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ep34 8回目のバースディ②




 歓談を交えた2時間ほどの食事が終わると、給仕たちが新たな座を整え、グーテ(おやつ)の準備を始めた。




 天板を伸ばしたツイストレッグのゲートレッグテーブルの上には、外皮を剥き砂糖シロップで煮込み、艶やかで淡い黄緑色の白葡萄を敷き詰めたレザンケーキ、杏と林檎のジュレ、クリスタル・グラスに盛り付けたマロングラッセ、ベリーやリンゴのドライフルーツを刻んだパウンドケーキなどが、一つ一つホールでシルバートレイに盛られて並んでいる。



 日頃の午後のお茶の時間とは、比べ物にならないほど、贅沢なスイーツが所狭しと、広げられた広いテーブルに並ぶ。



 執事のアランが紅茶や珈琲など、わたしたちそれぞれの好みに合わせた飲み物を皆の前に運ばせる。


 そして給仕たちが、ケーキをカットし、白い陶器のプレートへと取り分け、オーダーに合わせて、席に配り置いた。





 祖父のレイモンは、柳眉を下げ、眦に深い横皴を寄せ僅かに笑みを浮かべ、家令のセバスが持って来た螺鈿細工の美しい小さな宝飾箱をわたしへと、プレゼントしてくれた。宝飾箱の上蓋を外すと、細かな宝石を嵌め込み、金のチェーンを付けた豪奢な替えのメガネだった。



 祖母のミッシェルは、王都パルスで人気の美術品のような小型で精巧なファッション・ドール(パンドラ)を。わたしと等身大のファッションドールも注文しているそうだ。



 母のクラウディアは、刺繍が見事なリボン、上質な山吹色のシルクサテンと白のシルク・レースで作った春らしい花々を模ったヘッドドレスを。



 弟のジルベールは、木箱に詰めた色とりどりのドングリやクルミ、トチの実などの様々な木の実を。セルジュたちと領主館敷地内の雑木林で拾った宝物らしい。冬眠中の爬虫類でなくて一安心したのは秘密。



 そして、ローランのプレゼントは、わたしが一度拒否ったランテ語のユリウス・サガの凝った装丁本。恐らくとっても希少なものなのだろうけど、気分的に微妙だったり。



 それぞれの想いや願いが籠ったプレゼントに、わたしの胸は暖かく甘やかな想いで満たされて行く。この暖かな家族の為に苦手な刺繍を頑張ろうと、八回目の誕生日にわたしは新たな決意をする。



 皆の想いにしみじみと感動しているとローランが椅子からスクリと立ち上がり、朗々とわたしへのお題にしていた『降臨祭』の詩を読み始めた。





─── 大浄化で惑う我らを導き安寧を齎した偉大なる使徒ユリウス

─── 春の恵みと共にこの地上に降り立ち、

─── 我らを長い冬の辛苦、迷いから目覚めさせ、

─── 正しき畏れと素晴らしき恩寵を教えて下さった使徒ユリウス


─── 我らの祈りをどうぞ聞き届け給え。



 《後略》




 ヤメテーーー!!

 ローラン、何やってくれてんですか!?

 時間が無いから、強引に纏めた5行詩なのに。

 取引した状況が分かっている癖に、フツー晒しますか?


 しかもドヤ顔で家族たちに堂々と披露するのは止めて下さい。


 恥ずかしくて軽く死ねます。


 本当、最低だぞ!このドーテー野郎!!!クソォーーー!!


 わたしは恥ずかしさで顔を両手で覆い、パタリとテーブルの隙間に突っ伏した。


 祖父を始めとした家族を含めた側近たちや使用人たちに、ヤンヤヤンヤと拍手喝采され、全身が沸騰しそうな羞恥に包まれた八回目のバースディは、わたしが1人撃沈してフィナーレを迎えた。



 この恨み、晴らさずに於くものか。

 待ってなさいよ。ローラン!!!








◇◆◇


《デジレ・ヴァーニュ男爵令嬢》





 昨年、王家主催の狩猟大会を終えた後、攻略キャラクターもビックリのローラン先生なる美形教師が領主館に遣って来て、オリビアに典礼言語のランテ語を教え始めた。


 今は、聖職者なので世俗を捨て、ローラン神父と呼び、私たちには「ただのローランだよ。」と仰っている。

 オリビアの話だと北央にある小国バンエル公国のヴィンフリート公爵の御令息だとか。なんでもオベリスク帝国の皇族の血を引いたサラブレッド。


 「超絶な美形で高貴な生まれなのに何が悲しくて聖職者などになったのか。」


 とは、オリビアの弁。

 溜息混りにホントに残念そうに「モッタイナイ」と嘆いていた。


 「気楽に話して。」とローラン先生は仰るけど、ユリウス教会の本拠地である神聖ロベリア教皇国のユリウス大聖堂に務めているエリート神父様。この世界の価値観的に、たがだか地方男爵令嬢レベルの私が、宗教エリートのローラン先生へ、気楽に話し掛けるのは無理。



 侯爵令嬢であるオリビア位だよ。

 ローラン先生と偶にタメ口を交わすのは。


 時々、オリビアは興奮して「ローラン」って呼び捨てにしているけどね。


 ローラン先生が教えるのは、神学らしいのだけど、私やコレットは教えて貰えないのだけど、学んでいるオリビアの近くには控えている。


 「祝福って魔力の事ですよね?」


 ローラン先生は、オリビアの素朴な問いに「さて、どうだろうね?」と言う答えを返し、ひたすら聖書をランテ語で写させ、読ませると言う授業を週三日ほど行い、領主館内をフラフラと散策している。

 前世の家庭教師を思い出すと実に気儘な人だと思ってしまう。


 一応は、オリビアの体質改善の為に、ユリウス教会本部から派遣された人らしいのだけど。



 7月の下旬から、私が悪徳令嬢オリビアの取り巻き候補になって、約7カ月。

 つまり、お披露目会で前世の記憶を思い出して、早、七カ月。そして徒然思う侭に、《オリビア・アーシュレイ》って前世持ちだよね。私と同じ『ニホン』の。



 しかも『ライラックの花が咲く頃に~ファーストダンスはアナタと~』のプレイ経験者ではないかと、私は訝しんでいる。


 先ずは、視力補正具を「メガネ」って呼び始めて、館内で定着させようとしている。

 そして火鉢と言う煙突の無い暖房器具を陶芸職人に造らせた。

 火鉢に乗せて湯を沸かすサモワールなんて、どう見ても『ヤカン』です。本当にありがとうございます。


 そしてローラン先生が来てからは、やたらと医者の話や流行病について、しつこく質問を繰り返している。それについてのローラン先生の回答は、正直言って胡散臭い風聞が多い。何だかオリビアへの回答はのらりくらりと躱しているように感じる。


 私の気のせい?


 流行病に対して真剣に聴いているのは、今年の年末から来年に、フローラル王国で猛威を振るう疫病対策の為だと思うのよね。

 そして風邪予防として、火鉢を作って祖父のレイモン・ド・アーシュレイ侯爵と母であるクラウディア若奥様にプレゼントしたのは、ゲームのシナリオで2人を病死させたく無いからだと推測している。


 だって、ゲームを想い出したら、当主である祖父と母が病死しちゃうから、主人公の母親とオリビアの父のロベール・アーシュレイとが、再婚してしまうのよね。


 オリビアが10歳の頃、父親のロベールが再婚手て、滅茶苦茶早いよね。

 オリビアの母親が亡くなるのって、9歳の頃だった筈だから。

 何と言う人非人なのだろう、ロベール・アーシュレイって。───でもヒロイン目線だと頼れるカッコイイ父親だと思えていたのだから、視点の違いって重要だよね。




閑話休題(それは兎も角)




 オリビアの祖父と母親が亡くなるとオリビア10歳でゲームが、開始してしまう。

 ヒロインのアリシアは、8歳だけど。


 2人が亡くならない状態で、『ライ花』のシナリオが発動するとしたら、ヒロインが王立ロイス貴族学院入学時で、オリビアや私が15歳の頃だと思う。そうなると悲劇へのスタートを切るのが、5年遅れることになる。


 何となくオリビアは、それを目指している気がする。


 

 テーブルに伏せて、小さな両手で顔を覆い、両耳を羞恥で真っ赤に染めている、メガネを掛けた可愛らしい悪役令嬢を少し離れたテーブルで眺めつつ、この後、私はオリビアに告白しようと決意を固めた。


 作って於いた栞と一緒に、前世の記憶の告白をオリビアへのバースディプレゼントとして贈ろう。

 色々と迷ったけど、身分差を超えて、友達と呼んでくれる、ちょっと抜けてる可愛いオリビアの為に、私は覚悟を決める。


◇◇


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