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ep28 ヴァンダンジュ④ー友人デジレ

◇◇



  ───「ローラン先生、ボクは祝福を得ることが出来るでしょうか?」

  ───「それは神サマにしか、分からないね。ジルベール様。」




 サロンでの夕食会で、コソコソと顔を寄せ合って話していた、弟のジルベールと神学教師のローランが、そんな遣り取りを交わしていたと、わたしは知る由もなく、ルンタッタと楽しい一時を満喫して、寝室へと戻って熟睡した。


 天使と美青年のスチルに、眼福と、うっとりしていたワケではない。





 一夜明け、今日は専属侍女だったエミリアが、来年の年明けに婚姻する為、職を辞す最後の挨拶に領主館へと訪れる予定。


 一度、領都ウィドールで婚約者との顔合わせは済ませた模様。


 エミリアの部屋の荷物を運び出す時に、相手の感想をエミリアに尋ねたら、「ソコソコな方でした。」と照れながら、すっきりとした一重の目尻を下げて答えてくれた。


 表情があまり動かないエミリアにしては、分りやすい変化だったので、気に入ったのだと思う。


 相手は隣領のクロノア公爵家一門である子爵家の方らしいので、家格的には弱冠上くらいだから、ちょうど良いそうだ。


 どうせならお祭りデートでもすれば良いのに、とエミリアを冷やかしてみたのだけど、あちらも同時期にヴァンダンジュが在るので忙しいのだと、ちょっぴり拗ね気味だった。


 頼りになるお姉さんの機嫌を損ねるのも無粋なので、冷やかしの手を即座に緩めた。手と言うか口か。兎も角も結婚退職とは、おめでたいモノだよね?今世でも。









 ピンと張った寒気の中で、今朝も元気よくデジレとコレットが、わたしの部屋へと訪れて、ナタリアとセリーヌに付き、窓の瑠璃紺色のカーテンを上げたり、火鉢に火を入れたり、メイドたちと朝の支度を手伝い、手際よく整えている音がする。



  「「おはようございます。」」


 高らかな声で挨拶をして、ハイテンションでナタリアたちの指示にテキパキと従っている。


 別に低血圧って訳では無いけれど、早朝7時に起床したわたしは、ローテンション。

 天蓋のカーテンを開けられて、ノロノロとボーっとしながらベットから身体を起こす。


 『君たちは朝から元気ハツラツだなあ。』と思いつつ、ナイトテーブルに置いていたメガネを掛けて、もぞもぞと掛け布団の中で、暖めていたリブ編の下穿きに足を通す。そして顔を洗ってから、ネル地の寝巻のローブから、リネンの肌着、背中で紐をギュウギュウと結び、幼児体形に無理矢理ウエストの括れを作る下着を着けられ、冬用のたっぷりフレアーが或る明るいピンク色のローブワンピースドレスを着る。




 「ナタリア。今日の予定は?」

 「はい、オリビア様。中央塔のゲスト用朝食室で、滞在されている婦人や子女の皆様と歓談を混じえた朝食会。そしてコンサバトリーで、午前11時からお茶会。その後、東棟の前庭でヴァンダンジュの催しがあります。後は‥‥‥。」


 「ちょっと待って、ナタリア。いや無理だわ。どれもメガネ着用禁止のものばかりじゃない。パスよ、パス。」

 「しかし、オリビア様。折角、一門の方々と顔合わせが出来る機会ですし。初めて参加の許されたヴァンダンジュですよ?」

 「だってメガネが無いと顔とか分からないモノ。無意味だわ。」




 ドレッサーの前で白金の髪をナタリアに梳かされながら、わたしは聞かされたスケジュールをキッパリと却下した。


 此れは我儘ではない。

 当然の帰結だわ。


 昨日、ローランも「引き籠って良い」的なことを言っていたし。


 ヴァンダンジュの期間中は教育係のミランダが休暇中だけど、後で遣いを出して、サボれる良いアイデアが無いか尋ねてみよう。



 「メガネが無いと不便ですよね。オリビアさま。」

 「ホントそう。対面が悪いとか変よ。それ位で婚姻が出来なくなるならしなくても良いわ。」

 「はあー、難しいですよね。上位貴族の方々は色々と。うちが地方の男爵家で良かったかもです。オリビアさま。」

 「デジレって、案外と気楽で良いわよね。」

 「でしょう?ぎりぎり貴族に属しているようなモノだから、身軽なんですよ。我が家の面々は。」


 

 選んでいたリボンを片手にデジレは「ニシシ」と令嬢らしくない笑い声を上げて、上に羽織るガウンを持って来たセリーヌから、「品が無いわよ」と、笑い方を注意された。


 「まあまあ。」と、いつものようにデジレに注意するセリーヌをわたしは宥める。


 だった憂鬱な気分をデジレは軽口で晴らして呉れるのだもの。わたしにとっては、とても貴重な存在なのだ。前世の記憶が戻っていない頃だったら、デジレの言動を受け入れるのは難しいけど、今のわたしとは会話のテンポがとっても合う。


 コレットも同じ年なのだけど、流石セバスの孫娘。行儀マナーがメッチャいい。下手をするとわたしより、ずっと深窓の令嬢っぽい。


 しかもわたしより刺繍は上手だし、典礼言語のランテ語で古典の詩を諳んじれる。古代ランテ語も少しなら読めるそうだ。7歳なのにコレットって、恐ろしい子!

 因みにピアノもバイオリンも教育係のミランダから太鼓判を貰っている。

 思わず、「わたしの出来が悪くてゴメンね。」と勉強時間に詫びて、逆に恐縮される始末。そして、ミランダから「主である侯爵令嬢の貴女が安易に詫びてはなりません。」と、毎回、怒られている。


 なんかね、ゴメンって口癖みたいになっていて、困ったものだと我ながら反省。



 その点デジレは、わたしと同じで刺繡やランテ語が苦手。ピアノなどの楽器類もわたしの側近候補に選ばれてから習い始めたので、未だ未だ初級の入り口辺り。あっ、でもデジレは、ダンスを憶えるのがとっても飲み込みが早い。週に一回、一階の広間で、ジルベールやセルジュたちと一緒に練習している。



 宮廷儀礼と呼ばれている神聖ロベリア教皇国の公式マナーや公用語のロマン語は、お互い大の苦手としている。

 典礼言語のランテ語から派生したロマン語だから慣れれば簡単だ、と教育係のミランダや神学教師のローランは言うけども、「それって出来るから言える言葉なんだよ。」とデジレと二人で愚痴を言い合っている。


 コレットは、3才くらいから学んでいたらしい。ランテ語やロマン語を。

 出来る女って、英才教育の賜物なのね。


 わたしの場合は、乳母が乳母だったしねー。


 乳母のドロテアは、フルーブ国王マンセーでがちがちの偏った保守主義だったから、教養面の教育は御留守で、淑女の在り方を中心とした日常の作法をビシバシと鞭で躾けられていた。

 飽くまで推測だけど、乳母のドロテアは、教養面に疎かったのではと思う。

 5歳になって就けられた理知的な教育係のミランダとは、相性が悪かったみたいだし。

 彼女は、躾を担当する弟のジルベールの乳母に為りたかったみたいだけど、母が断固として却下した。その母親の感で、ロザリーを乳母にして、息子のセルジュを乳兄弟にしたのは、大正解だと拍手喝采したい。



 そんな教養面を苦手とするわたしとデジレだけども、2人とも算術は得意で、ミランダからは「貴族学院卒業レベルです。」と、太鼓判を貰った。


 『加減乗算が出来れば、大抵はクリア出来ます。公式使わずに解く方が難解ですよ。』と言う心の声は、そっと奥底に仕舞い込んだ。



 「祝福の儀が終わってから、急に理解が早く成り、驚きました。」



って言う、ドキリとしたお褒めのコメントをミランダから頂いて、冷や汗タラタラだった。



 それまで教育篝のミランダと、タイマン勝負だったけど、デジレがきてくれて、わたしと苦手なものや得意なものが同じってだけで、心強い。


 将来のご学友候補が、全員コレットみたいな完璧令嬢だったら、『落ちこぼれ令嬢』だと、1人でシクシク背中を丸めて泣いていたと思うのよね。

 比較的能天気なわたしでも。



 「メガネを掛けているオリビアって優しく見えて素敵だよ。」



 2人だけの時、敬称なしでそう呼んでくれるデジレは、わたしにとってなくてはならない大切な友人になった。


 それにメガネ姿のわたしを褒めてくれる唯一の子だしね。



 わたしは鏡に映ったメガネ姿の自分を見て、ニっと口角を上げてから、執事のアランと祖父と母へ、伝言メモを書くことを想い付く。




 そして、身支度が整ったわたしは、侍女のセリーヌに頼み、走り書きしたメモを渡し、執事のアランに渡すように伝えた。



 《メガネを掛けれないので、ゲストの顔が見えない朝食会は不参加です。ーオリビア》





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