しめる。
わたしは、ちょっとした悪戯心が湧いてティーカップをソーサーに戻し、口を開いた。
「雨だから午後はサロンでお茶をする?エミールもジルと一緒に来るだろうし。」
「それは良いアイデアだわ!リビー!」
「デジレっ!!!」
コレットは頬を赤らめながら、デジレにわたしの呼び方を注意する。
ニマニマと笑みを浮かべているデジレに照れ隠し半分、怒り半分で、珍しくコレットは声を荒げた。
コレット本人は隠している心算のようだけど、サロンや西の庭で寛いでいる時、執事アランの息子であるエミールに、恋しているのがバレバレなのだ。
エミールから話し掛けられる度、耳まで真っ赤にして俯くのだから、コレットの恋心を気付かない方が難しい。
夏生まれのコレット7歳、弟のジルベールと同じ春生まれのエミールが8歳と為る、少年少女の小さな恋の物語。
少年のエミールには未だ未だそんな自覚が無さそうだけども。
余り大っぴらにコレットを揶揄うつもりはなかったけど、”エミール”の名前を出しただけで、これ程アタフタと慌てるとは思わなかった。
デジレが、面白そうに真ん丸な目をしてコレットを眺め、口元を小さな手で隠して、笑いを堪えていた。
二つ結びにしたマロンブラウンの柔らかな髪は、笑いを堪えている所為か、デジレの小さな両の肩の上で、フルフルと束ねた毛先が揺れている。
「信じられませんわ。」とコレットは、隣に座るデジレを切れ長なグレーの目で睨みつけていた。
初恋を余り冷やかすのもコレットに申し訳ないと思い、わたしは「コホン」と空咳をし、薔薇を描いたティーカップを持ち、口元へと運び、2人に新たな話題を紡いだ。
◇
コレット1人を照れさせるのは申し訳なくて、次の生贄にデジレを選び、ローランの話題を振ってみた。
デジレの推しは成長した弟のジルベールだと聞かされて居たけど、流石に現在6歳となったばかりの彼には、恋のトキメキが起きないらしい。
面白半分にわたしが「ウチのジルは?」とデジレに尋ねたら「私はショタじゃない。」とキッパリバッサリ答えられた。
その代わりに矢鱈目ったらローランのイケメン具合に心酔しているようなので、「ローランを好きなの?」わたしが冷やかすと「モブですらない私に有り得ない。」と激しくデジレは否定する。
コレットは《モブ》の意味が分からず、首を傾げて、頭にハテナを浮かべているけど。
「どの道ローランは神の花婿だから生涯童貞だけどね。」
って、わたしがデジレに告げると、ヘニョリとマロンブラウンの眉をハの字にして、ハニーブラウンの瞳を宙に向け、聞こえないフリをするのだった。
世界が変わっても、女の子の好物は、恋バナなのだ。
「ローラン先生を綺麗だと思っているだけですーー!!」
そう小さく叫ぶデジレの可愛らしい声を聴きながら、次の火の粉はわたしだと覚悟を決め、声を上げてコレットとキャラキャラと笑いながら、身構えてみる。
窓の外は、霧雨に濡れた樹々や花々の蕾が、彩り艶やかに初夏の風に揺れていた。
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