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ep35 悪役令嬢に打ち明け話(※デジレ・ヴァーニュ)



 重厚な両扉が開かれた応接間から辞し、小さな身体でいそいそと自室へと戻るオリビアの背中を追い、私と、もう一人の取り巻き候補コレット伯爵令嬢が並んで歩く。


 給仕に付いていたメイドたちは私たちから遅れて、アーシュレイ侯爵夫妻たちがオリビアへと贈った誕生日プレゼントを持ち後ろから、雪華石を敷き詰めた乳白色の広い廊下の上を歩いて運ぶ。


 日が傾き暗くなった廊下の壁面や石柱に、魔石ランプの明かりが年若い男性使用人によって灯され、黄色の穏やかな光の輪が、微かに揺れている。

 石造りの廊下には、同心円の明かりが、等間隔で並び、足元を照らしている。


 パーティーでも在れば、高い天井から吊るされている大きな装飾ランプが灯され、冴え返る2月の肌寒い廊下でも、明るく華やぐ気分になれるのに。せめてオリビアの誕生日位は‥‥。そう思たっが、魔石代とオイル代を脳内で計算すると、シビアな寒さが吹き渡る。幾ら侯爵家の財布でも大変だよね。



 此の西棟ばかりか、中央塔と東棟などにも、蝋燭や魔石ランプがあることを思い出した。




 私は少し足を速めて、オリビアの隣に並び「内緒で相談したい事が或る。」と告げ、濃く青い絨毯を敷き詰めた階段を2階へ上がりながら、「19時頃に。」と応えた彼女に頷き、一旦2階の廊下で別れた。




 専属侍女のナタリアたちと違い、私とコレットは暗くなる前に自室へと解放され、夕食をいただき就寝前の準備をする。どうやらオリビアにとって、私やコレットは、守るべき子供と見ている節が或る。同じ7歳でオリビアの方が、身体は私たちよりも小さいのにね。


 何だかオリビアの眼差しは、懐かしい親戚のおばちゃんに、似ている気がする。



 いつもは、母と暮らしている部屋に戻り、部屋着に着替えてから夕食を済ませるのだけど、流石に今日は御馳走を食べ過ぎてお腹がいっぱい。

 侍女室より広い2階の客間が、私と母のロザリーに用意されている部屋だ。

 私が領主館に引っ越して来るまでは、弟のセルジュが、此の続き部屋のある一室で、母と暮らしていた。


 私は入ったことが無いけど、次々代の後継であるジルベール様の部屋は、とても立派なのだとか。




 部屋に戻った私は、乳白色のリボンを解き、濃紺のドレスからシンプルな部屋着に着替えながら、オリビアに告白しようとしている話の内容を整理し始めた。







 約束の時間にオリビアの部屋へと行き、侍女のセリーヌに招き入れられ、応接の間の続き部屋になるドアを開き、彼女の許可を得て、寝室へと入った。


 寝室中央に置かれた天蓋ベットの近くのコーヒー・テーブルで、ソファーに腰掛けたオリビアはマグカップを手に持ち、金縁メガネを掛けた侭、こちらを向いた。


 そしてセリーヌに、私の分のホットミルクを持って来るように、と伝えた。



 「この時間に、デジレと話すのは初めてね。」


 「ふふ」っと小さく笑って、向かいに置かれたソファーへ座るようにとオリビアは促した。


 装飾がふんだんに施された燭台の上に置かれた、丸形の魔石ランプの明かりで、周囲を柔らかく照らさしている。

 ベットの傍のナイトテーブルに置かれた、チューリップ形の魔石ランプにも火が灯されて、淡いオレンジで、室内の中央部を照らしている。



 ソファーに腰を降ろした私は、コーヒーテーブルに、誕生日プレゼントの手作り栞をそっと置き、オリビアの前へと差し出した。



 「お誕生日おめでとう。ささやかだけど、私からオリビアへの誕生日プレゼント。良かったら使って。」

 「ありがとう!デジレ。可愛らしいコマドリ描かれたが栞ね。この栞の絵は、デジレが?」

 「うん。此処に来てから習い始めて、パステル画を描くようになったの。オリビアが、気に入って呉れたなら嬉しいわ。」


 「勿論、気に入ったわ。オレンジ色の胸が素敵ね。」


 目をキラキラと輝かせて、左の掌の上に栞を乗せて、オリビアはじっくりと眺め始める。

 結構頑張って描いたコマドリだけど、繁々とオリビアに眺められ、私は段々と恥ずかしくなり、「コホっ」と咳払いをして、話したかった前世の記憶を口にした。


 

 『ライ花』と一言告げた後、息継ぎをするように『ライラックの花が咲く頃に』───私はそう呟いた。


 「っ!?」


 オリビアは大きく目を見開き、息を飲んだ。


 「‥‥。デジレ、貴女‥‥‥」



 見開かれたオリビアの淡い青の瞳と目を合わせて、私は大きく縦に頷いた。



 前世。

 未だ高校生だった私は、家族とスキー旅行中に、死んだのだ。

 死亡時の鮮明な記憶は無いし、不思議なことに自分の名前や家族の顔と名前も思い出せない。

 ただ両親と弟と私の4人家族だったこと。そしてプレイしていた『ライラックの花が咲く頃に』と言う乙女ゲームの記憶だけはしっかりと或る。



 そんな話をポツリポツリとオリビアに話した。


 「そっか、そうだったんだね。デジレとは何かテンポが合うなあって感じてたんだあ。」

 「私もオリビアとは、気が合うなって、思っていたわ。それとオリビアに仕えるように成って、案外直ぐに私と同じ転生者カモ知れないと感じていたのよ。」


 「はあ、これでも隠しているつもりだったのに。そうそうデジレは、いつ記憶が目覚めたの?」


 「エヘっ。実はお披露目会でオリビアの顔を見た時、前世を思い出したの。もう吃驚したわ。だからあの後、四阿でクラウディア若奥様とオリビアとの挨拶とかを思い出せないくらいパニックになっていたの。何とか意識は失わずに済んだけど。」


 「嘘。全然そんな風に見えなかった。わたしは祝福の儀の最中だったわ。わたしは領主館に戻って気絶しちゃったけど。」


 オリビアの寝室で、声を潜めて互いに近い時期に、前世の記憶が戻ったのを確認し合った。


 どうやらオリビアも『ライ花』の記憶以外は曖昧にしか憶えていないらしい。



 恐らくアラサーで、人生を終えたのだろうとオリビアは、コーヒーテーブルに両肘を着いて、考えながら話していた。

 そして私が高2位で死んだことを話すと眉を寄せて「幾ら何でも早過ぎる。」と、オリビアは悔しそうに呟いた。


 その表情と声に哀れみがなくて、私はオリビアに打ち明けて良かったと、つくづく思った。

 どうやら私は人から同情されるのが苦手なタイプみたいだ。


 自分の性格なのに他人事っぽいけど、昨年7月のお披露目会に、前世の記憶を取り戻してから未だ5カ月。


 前の自分と記憶が戻ってからの記憶が、やっと馴染んで来た所。


 それに領主館に来るまでは、なんとか読み書き出来るレベルで、真面な教育とか受けて無かったから、ミランダ先生や侍女のナタリアたちに教えて貰うことが多くて、前世を思い煩う暇がなかった。


 同居している母のロザリーに、朝の5時には起こされ、6時にはオリビアの傍へ行きナタリアやセリーヌたちから朝の支度を教えられ、7時に礼拝を済ませた後、朝食。そして午前中はオリビアと一緒に基礎教養や作法を学び、午後からダンスや音楽、絵画などの令嬢の嗜みを習う。


 週に一度、祝日があるけれど、精神的疲労が酷かった。


 元気だけど、7歳の身体だと、直ぐに電池切れを起こしちゃう。 根性論で乗り越えられないのが、精神疲労だと、つくづく実感。


 此れが、タカビーな主人で無くて、ホント良かった。


 両親が、オリビアの母親である若奥様に気に入って貰えて、貧乏で子沢山の名ばかり貴族の我が家は大助かり。


 裕福な家なら兎も角、我がヴァーニュ男爵家では、婚姻の持参金や持参品を用意する為、娘は何処かの侍女をしなければならない。(要は、食い扶持と衣装代を減らす為。)


 オリビアと出会った早い段階から、『ニホン』の転生者っぽいなと感じつつ、様子見をしていた。

 そしてゲームのシナリオを想うと、悪役令嬢って不幸体質かも?等と、失礼なことを考えていたからだ。


 今世では、恋愛や長生きをしたい。

 なのに悪爵令嬢の不幸に巻き込まれたら、どっちも駄目になってしまうかも?


 なんてコトをグルグル考えて様子見。

 ずっぽり寄り子のヴァーニュ男爵の4女の私では、アーシュレイ侯爵家の領主館から逃げ出すなんて無理だと、そうそうに諦めた。


 で、本家の令嬢であるオリビアは、シガナイ男爵令嬢の私を友人扱いして呉れるし、ざっくばらんで何だかとっても良い子だった。


そしてローラン先生が来てから、親しく成って医者や流行病の質問をしつこく聞きだしたから、「ピン!」と来た。


 『ライ花』体験者だ。



 オリビアに友達認定され、気が合うから、どうしようかとモヤモヤと悩んでいた。



 誕生日プレゼントの栞は渡すつもりでいたけど、オリビアに秘密を打ち明けるかどうかは、未だ決めて居なかった。



 でも、家族に囲まれて真っ赤に成って照れているオリビアを眺めていると、あの幸福そうな笑顔を守りたくなってしまったのだ。


 うん。

 本気の友人に成ろう。

 そう、あの時、覚悟を決めた。



 私は、オリビアと一緒に、不幸を回避しよう。


 此の想いも栞と一緒にオリビアの誕生日プレゼントにした。





 だから、悪役令嬢に打ち明け話を──────




◇◇



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