ep29 ヴァンダンジュ⑤ー祭りの後に
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エミリアとの惜別の抱擁に涙腺を緩めた後、また会う約束だけをして、拙い刺繍をしたスカイブルーのハンカチーフを4年間のお礼を兼ねてエミリアへとプレゼントした。
婚姻式に参列できないのは非常に残念だ。
しかしいやあー、折角のヴァンダンジュ期間だったのに、引き籠りのわたしの所為で、専属侍女たちには、申し訳ない事をした。
弟のジルベールたちは、次々代後継者として5歳でしっかりと家門の人たちや領民たちと午餐前まで社交を済ませ、領地館敷地内でのヴァンダンジュのイベントを楽しんだようで、ゲームでの人見知り設定を無事に打破していて、姉としては喜ばしい限り。
悪役令所のオリビアが、メガネを掛けた引き籠りってどうよ?と思わなくもないけど、クソ寒い中、幼児体形をギチギチに縛り付けるお洒落なドレスを気取って着るより、超楽だし、幸せなので良しとする。
勉強も休みなので、ダラダラと読書三昧。これも流感対策の一環。
風に乗って、西棟の書斎に時折り聞こえる曲調の違う様々な音も、耳に心地よい。
弟のジルベールに友人候補の売り込みがらしくて、アワアワとヴァンダンジュ三日目の午後のティータイムで報告する姿が可笑しくて、わたしがヘラヘラしていると「他人事だと思って。姉さまズルイ。」と機嫌を損ねさせてしまった。
ジルベールからお茶をしたいと伝えられ、西棟のプライベートエリアにある2階のサロンで、長閑な子供会。ジルベールにも大人に囲まれない息抜きは必要だしね。
婚約者が決まるのは、祝福の儀が終わる7歳以降なので、「嫁候補に囲まれ無くて良かったわよね。」とフォローの心算で慌ててジルベールを慰めた。
「!?」
キョトンと大きな目を見開いて、沈黙するジルベール。
淡い空色の瞳が真ん丸なキョトン顔。
まあ、5歳のジルベールでは、嫁と言ってもピンと来ないか。
わたしを可愛さで萌え死にさせる気か?と問い詰めたい気持ちを理性で押えて、デジレとコレットの顔を見て、目でジルベールへのフォローを促す。
「ジルベールさまは人気がありますもの。仕方ありませんわ。」
「ふふっ。うかうかしてるとセルジュ。乳兄弟の立場に甘えてると、アンタの枠を奪われるかもよ?」
「デジレ。幾らセルジュの姉君でも、その言葉は聞き流せません。セルジュの代わりは誰にも出来ません。」
「あっ、申し訳ありません。ジルベールさま。口が滑ってしまって。」
「まあまあ、ジルは落ち着いて。デジレも本気で言ってるワケじゃあないし。」
「そうですよ。ジル。姉は、いつもこんな調子なので、気にするだけ疲れますよ。」
おおー!
達観しているな。5歳の弟セルジュっち。
生れてからずっと母親のロザリーと領主館で暮らしていて、偶にしか姉のデジレと会えなかったのに、良く性格を見抜いているなーと、セルジュに感心する。
繊細なジルベールには、大らかなセルジュがピッタリだ。
わたしとデジレは、大雑把同士だけどね。
わたしとデジレが互いに敬称無しで呼び合っていると教えてから、弟のジルベールとセルジュは、「ジル」、「セルジュ」と呼称するように為った。
「ジル」呼びを許して居るのは、わたしと母、そして乳兄弟のセルジュのみ。
ふふん♪ちょっとした優越感だわ。
一面に並んだ窓から差し込む陽光が、緩やかなウェーブを持つおかっぱ頭のジルベールのアイボリーホワイトの髪を柔らかに照らす。
淡い空色の瞳は、セルジュの言葉に機嫌を直し、明るい喜色で満たされ光る。
ジルベールを挟み右隣にセルジュと家令セバスの孫リーシェが座り、左には執事アランの息子エミールがわたしたちにさり気なく気を配りながら、白メイプの樹蜜を加えた丸っこく平たいきつね色のビスケットを齧り、湯気が立ち昇る熱いカモミール・ティーに口を付けている。
ジルベールとセルジュが5歳で、エミールが7歳、リーシェが8歳と、これから少年らしさが増す、未だ可愛げのある4人が並んでいる姿を、遂、おばちゃん目線で愛でてしまう。
セルジュは、フワフワのマロンブラウンの柔らかな髪を無造作に丸い顔の周りに散らし、弟より小さな身体で、青みがかったグレーの冬のお仕着せを着こんでいる。
姉のデジレに、良く似た素朴で可愛らしい男の子だ。
ちょっぴりアンバランスなハニーブラウン色の瞳をした目が、人好きのする愛嬌を印象付けている。
乳母のロザリーにも似た柔和な雰囲気が、私にも弟にも親しみを与えているのだろう。
エミールとリーシェは、ジルベールたちより頬の福々しさが取れて、少年ぽい整った顔付に成って居る。それぞれナイスミドルな執事のアランとロマンスグレーな家令のセバスたちに、似た将来が愉しみな美形の二人組である。
も、もっ、勿論セルジュの将来も人間味的な楽しみを期待している、当然。
「リビー姉さま、ローラン先生とまた夕食をご一緒させて頂きたいです。」
サラリとアイボリーホワイトの髪を揺らし、「お願い」と言うように小首を傾げて、上目遣いにオネダリするなんて、なんて恐ろしい子なの。
思わず、鼻血ブーって吹いちゃうくらい可愛いジルベール。イケショタってなんて罪作りなのかしら?
駄目!!姉として平静を保たなければ‥‥‥。
室内に白い湯気がとけゆく、温かくなったカモミールティーをコクリと飲み込んで、微かな林檎の香りに気持ちを落ち着かせた。
「そうね。ローラン先生に後で頼んでみるわ。」
「ありがとうございます。姉さま。それと、、、。」
「それと?」
透き通った淡い空色の双眸を彷徨わせて、口籠るジルベールに、わたしは続きの言葉を促した。
「あの、、、。お母さまとも一緒に、、、。」
「、、、夕食はね。お母さまは、お祖父さまたちとダイニングルームで召し上がってらっしゃるし、、、。」
「やっぱり、駄目ですよね。ごめんなさい、姉さま。我儘を言って、」
シュンと俯き加減で詫びるジルベールは、子猫が心細くて、甘える姿に見え、、、。
「今は、ヴァンダンジュでお母さまもお忙しいから、終わったら頼んでみるわ。ジル。」
「ヴァンダンジュが終わったら!?本当に?姉さま。」
「え、ええっ。ヴァンダンジュの後にね。ジル。約束するわ。」
可愛い弟に「NO」と言えない、姉だった。
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