ep33 8回目のバースディ①
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わたしは、ニッコリと笑みを浮かべてローランに、わたしの誕生日の食事会へ参加を促す。
わたしを祝う為に集まる家族は、当主で祖父のレイモン・ド・アーシュレイ侯爵と祖母のミッシェル・アーシュレイ侯爵夫人。そして母のクラウディアと弟のジルベール。それと其々の側近たち。
当たり前だが、父のロベール・アーシュレイ次期侯爵は、参加しない。───と、言うかアーシュレイ領に足を踏み入れることしかしないだろう。
本来なら、祖父の弟妹家族や祖母の姉弟家族、そして曾祖父レナールの生存している弟妹。他家へ嫁いでいる父ロベールの2人の姉たち家族を招待し、アーシュレイ家の親族で、わたしの誕生日を祝いたかったらしいのだが、母に頼み込み、一緒に住んでいる家族のみで祝ってもらうことにした。
理由は折角の誕生日なのに、メガネを掛けないと、祖父母たちの顔が見れ無くて寂しいからだ。
(これは祖父母への表向きな言い訳だけども。)
実際は、メガネがないと、眩い光のエフェクトで視界が悪過ぎて、料理の位置やカラトリーが見えづらくて、食事会を全く楽しめないからなのだが。
ローランを遣り込めたくて、咄嗟に想い付いたアイデアだが、ホームパーティーに誘うのは、中々に良い方法だと思えた。
「どうせ誕生日を祝って下さるつもりなら、ローラン先生も是非我が家の食事会にいらしてください。」
わたしは、『どうよ?』と言う勝ち誇った態度で、それを受け一瞬、『無』の表情になったローランを見定める。
「ハァー」と大きく息を吐き出し、左手で形の良い額を押えた後、薄く整った唇を開いた。
「招待状が届いたら、改めて返事をしよう。‥‥‥唯、その代わりに、『降臨祭』をテーマにした詩を二篇仕上げる事。当然、ランテ語でね。締め切りは食事会への招待状が届くまでだよ。異論は認めない!」
「そんな横暴な!!ローラン先生は、なんでそんな嫌がらせを言うんですか!わたしは好意でホームパーティに誘っているだけなのに!」
「僕も好意でオリビアに試練を与えているんだよ?お互い様だよね?ふふ。さて、どうする?」
「‥‥、‥二篇は、無理。」
「じゃあ、一篇だね?オリビア。」
「え、ええ。判ったわ。ローラン先生も絶対にいらしてね。」
「ふっ。ああ、勿論。オリビアとの約束は守るよ。」
ローランは、そういうと膝の上に置いていたB5サイズの金箔で刻印された装丁本を開いて、分厚い書籍のページを楽しそうに繰った。
濃いグレーの修道服を纏ったローランの細い身体が、フルフル震えている。
笑いを堪えているんじゃないわよ。
この外道なドS教師。
これから祖父への伝言を頼んだとしても、招待状を出して返事が来るまで、最短で二日しかない。
ローランが滞在している領主館東棟の近くに在る礼拝堂なら、招待状が届くだけだと、下手すれば一日しかない。
くそ。───自爆したかも。
近くに居た侍女のナタリアたちは静かに微笑んでいた。
デジレは「プっ」と笑い声を漏らすし、コレットは方眉を上げ、若草色の目を遠くにやり、呆れたような眼差しをわたしに向けて来るし───。
もしかして、わたしは迂闊なことを、また、やらかしちゃった?
◇◇
本来なら、ロイヤル・トゥールと呼ばれている中央塔のホールで行われる予定だったわたしのお誕生会だったが、諸般の事情により、西棟に在るプライベートエリアの一階の応接間でホームパーティーを行うこととなった。
中央塔をロイヤル・トゥールと呼ぶのは、80年前に初代ロイス王と初代アーシュレイ侯が忠誠の儀を交わした時、ロイス王が宿泊したことに由来する。
今でも、初代ロイス王が宿泊した部屋を国王の間として、特別な主賓を招いた時の貴賓室として扱っている。
親戚たちに招待状を送る3ケ月前に決まったことなので、周囲を騒がせることなく、領主館に住む身内だけの食事会へと落ち着いた。
従来通りであれば、娘の場合は10歳、嫡子の場合は7~8歳で公の誕生会を催すが、祝福を得たオリビアは、8歳の誕生日にアーシュレイ侯爵家の長女として、大々的に紹介する予定だった。
しかし、視力が悪いことを隠して於きたい祖父レイモンと、わたしの利害が一致した結果、内輪での食事会となった。
二階にある祖父母夫妻の部屋の近くに在るサロンや日頃、わたしとジルベールがティー・タイムを過ごしているサロンと違い、1階の応接間は、身近な親族や祖父母や両親たちと親交が深い友人たちが談話する部屋の為、中央塔より狭いが、豪華で広い室内の天蓋から吊るされた豪華なシャンデリアが灯され、黄色の光を放って輝いている。
仄暗い冬の陽射しを明るく照らすように、昼間に関わらず、応接間にはシャンデリアの他に壁やコンソール・テーブル、キャビネットの上で、魔石ランプや燭台のキャンドルが灯されていた。
ロイヤル・トゥールと呼ばれている中央塔のパーティー程では無いにしろ、気合の入った誕生会のセッティングに、わたしは思わず頬を緩める。
母と弟のジルベールと共に、暖炉で暖められた応接間へと、わたしは入って行った。
一足早くちゃっかりとロベールは入室し、祖母の右隣りの席に、ゆったりと座っていた。
椅子に座ったロベールは、いつもの簡素な修道服では無く、萌黄色したビロード生地のフロックコートを羽織り、白の上質なリネンのクラバットを結び、エレガントな装いに身を包んでいた。
ロベールは、細身な体躯に青みがかった銀の髪が麗しい飛び切りの美青年。
今日は、いつも下ろして両耳へラフに掛けている銀の前髪を左へとサイドアップにして、キリリと男性的なスペシャルバージョン。普段は中性的なのに。イケメン具合がマシマシだ。
マシマシ・バージョンのスッキリ見えるご尊顔は、細くて長い真っ直ぐに整えられた眉の下で、クッキリな二重の目に、煌めく宝石のような紫眼。すっと通った高い鼻筋と形の良い薄い唇───硬質で完璧な美しい顔立ちをしながらも、優し気な表情を私へと向けていた。
(あくまで優し気なだけで、優しいワケでは無い。念の為。)
祖父に促されて、示された誕生席へと腰を降ろす。
「オリビア、8歳の誕生日おめでとう。」
「「「「おめでとう。」」」」
祖父の生真面目な祝辞に続いて、祖母、母、ジルベール、そしてローランの弾んだ祝いの言葉が発せれらた。
それを受けて、わたしは感謝の念を込めて「ありがとうございます。」と、勢い良く返した。
いつもは、厳しい表情を崩さない祖父母たちの目元や眉が、優しく緩んでいるように思える。
そして、眩い透明なグラスに紅いルビー色のワインが注がれ、ポム兎のローストやカモ肉の香草煮込み、マスのパイ包み焼き、きのこのマリネ和えなどが運ばれ、和やかな食事会が始まった。
今世で8回目のバースディ。
わたしは初めての家族での食事会に、感慨深くて、胸の奥が熱くなった。
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