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ep4 守り石ータンザナイト



可愛い弟のジルベールと和やかな朝食を終え、わたしは乳母のドロテアと自室に戻り、小さなライティングデスクに向かい腰を下ろして、午前の勉強時間を担当している教育係のミランダを待つ。


 其処へ侍女のエミリアが、母と侍女長サマンサからの伝言を持って、私の部屋へと遣って来た。



 「来月の終わりに行われるアーシュレイ侯爵家領地のお披露目会で、祝福を授かったことを兼ねて発表することが決まりました。追加イベントの打ち合わせを若奥様がお嬢様と為さりたいそうなので、午後のティータイムは執務室にいらして欲しいと申されておりました。」


 「午後からお母さまの執務室ね?エミリア。」


 「はい、そうでございます。お嬢様。」


 エミリアは、胡桃色の髪を丁寧に編み込み後ろで1つに束ね、涼し気な一重のスッキリとした目元をわたしに向けて、律儀な声で答えた。


 16歳のエミリアは、わたし付の侍女になって3年目に成るベテランだ。

 バーシェ子爵家のエミリアに婚約者は居ないので、アーシュレイ領地の8月祭パーティーで、婚約相手を紹介されるお年頃。


 アーシュレイ侯爵家で預かる所縁の侍女は12歳前後~20歳未満までくらい。要は行儀見習いで婚約までの面倒をみる。女性に教育は必須とされていないので義務教育とかはない。王立ロイス貴族学院へ入るには、お金が掛かり過ぎるので下位貴族でゆとりのない子女は、高位貴族の家や王宮で子女の役割を学ぶのだ。


 さて、わたしが参加する予定のお披露目パーティーは、子供が7歳の祝福の儀を終えた後に、領地や王都で行われる。

 

 子供の死亡率が高い世界だったので、7歳まで成長すれば一先ず安心と名前と顔見せを領地で行う儀式だ。 (一年の殆どを王都のタウンハウスで暮らす貴族たちは、子供を7歳の祝福の儀を終えるまで、教会に預けている者も多い。)


 子供がメイン(主役)なので、昼間の食事会みたいなモノ。

 そして領都では、領主の子女が神の子から人の子になったことを祝い、その日に合わせて果実酒やケーキ(平たい塩味のビスケットのようなもの)が振舞われる通過儀礼の一大イベントだ。


 わたしの場合、祝福を得ること(魔力があること)を予測されていなかったので、水属性の守り石と呼ばれる宝石を午後から母と選ぶことになるのだろう。


 今朝目覚めてから会う人ごとに「水の祝福おめでとうございます!」と祝われて、少々擽ったい気持ちだったりする。

 わたしとしては、水属性の魔力を得たことで、騎士団長の令息セドリックとの婚約が自動的になくなったコトが嬉しくて、照れながらも満面の笑みで「ありがとう。」と返していたけどね。


 午後から母と執務室で話す時、序に婚約を早期に決めないようにお願いしてみよう。


 来月に成れば祖父母が領地に戻って来るから、それまでに母を味方へと引き入れて、わたしの婚約は王立ロイス貴族学院で、攻略対象者以外を見つけることに同意してもらわないとね。

 第二王子の線はないと思うけど、宰相の令息は同じ王党派の中央貴族として、浮上してきそうだし。

 そもそも約20年前に創られた王立ロイス貴族学院て、お見合いの社交場みたいなモノだから、話の持って行き方で、なんとか説得出来ないかしら?


 2階の自室に在る腰高の窓から、夏の始まりに揺れるプラタナスの萌える若緑色と爽やかなスカイブルーの景色を眺めて、入って来た教育係の声に振り返り、わたしは挨拶をするため、静かに席を立った。







◇◇




 14時を過ぎ、侍女のエミリアと一緒にわたしは母の執務室へと足を踏み入れた。



 淡い黄褐色のホワイトオーク材で作られたライティングデスクで書き物をしていた母は、わたしが入室して声を掛けるとスッと顔を上げた。


 母は、アイボリーホワイトの緩い巻き毛をアップにして、スッキリとした細い首筋を見せ、パールグレーの瞳に映えるグレーがかったサックスブルーの襟ぐりが広く開き、白いレースに飾られたシルクサテンのガウンを身に着けた上品な貴婦人だった。


 改めて見るとアーモンド形の目に透明で輝く銀色っぽいグレーの双眼。細い鼻筋、色気の或るオールドローズ色の唇。整った顎のラインに抜けるような白い肌。


 ゲームで母のクラウディアは、地味な容貌だったと言う表現があったけども、何をおっしゃる兎さんですよ。こんな綺麗な女性は、そうそうお目に掛かれません。


 5歳と7歳の2人の子持ちに見えないから、マジで。


 肌もめっちゃ綺麗だし。


 そう言えば母のクラウディアは、未だお肌ピチピチの24歳でした。父は母の9歳上で33歳。

 前世の20代女性より品が在るので落ち着いて見えちゃう。老けてるってワケではない。念の為。


 こんなイイ女を放置するって、父の審美眼って曇ってるのじゃない??


 『お母さまって綺麗』と内心で賛美しつつ、母から勧められるままに入り口の扉近くに在る応接セットのカラフルなブロケードを張ったソファーへわたしは腰を下ろした。



 「もう大丈夫みたいね。リビー。安心したわ。」

 「はい。心配をお掛けしました。お母さま。」


 「ホールに入った途端リビーが倒れるから驚いたわ。とても緊張していたのね。館へ入るまで良く辛抱したわ。偉いわね、リビー。」



 母は綺麗な目を細めて、優しくわたしを褒めた。

 緊張と言うより、わたしのチッコイ脳みそで前世の情報量が処理し切れず、ハングアップしただけなんですけどね。所謂メモリーが足りません状態?


 母が侍女のメアリーにお茶を頼み、もう一度わたしの体調を確認してから、執事のアランに声を掛け、黒地に細かな螺鈿細工を施した小さな宝飾箱を目の前のテーブルへ持ってこさせた。


 「そうそう水属性の守り石に仕える原石を選んで頂戴。ピンと来るものが無ければ宝石商を呼ぶわよ。」


 そう話してから母は白く細い指先で宝飾箱の蓋を開いて、黒いベルベットを敷き詰めた小箱の中をわたしへと見せた。


 守り石とは、日頃肌に付けて魔力を貯めて置き、怪我や病気で魔力を急激に失った時に、自己の魔力を補填する役目を持った宝石のことだ。

 この世界の人体には発現する有無に関わらず魔力が巡って居る。


 殆どの場合、教会の黒い魔晶石に反応するほどの魔力を持たないが、反応を示せば祝福の儀で固定する。16歳くらいまでに、教会で魔力と属性を固定しなければ、魔力が使用出来なくなるらしい。

 守り石を持っている方が、健康で長生き出来るとか。

 

 母に魔力があって、守り石を持てていれば早逝せずに済むのにと思うと、かなり悔しい。



 ゲームの中では魔力の説明なんて殆ど無かったから、今朝もそうだけど、魔法学を学ぶのはファンタジー的で楽しい。男子だったら実践で魔法を学べてもっと面白かったのにと残念に思う。



 「わあ、綺麗な青い石が5つも或る。」


 「ふふっ、アーシュレイ領内で、守り石の原石が必要な寄り子たちに用意しているのよ。此れは水の原石だけね。祝福のない私には判らないけど、自分の魔力と相性の良い石は触れてみると手に馴染んで判るらしいわ。」


 「大旦那様が、、、。コホンっ。オリビアお嬢様の曾祖父にあたり、現当主様であるレイモン・ド・アーシュレイ侯爵の御父君が風属性で魔力レベル3でございました。現在は領主館から南東に在るオルサ河港近くの旧館で暮らしておいでです。体調に問題がなければ来月行われるオリビアお嬢様のお披露目パーティーに参加される予定でございます。」


 「それは楽しみね、アラン。先月、招待状はお送りしていたけど、返信が無かったから、大旦那様はいらっしゃらないかと思って居ました。オルサ河港のあるバステール地区は、家令のセバスに任せてしまっているから、お会いするはジルが生れた春の祭り以来で5年ぶりだわ。」



 母と執事アランの話では、曾祖父レナール・アーシュレイは、50代が平均寿命と言われるフローラル王国で、元気な老骨67歳だとか。


 曾祖父の長寿に(あやか)る為に、弟の名付けを頼んだらしい。

 エントランスホールに堂々と飾られた忠誠の儀式をしている絵画、初代アーシュレイ侯爵の名から、ジルベールと戴いたみたい。


 魔力の無かった曾祖母は、15年前に天の庭へと逝かれたとのこと。


 曾祖父のような魔力レベル3から魔石などへの付与が出来る。

 わたしの魔力レベル1って付与なんて出来ないのが残念。

 まあ、どの道わたしは女だから魔法の使用は禁じられているのですけどね。モッタイナイ。


 久方ぶりにアーシュレイ侯爵家に生れた魔力持ちの祝いに、片道馬車で3時間かけて、現領主館に曾祖父レナールさまがいらっしゃるとのこと。


 わたしは母と執事のアランとの話を聞きながら、未だ磨かれていないブルーサファイア・アクアマリン・タンザナイト・ブルートパーズ・アクアマリンに似た青い原石を一つ一つ手に持ち、肌触りを確かめた。


 スーっとわたしの掌から、微かに何かの力が入って行く感覚に包まれた透明な群青色のタンザナイトの直径約5センチ大の原石を掴んで、小箱の隅へと避けた。


 「お母さま、この石が他の4つと違う気がしました。」

 「まあ、此れは、、、ふふ。」


 母のクラウディアは、わたしが隅に避けたタンザナイトの原石を白く長い指で抓み、窓から入って来て居る陽光に翳して、楽し気な笑みを漏らした。


 「リビーはブランシェ辺境伯家の血を濃く受け継いだのね。私のお父様も水属性で守り石は、アトラス山脈で採れるミレラニ(タンザナイト)なのよ。この濃い青は、ブランシェを思い出して懐かしいわ。リビーは身に着ける飾りをペンダントにする?腕輪にする?」


 「、、、うーん。左腕に魔銀のブレスレットを既にしているので、ペンダントトップにしたいです。お母さま。」


 「そうね。デザインを頼みたいからアラン、領都の宝飾技師を呼んで於いて下さる?」

 「はい。畏まりました。」


 小箱の裏蓋に仕舞われていた赤いサテンの布を取り出し、母はタンザナイトの原石を包んで、内側に黒いベルベットの張られた宝飾箱を静かに閉じ、侍女のメアリーが運んで来たカモミールティーのティーカップを優雅に持ち上げた。




 

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