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【幕間一】ハズレ令嬢に愛を告げない

オリビアの母親クラウディア・アーシュレイと護衛騎士アッシュのお話。一話完結の短編です。

脳筋なクラウディアさんを書きたかったのですが、難しかった(泣)


 出来心で思い付くまま書いてみた。反省したら消しちゃうかもです。





 


 彼女、クラウディア・ブランシェ、今はクラウディア・アーシュレイ次期侯爵夫人とオリビア侯爵令嬢の護衛騎士アッシュ・ゲニウスが出会ったのは、10年前、北方での短い夏の始まりを告げた夏至祭の頃だった。



 ブランシェ辺境伯爵家のハズレ令嬢。

 そう呼ばれていたのが4女のクラウディアだった。


 ブランシェ辺境伯家の両親と5人兄弟は、クラウディアを除いて皆、水か光属性の祝福持ちだった。そこから騎士団や姦しい領民からは、『ハズレ令嬢』と呼ばれるようになったのだ。


 比較的に祝福持ちが生まれやすいブランシェ直系の家系。現当主夫妻は勿論、その子供は5人中4人と言う割合で、祝福持ちが生れた。その中の1人だけ、クラウディアには祝福が無かった。だからクラウディアの存在が目立ってしまっただけなのだ。



 かと言ってクラウディアが、迫害されていた訳ではない。


 家族同士で非常に仲睦まじく、騎士団の団員達や領民たちとも気安い関係の為、軽口で『ハズレ令嬢』と愛称のつもりでクラウディアを呼んでいた。


 クラウディアを貶すつもりはなく、軽い冗談のつもりで、皆そう呼んでいた。



 領主と領民との距離感が、近しい故のことだ。




 しかしブランシェ領から出て他領になれば、その呼び名に親しみの響きが抜け、ブランシェ辺境伯家の『ハズレ令嬢』と言う噂だけが、出回っていた。


 数年後、‥‥‥‥その噂がブランシェ領から遠く離れたと王宮で、夫になるロベール・アーシュレイの耳に入り、クラウディアが嫌悪される一歩目になったとは、誰も気付かなかった。




 婚姻年齢の早い北方(ブランシェ地方)では、本来なら10~13歳前後で、令嬢の場合は婚約者が決まるモノだが、クラウディアの婚約は14歳になっても決まらなかった。




 父親であった辺境伯は、大人しい見た目の割りに、お転婆なクラウディアを可愛がり、甘やかしていた。勿論クラウディアの兄たちや姉たちも、喧嘩っ早いブランシェ気質のクラウディアを転がして可愛がっていた。

 中央貴族の様に、王都での野心も無いブランシェ辺境伯は、4女でもあるし、騎士団でクラウディアに気になる相手が出来れば婚姻させようと、暢気に構えていた。



 そんなブランシェ家に、王家からの伝令で、激震が走る。




 ──────《アーシュレイ侯爵家の嫡男とブランシェ辺境伯の令嬢とを婚姻させよ。》


 そんな王命が唐突に王都から届いた。



 5人中3人の娘は、1人は隣領へと嫁ぎ、もう1人はブランシェ一門の伯爵家令息と婚姻したばかり。


 それに当主のブランシェ辺境伯は、権威主義な王都の中央貴族と縁を結びたくなくて、婚活学院と呼ばれている王立ロイス貴族学院に、自分の子供たちを通わせなかった位だ。


 王命とは言え、中央貴族で王党派のアーシュレイ侯爵家に、大切な娘を嫁がせたくない。


 そんな想いで、のらりくらりと躱して居たのだが、初めはペーペーの官僚、そして宰相補佐官から、最終的に国王筆頭補佐官へと使者が変わり、とうとう頑なだったブランシェ辺境伯は、「イエス」と頷かぜるを得なくなった。



 此の婚姻を嫌がって居たのは、ブランシェ辺境伯側だけでなく、アーシュレイ家の当主も祝福を持たないクラウディアの輿入れを嫌がっていた。 が、それを王命で強引に押し切ったのだ。



 そう言う経緯を経て、15歳のクラウディアと24歳のロベール・アーシュレイとの婚約が決まった。そして中央貴族である敵地へ嫁がせるクラウディアの為に、父であるブランシェ辺境伯は、ブランシェ騎士団の新人騎士アッシュ・ゲニウスと乳母のメラニーとメアリーの娘を侍女として付けたのである。


 代々ブランシェ騎士団に勤め、騎士爵の家系であるアッシュは、父親からの命令で『ハズレ令嬢』の専属騎士となり、先ず王都に入り、婚姻後はフローラル王国の北西にあるアーシュレイ領行きを命じられたのである。


  アッシュは、ハズレ出向騎士として、憐れまれた。



 


 年若いアッシュは、騎士団の仲間内で「口ばかりの宮廷騎士の集まり」と馬鹿にされている中央地域へ行くことに、忸怩たる思いがあったが、本家の当主命令でもあったため、渋々、クラウディアへと着いていく事になった。



 本人の想いは別にしても、こんな事情でも無ければ、20歳の年若いアッシュが、当主一族の専属騎士と言う誉ある役職に、就くことはなかっただろう。



 「流石に、ディアが害されることは無いだろう。しかしアーシュレイ侯爵家自体も祝福無しのディアとの婚姻に、難色を示していたらしい。だからアッシュはメアリーたちと共に、ディアの傍で支えになって欲しい。ディアが嫡子を産み、落ち着いたら戻ってこい。騎士団での立場とお前の妻を保証しよう。向こうにも騎士団が在るから、其処で訓練が出来るように頼んでおいた。身体を鍛えて於くのを忘れるなよ。アッシュ。」


 その他、細々とした命令を当主から下されるのをアッシュは、苛立ちを押えて聞いていた。




 「なんで俺が。」


 アッシュは、舌打ちしたくなる言葉を飲み込み、親バカを晒す騎士団総長のブランシェ辺境伯に「是」と短く答えた。


 8歳から兄や先輩騎士に着いて見習い従士となり仕事を憶え、11歳で従士に成り、15歳で騎士見習い、やっとアトラス山脈付近に出没する魔獣と戦えるように成り、昨年やっと団長から騎士に認められ、此れからは神聖ロベリア教皇国とフローラル王国へ往来山道の警備へと出れるように為ると、アッシュは期待に胸を膨らませていた。


 対人戦より難しい大型の魔獣討伐は、ブランシェ騎士団の花形である。


 防寒に優れた毛皮や希少な素材なども入手出来、騎士の俸給プラスそれらの販売で実入りが増える為、命懸けだが、魔獣討伐はブランシェ騎士団での人気が高い。



 北西にあるオベリスク帝国との国境付近では、王国騎士団との混合で国境警備をしているが、此方の任務は気疲れが多く、ブランシェ騎士団での人気は低い。


 国王からの褒賞より、神聖国のロベリア教皇からの褒賞、それより上なのがブランシェ辺境伯、つまり総長からの褒賞が上だとブランシェ領では認知されている。



 但し、フローラル王国南部のノワール大森林がある辺境のように一年中いつでも魔獣討伐が出来ないのが欠点である。

 アトラス山脈を臨むブランシェ地方は、積雪と寒さの為、12月から2月中旬は、北東部にある魔獣生息域への侵入が禁止されている。



 若いアッシュは、これから稼いで名を上げようと気負ていた時期の配置転換であった。


 ブランシェ領に住んでの領主一族への専属騎士なら名誉も或るが、遠く離れた中央地方の気取った貴族世界へ行かねば成らない不運に、我が身を呪いたくなるアッシュだった。


 選ばれたのは、そこそこの腕前と多少の見目の良さ、そして一番は独り身だったからだろうことが想像出来、「こんなことなら適当に結婚して置くべきだった。」と、アッシュは1人ごちた。


 入団は簡単だが、騎士に成るのは困難なため、19歳で騎士になりモテまくって浮かれていた去年の自分を呪った。







 中央の人間に負けるなとの辺境伯のプライドで、煌びやかに飾った馬車でたっぷり一月近く掛けて、クラウディアの輿入れ行列が王都パルスへと向かった。

 ついでに王命を発した国王への謁見も兼ねて。



 「祝福無しのクラウディアなら、婚姻を諦めると思ったのに。」


 悲哀と愚痴を込めたブランシェ辺境伯の愚痴を飽きる程聞かされ、アッシュは鼻白んでいた。

 

 そして同乗した馬車の中で父親の繰り言を聞いていたクラウディアは、窓の外に流れる雲を遠い目で眺めて、王都に近付く程に寡黙になって行った。


 「24歳で初婚とは、旦那様になるロベール・アーシュレイ様は、晩婚なのですね。」


 父親に良く似たアイボリーホワイトの髪を揺らして、クラウディアはポツリと呟き、いつもは上がり気味な眦が、先の不安で下がっているようにアッシュには見えた。


 そして、王都に入る手前の最後の宿でクラウディアは、幾分か気安くなったアッシュへと、独り言のような呟きを漏らした。


 


 「私に姉様たちのような祝福が在れば、王様の命令で婚姻せずとも済んだのかしら?」

 「‥‥‥。」



 アッシュは、何か慰めようと口を開くが、適当な言葉が見付からず、声に成らないで、吐く息が空気に溶けた。


 澄んだパールグレーの瞳が、切なげに揺れて、近くに立つアッシュの顔を見上げた。

 諦めの滲んだクラウディアの表情が痛々しくて、アッシュは思わず顔を逸らした。



 冬季の領主館で兄姉と屈託なく戯れていたクラウディアの様子を思い出し、アッシュは自分を不運だと嘆いていたことを密かに恥じた。







 クラウディア14歳の頃、王家の使者が訪れ始め、15歳で婚約。そして此の日、16歳の降臨祭に王都にある王城で婚姻式が執り行われた。




 王城の一角に或る教会で、ロイス3世国王陛下や宰相と枢密院議長ら高位の貴族達も参列し、華々しい婚姻式が挙げられ、大司教が祝福を2人へと授けた。


 無表情な新郎、固い面持ちの幼い新婦、そして冷めた顔のアーシュレイ侯爵夫妻とブランシェ辺境伯。作り笑顔でニコニコとしている国王両陛下と宰相夫妻。

 豪華な華燭の典だが、どこか寒々しい空虚な儀式だった。


 それは、まるでこれからの2人を予期しているような婚儀だった。




 婚姻式の参列者の間で『ハズレ令嬢』と言うクラウディアの呼び名が悪意を持って、さざ波の様に広がって行く。

 その悪意の発端は、王太子妃であったことなど、直ぐに忘れ去られたと言うのに。






 王都パルスのタウンハウスでの初夜の儀を終えて一ヶ月経つと、新婦のクラウディアはアーシュレイ侯爵夫妻と領地へと戻り、それに着いてアッシュもアーシュレイ侯爵家の帆船に乗り、オルサ河を西へと下った。


 宮廷人として雅な出で立ちと整った容貌のプラチナブロンドのロベール・アーシュレイ。

 ぎこちない所作のクラウディアを冷やかな薄いスカイブルーの瞳で見降ろし、殆ど言葉を発しないロベールの素っ気ない態度に、アッシュはギリリと口の中を噛み、主の愛娘を蔑視する新郎に、何とか苛立ちの色を隠した。


 互いに望んでいない婚姻だとしても、16歳の幼い新妻を20半ばを過ぎた男が、もっと労るべきではないのかと想い、タウンハウスに居る間、心細げなクラウディアを近くで見ていることしか出来ない不甲斐なさを護衛騎士のアッシュは感じていた。



 領地の領主館に居る時は、領主一家の私的居住エリアである西棟の二階に、アッシュが入ることが出来ず、一階の護衛騎士の詰所で無為な時を過ごした。偶に一階で顔を合わせれば、日々表情が抜け落ちて行くクラウディアを、アッシュはヤキモキしながら見守っていた。



 (ブランシェなら、騎士と主との距離は、もっと近しいものだった。)


 アッシュは、侍女のメアリーから、クラウディアの外出の伝令を伝えられるまで、苛立ちを騎士団の訓練所で発散していた。

 先輩の同じ護衛騎士から教わるアーシュレイ式のマナーは、面倒過ぎる。



 時折り、顔を会わせるメアリーから、慣れない中央の言葉遣いやマナーの愚痴をアッシュは聞き、クラウディアの様子を尋ねるのだった。



 そして体調不良を心配して居たら、クラウディアの懐妊の報せを聴き、アッシュは一先ずホッと安心をする。


 (此れで、俺もブランシェに帰れる。はあ、王命で嫡男を儲けろとか意味が分からない。)


 遣り切れない想いに、溜息を吐く日々の終わりをアッシュは指折り数えつつ、待った。

 しかし、アッシュのその想いは、女の子オリビア・アーシュレイの出産で、砕かれる。嫡男の出産を信じて疑わなかった己に、アッシュは歯噛みした。



 その頃、領主館敷地内の西の外れの雑木林に泉が湧き出しことが知らされ、領主館内で騒がれていたことをアッシュは気付いていない。奇しくもオリビアが生れた寒い晩冬に、泉が出来たのだった。



 ブランシェ領での騎士団の気風は判り易い。

 腕力の強い者が富や発言権を得るのだ。


 要はブチのめせば良い。それが正義と考えるのがブランシェ気質だ。


 事細かに色々な作法が決まっているアーシュレイ騎士団の剣術や馬術、弓術などまどっろこしい。アッシュとしては、実の所、訓練で模擬戦をするのも厭わしい。


 一年の半分近くが白灰色のブランシェ領の風景が懐かしく恋しい。


 天に連なるアトラス山脈の北東から降りて吹く凍るような寒風も、アッシュには酷く恋しかった。



 気候も戦い方も生温いのに、人と人の情感は妙に冷やかで寒々しい。

 アッシュにはどちらも慣れない厭わしさだった。


 「それに、女もブランシェ産の方が、気取って無くて良い。」


 アッシュは、誰も居ないのを確かめて、吐き出すように呟いた。








 早春の頃、メアリーが一階の護衛騎士待機所に居るアッシュを呼び出し、腹立ちを抑えきれず一方的に喋り出す。日頃は周囲を気遣うのだが、今日はその余裕がないようだ。


 「ドロテア夫人て、信じられないわ。いいえ、夫人なんて勿体ないわね。ドロテアで十分だわ。あの女って、母乳を上げようとするクラウディアお嬢様に、そんな下品なケダモノのような真似をするのは、侯爵家に相応しくないと罵って、乳飲み子のオリビアお嬢様と会わせようとしないのよ。ミッシェル奥様の命令だと言って。」


 アッシュはメアリーの剣幕に押されて一歩引いて話を聞いていたが、余りの内容に唖然とした。


 どうやら高位貴族の家では、乳飲み子の世話を母親がしないものらしい。

 中には、出産後直ぐに、神殿にある乳児院へ預け、その後、7歳の祝福の儀を終えるまで、預けた侭の家も或るのだとか。


 ミッシェル・アーシュレイ侯爵夫人の生家クロノア公爵家に連なる家門のドロテア夫人は、公爵家の有様(ありよう)を其の侭、クラウディアへと押し付けようとしたらしい。

 同じくミッシェル侯爵夫人の輿入れと共に、付いて来た侍女長のサマンサたちと一緒になって。


 アッシュは眉間に深い皴を寄せ、腕組みしながら、長々と続くメアリーの文句を聞き、そして思う。




 ─── ブランシェ領では、奥様たちや他の母親たちは、自分の幼子に自らの乳を与えるのは当たり前で、乳が足りない時は、周りの母親の助けを借りるものだった。

 その当たり前が許されないとは、、、。馴れない地で出産をされた若いクラウディアお嬢様は、パニックになって居るのでは無いだろうか。───



 「一層のこと、オリビア嬢を連れてクラウディアお嬢様は、ブランシェ領へ里帰りさせるか?メアリーさん。」

 「私だって、そうさせたいけど。でもブランシェ領までの長旅は、幼過ぎるオリビアお嬢様には無理だわ。アッシュ。」


 「そうか、、、。」




 アッシュは、口の中に苦く広がった想いを飲み込んで、吐き馴れた溜息をまた一つ吐き出す。






 そんな或る日、ちっとも痩せない丸い躰を揺らして、メアリーは勝ち誇った表情をし、アッシュを訪ねてきた。


 なんとクラウディアは、ミッシェル侯爵夫人に付いていた上級使用人達を力尽くで突破して、直談判しに行った。「オリビアに乳を与えるのは自分の役目だ。」そう言う為に。



 「やっぱりクラウディアお嬢様は、立派なブランシェ家の人間だわ。」


 

 止める侍女たちやメイドたちを千切っては投げたクラウディアの雄姿を称えるメアリーは、久々に晴れやかな清々しい笑顔をアッシュに見せた。

 その話を聞いたアッシュも実に一年数か月ぶりに胸のすくような思いに、アーシュレイ領に来て初めて、声に出して笑った。


 黄色いキンポウゲが咲き乱れる丘を兄弟達と北方原種の雪割り馬で、駆け巡るクラウディアの姿を夢想する。


 (兄達や先輩騎士から聞かされていた『ハズレ令嬢』クラウディアの元気な姿。その姿を見てみたかったな。)



 メアリーの溌溂とした声を聴きながら、アッシュは何故そんなことを想うのか、未だ疑問にも思って居ない。






 春の社交シーズンがやってきた。

 3月の降臨祭を祝い、5月のフローラル王国建国祭を祝う為に、領地に居る貴族たちは王都パルスへと次々に向かう。


 クラウディアは、アーシュレイ侯爵夫妻と共に、春の社交シーズンの為、王都へと向かった。

 乳児のオリビアは領主館で乳母のドロテアたちと留守番をしていた。


 王城での式典に出席する為、王都のタウンハウスにクラウディアが滞在しているのかとアッシュは考えて居たが、メアリーの話で、神殿の神官が決めた時期に、夫であるロベール・アーシュレイと閨を共にするのが、最大の理由だと知る。


 高位貴族の間では、女神レトの神殿に仕える神官が、閨の暦を作り知らせる役割を持つ。

 当たるも八卦当たらぬも八卦らしいが、懐妊の確率が高い。 高額な寄進を必要とするが、利用者は多い。


 夫婦間のカウンセリングなどを神官が行うが、アーシュレイ侯爵家では、夫のロベールが参加したことが無い。



 王都パルスに訪れるとアッシュの不機嫌具合がマックスに成る。


 原因の1つは、クラウディアに対する不遜で冷たい態度。

 二つ目は、ロベールの奔放な異性関係の噂だ。それだけでも許しがたく思っていたアッシュだったが、近頃は平民の若い女を囲っているとタウンハウスの使用人たちやタウンハウスを守っている衛士たちもヒソヒソと話している。


 侯爵家の使用人達が外に漏らすとは思えないが、アーシュレイの領地から連れて来た使用人達との情報交換で、クラウディアの耳にも聴こえて来ていた。


 メアリーは、悔しがり自棄気味にクラウディアのセリフをアッシュに伝え、さめざめと泣いた。


 「別に気にせずともいいのよ、メアリー。旦那様は初夜に《お前を愛する事はない。決して勘違いをするな》と、宣言してから抱いたのですもの。私たちは貴族として、ただ王命を果たすだけですわ。」


 アッシュは、クラウディアの為に、湧き上がる怒りを握り絞めた拳に、固く封じた。




 ◇




 そしてオリビアが生れた2年後、待望の男児が生れた。




 ジルベールと名付けられたその子が生まれてから、クラウディアは大きく変わった。



 オリビアと時までは、自称高貴な侍女長サマンサと乳母のドロテアたちに授乳以外は唯々諾々と従っていたが、家令のセバスや執事長のアランを物理で黙らせ、クラウディアは当主夫妻と直接交渉を行い、『①王都パルスでの社交は一切行わない。②子供たちは10歳の茶会迄は王都に連れ出さない。③子育ては母親であるクラウディアを任せる。但し当主の許可は必須』と言う内容を勝ち取った。



 笑顔を見せるようになったクラウディアの近くを歩きながら、アッシュは朗らかに問い掛けた。


 

 「家令のセバス殿や執事長のアラン殿を背後や側面から、唐突に物理攻撃を仕掛けたのは何故です?」

 「女性なら勝てるけど、一応貴族の男性って武術を嗜まれるでしょ?兄たちよりは、圧倒的に弱いと判ったのだけど、一応、念の為ね。」


 「ああー、俺の訊き方が悪かった。あの二人なら、お嬢様が、素直に話して説得すれば良いだけでは?」

 「だって、当主であるお義父様やお義母様と話しがあるって、私に付けられた侍女たち幾ら頼んでも梨の礫なんですもの。王命を果たしアーシュレイ家の後継を産んだ私に失礼過ぎるでしょ?腹が立ってね。でも弱い者イジメは趣味じゃない。それに此れからはあの二人に直接話せる立場に成って置きたかったの。手間を掛けずに最速で。ふふっ、上手く行ったでしょ。アッシュ。」


 「まあ、お嬢様が、前回の侍女とメイドたちを薙ぎ払ったのは、余り良い噂に為ってませんでしたからね。」


 「酷いわよね。怪我とかさせてないのに。あっ、それとアッシュ。お嬢様と呼ぶのは今日で禁止よ。メアリーにも注意したの。此れからは若奥様でお願いね。アッシュ。」




 中庭を歩く足を止め、晴れ晴れとした表情で背の高いアッシュを見上げるクラウディアは、鼓動を激しく打ち鳴らす程に、美しくアッシュには思えた。




 その胸の高鳴りに自分を押えられずに、『ハズレ令嬢』と呼ばれていたクラウディアへとアッシュが膝を折り、生涯の忠誠を誓うのは、──────それから後、15秒後である。──────







──────Fin──────



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