ep3 居間で朝食を
「姉さまのように僕も再来年の祝福の儀で、魔力が発現すれば良いのですが。」
「そうね。でも此ればかりは神様の為されることだから、夏至祭当日までは分らないわ。だけどジルはアーシュレイ侯爵家の後継だから余り魔力の有無は関係ないでしょう?教育係のミランダの話では、婚約者選びの参考にする程度のモノらしいわよ。」
わたしは弟のジルベールとの会話で一呼吸置き、焦げ茶色の籠に盛られた丸いパンを1つ取り、焼けた小麦の香りが香ばしいきつね色の丸いパンをちぎってトロリとした柔らかなバターを付けて口に運んだ。
我が家専属のベイカー(パン焼き職人)が、朝に焼いたパンは未だ柔らかくて、口の中でとろけるバターの濃厚な味とパン生地の素朴な小麦の味が、噛み締める度に絶妙なハーモニーが広がっていく。
前世の頃より堅めのパンだが、シンプルな味が美味しくて、つい食べるのに夢中になった。
無心でパンや羊肉のソーセージとスクランブルエッグを咀嚼しているわたしに、弟のジルベールは無邪気に魔力についての話題を続けている。
窓から入る光に照らされて、アイボリーホワイトのゆるふわカールのおかっぱ頭に天使の輪っかを作り、愛らしい笑顔で懐く5歳のジルベールはマジ天使。
ボーイソプラノな声で話し掛けて来るジルベールに、わたしは手と口を動かしながら頷き、舌包みと相槌を打つ。
ジルベールが椅子に腰掛けれるようになった3歳の頃から居間で朝食を摂るようになり、非常に良好な姉弟関係を築いていた。
乙女ゲーム【ライラックの花が咲く頃に】の記憶を思い出す以前に、無意識でジルベールを過ごしていたわたしってグッジョブだわ。
まあ、オリビア自身も此の広い館で、使用人ばかりに囲まれて過ごすのが、寂しかったモノね。
オリビアとしての昨日までの想い出を辿ると『変で我儘なお嬢様』。そう乳母のドロテアたちにわたしは認識されているようだった。
言葉を覚えると乳母のドロテアたちに、父や母と会いたいとしつこく幾度も頼んだり、長いワンピースの裾を短く切って欲しいと言ったり、誰も遣り方を知らないあやとりを強請ったり等々数え上げればキリがない。
今から思うと前世のニホンで過ごした子供時代を分けも判らずに乳母のドロテアたちへ求めたのだろう。
周囲を困らせていた自覚はあるけど、考えようによっては、母が忙しく自主的に領地運営に参加しているのも弟と仲良くなっているのも、わたしの言動に引きずられた所為だろうと気付くと嬉しくなった。
ゲーム中のオリビアのサイドストーリーで知っていた母クラウディアは、祖母や侍女長から言動を中央貴族らしく、アーシュレイ侯爵家の夫人らしくと教育されて、わたしや弟との親子らしい接触を我慢させられていた。
祖母や侍女長からは、美しい所作と品の或る言葉と静かな笑みが、母に求められる全てだった。
生家であるブランシェ辺境伯家で母は、心が望む侭、家族たちや領民たちと自由に接していた。
神の頂と呼ばれているアトラス山脈近くに在る北方のブランシェ領地は、寒さが厳しく冬が長い為、雪が深い12月から3月まで小規模な集落の領民がブランシェ領主館に避難し、辺境伯一族と騎士団が越冬する。
そんな暮らしをしていた母は、ブランシェ領主館内に平民を避難させていたせいか言葉や考え方が彼らに近く、中央貴族の儀式的なマナーとは相容れないモノがあった。
こちらの感覚の方が、前世のニホン的な家族像な気がする。
母クラウディアが疫病で亡くなる前に「気兼ねせずにもっとオリビアとジルベールを抱き締めて上げれば良かった。」と悔やむモノローグに、ゲームプレイ中だったわたしの胸が痛んだ。
微ファンタジーな学院恋愛ゲームにしては、悪役令嬢の母親クラウディアのストーリーやヒロインの母親アリエルのストーリーなども詳細に語られ、ドロドロ感が増していたような?
良い方に変換すると深いストーリーの恋愛ゲームだった…とも言える。
今は、母の予定がない時、弟と3人でまったりとお茶をしたりしている。
ゲームはゲームのシナリオとして気を配っては置くけど、今までと同じように母と弟とは思いっきりスキンシップをとって楽しく過ごしていこう。
それに前世の自覚も出来たことだし、祖母や乳母のドロテアからは「我儘令嬢」と思われない位には、慎みを持って過ごしたい。
来月の終わり頃には王都パルスから祖父母も社交シーズンを終えて戻って来ることだし。
ゲームの中盤以降、ヒロインが2ケ月遅い異母妹と知って、3~4ある選択肢で大ハズレを3回チョイスしたら、ヒロインが監禁コースエンドに成る地雷の我が弟ジルベール。
姉さんのわたしが、そんな性格に成らないように確りとジルベールを育てるからね。
わたしは、スクランブルエッグの最後の一匙を白いプレートから掬い取って、希望的な決意をした。
そして、将来端整な顔立ちになるだろう引き籠り系ヤンデレ攻略対象者の弟が、朝食を綺麗に食べ終え、小さな手で抱えたカップのミルクを美味しそうに飲み干すのをわたしは静かに眺めていた。