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ep37 精霊アプス

◇◇




 パタパタバタバタと侍女たちや使用人たちが、わたしの身繕いの準備をし始めている中、フヨフヨと近くを漂う水色のペルシャ猫モドキを掛けているメガネのレンズ越しに見る。


 昨夜までは、ツルリとした出来損ないの人形みたいな『妖精モドキ』だったのに‥‥‥。今、目の端に居るのは、親指大の長い薄水色の柔らかな毛並みをフワフワと揺らし、ペルシャ猫みたいな不思議生物が、フヨフヨと浮かんでいる。



 意地悪なマダムのような顔付きで、偶に小さく「にゃあ」と鳴いているのが、ちょっとワザとらしくて苛つくけども。



 髪を整えて貰う為、ドレッサーの前に座り、膝の上で組んだ右手の甲に触れる『猫モドキ』の毛触りは、フワフワして心地良い。


 妖精モドキの時は、肌に触れても何も感じなかったのに、目覚めた今朝、小指の半分大から親指大に成長した猫モドキは、肩や手に乗り、肌に触れると柔らかな猫の毛並みが、感じられるようになった。




 デジレは、『モドキ』が視えていないようだったので、昨夜は話すことを止めた。視えないものについて説明するのが面倒だったのと、何故か、不思議生物『モドキ』について、話してはいけないような気がしたのだ。


 ───乙女ゲーム『ライラックの花が咲く頃に』は、妖精とか存在しない世界のハズなのに。


 妖精モドキの時は、半透明でつるりとした不思議生物だったのに、猫型にチェンジした途端、質感を持ったアクアブルーのペルシャ猫モドキになるなんて───ブチャ可愛いくて、思わずニヤけてしまうじゃないか!!


 ちっこい猫なんて、わたしに対する凶器だから。

 スルー出来ず、萌え死にしてしまう。


 内緒にして置こうと考えていたけど、きっとデジレは、わたしの異変に気付いてしまうだろうなあ。


 デジレなら打ち明けたとしても、正気を疑われることは無いと分かっているのに。 何故か迂闊に『モドキ』や光のエフェクトのコトを、話しては為らないと言う思いが強くなってしまう。



 デジレは、わたしと同じ『ニホン』の前世持ちで、信頼出来るたった一人の友人なのに。


 わたしは、不可思議な想いに首を捻りながら、整えられた髪を鏡に映し、ドレッサーの前で座っていたスツールから立ち上がった。







◇◆◇





 月光を集めたようなプラチナブロンドの真っ直ぐな髪が、サラリと小さな肩から落ちて揺れる。


 俯いて典礼言語の聖書を書き写しているオリビアに、ローランは囁くような神精霊語で、いつものように沈黙の暗示魔法を掛ける。 枢機卿候補以外には使えない制約魔法の一種だ。


 オリビアに契約精霊が居ると、神聖ロベリア教皇国のユリウス大聖堂へ紙鳩を飛ばした後、精霊について秘匿させ続ける為、軽い沈黙の暗示魔法を施せと、ローランはロベリア教皇から命じられたのだ。


 双方合意の正式な制約魔法でない為、マメに暗示を掛け直さねば為らないこともあり、経過観察も兼ね、週に3度ほどローランはオリビアにランテ語を教えているのだ。


 それは、オリビアが『モドキ』と呼んでいる契約精霊や、光のエフェクトに見えている精霊たちについて他人に話そうとすると、忌避感を覚えて言葉にし辛くなると言うものだ。

 あくまで暗示なので、オリビアが強い意志を持って話せば可能なのだ。



 ローランは昨日、オリビアの誕生会で掛けていたのだが、今朝会うと、水の精霊は一回り以上大きく成って見えたので、再度、沈黙の暗示魔法を掛け直したのだった。


 契約精霊が未だ居ないローランの紫眼に映る精霊は、ぼんやりとしたアクアブルーが丸く光って見えるだけで、意識を持たない粒子の精霊たちを視ることがない。


 漂うオリビアの水の精霊から《オリビアには無意識の精霊たちも見えている》と、ローランは聞かされ知ったことだ。



 《それで貴方は何故、大きく為ったのですか?》

 《一つはオリビアの好みが判ったからだ。もう一つは、オリビアの心の枷が外れて、魔力が大きく為ったから。》

 《好み?》

 《ああ。意志の疎通は未だ不可能だが、猫が大好きなのだと言う感覚が伝わって来たから、我は猫になったのだ。オリビアの心の蓋が開いたから魔力と感覚が我に流れ込んだ。》


 《何が遇ったのでしょうか?》

 《昨夜、デジレと言う少女と話してからだな。我が初めて知る感覚だった。》

 《それは何なのでしょうか?》

 《さあな。我の知る所ではない。》



 ランテ語に紛れ込ませて、神精霊言語でローランと水の精霊は、形態の変化について話し合った。



 水の精霊は、自分を視る相手が、好む容姿に変えて、幻視で見せる特質が或る。


 この水の精霊アプスは、オリビアの魔力に惹かれて生れ出た。


 アーシュレイ領のあるアスタール地方に居た水の精霊は、オリビアが母体で誕生した時、連動するように自我が目覚めた。


 オリビアが誕生した時、力が溢れて、地に在る水脈から聖泉を湧かせ、水の精霊は『アルプ』として誕生した。


 アルプは、早くオリビアと直接触れ合いたかったが、水の精霊王から「人の子の魔力が安定する7歳まで待つ様に」と言われた。



 本来、自我の或る精霊は、神精霊言語での名付けと魔力の受け渡しで、人間と契約する。しかしアルプは、オリビアの魔力に触発され目覚めた。その為、聖泉に訪れたオリビアから直接魔力を得た時、アルプとの契約が完了したのだ。



 極めて稀な生れ方をしたアルプは、次期の水の精霊王に成る予定だ。

 現在いる水の精霊王もアルプの様にして誕生した。

 遥か昔は、オリビアのような存在を「愛し子」と呼んでいたが、人の世で精霊の愛し子は、往々にして悲劇的な最期を迎えるので、神や精霊たちは人に対してその言葉を封じた。


 約700年前の大浄化以前より更に昔───1000年ぶりに現れた精霊王の代替わりである水の精霊アルプ。


 オリビアと共に生れたばかりの水の精霊アルプは、今日もオリビアから放たれている無自覚な魔力を浴びて、フヨフヨと浮かびながら小さき彼女を愛でるのだった。


 まさかオリビアから猫『モドキ』と呼ばれていることなど、水の精霊アルプは知らずに。



◇◇





 



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