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ep27 ヴァンダンジュ③ーポムうさぎ肉



◇◇



 日が傾き始めた頃、帰宅した侍女のナタリアに呼ばれて、中央塔のエントランスホールへと、メガネを外して出向いた。


 分厚いコートドレスを羽織り、祖父母たちと共にエントランスホールから晩餐室へと向かうウェイティングルームを兼ねた広い廊下で、訪れていたゲストたちに挨拶し、主賓たちへの顔見世が終わると、わたしと弟のジルベールは、侍女のナタリアたちと共に、回廊を通り西棟の2階にあるサロンへと向かった。


 お披露目会の人数とは比べ物に成らない多さで、私と弟は人に酔いぐったりとして、サロンに置かれた椅子へと座った。



 金彩を施されたクリーム色を基調とした石造りの壁。そのサロンの高い天井から吊るされたシャンデリアは、柔らかい黄みのある明るいオレンジ色で、室内を照らしていた。



 弟のジルベールは、乳兄弟のセルジュだけを残し、エミールとリーシェには、夕食を摂らせる為、重たい扉を開かせて、サロンから退出させた。


 わたしは、17時を少し回ったこの時間には、デジレとコレットを自分たちの部屋へと返して居る為、サロンのテーブルには、ジルベールとセルジュ、そして暢気な顔をして現れた神学教師のローランとわたしが着いた。



 楕円形のテーブルには、濃紺の艶の或るリネンのテーブルクロスを掛け、その上には、食前酒代わりみ葡萄ジュースで割った、ヴァンダンジュの会場で飾られていた葡萄の赤紫色の新酒が、ワイングラスに注がれ置かれていた。


 前世の記憶が戻った今では、5歳の弟と7歳のわたしがアルコール摂取するのを避けたかったけど、今まで受け入れていた食生活を急遽、否定する理由も思いつかなかったので、ワインやエールの割合を減らして、飲んでいる。


 まっ、弟にアルコールへの拒否反応も見当たらなかったし、意外にわたしの口に合っていたので、食前酒については、大目に見ることにした。


 わたしの代わりに神学教師のローランが、食前の祈りをし、運ばれて来た大皿の銀色のフードカバーを給仕に開けさせ、丸々としたポム兎のロースト肉を切り分け、各自の白い陶器のプレートへと乗せた。


 ポム兎は、アーシュレイ領地内で養殖もしている魔獣の一種で、果樹園で収穫が終わったこの時期に、各家庭の厨房へと卸される比較的リーズナブルな食肉だ。


 羊や山羊、牛などに比べて成長が早く多産なので、冬への保存食としても重宝されている。


 成猫ほどの大きさで、初夏はセラム草(※以前は携帯用の灯に使用。現在は植物紙の原料)。秋はリンゴなどの果物を食する大人しい草食の魔獣でもある。


 他の調理された肉や川魚が次々に運ばれ、テーブルの上には祭で作られた料理の皿が並んで行く。


 一品ごとに出て来る上品さは無く、あっと言う間に料理が盛られた器で、テーブルがいっぱいに成る。


 香ばしい肉の香りや川魚のパイ包み焼きの香り、キノコ類や果物で作られたソースの絶妙な香りに、食欲が刺激され、舌下に唾液が溜まり、口に頬張るポム兎の肉を咀嚼する間もなく、コクリと嚥下した。


 「リビー姉さま、美味しいですね。」


 ジルベールの澄んだ声に顔を上げ、周囲を見回すと、セルジュやローラン、当然、声を掛けて来たジルベールがニコニコと笑ってわたしを注視していた。



 「殆ど噛まずに食べてるから目が離せなかったよ。オリビア嬢。」

 「ポム肉のローストは、飲み物なのですね。新発見です。オリビアさま。」

 「ボクはリビー姉さまが男らしくて良いと思います。」


 「ちょっー!噛まなくても柔らかいじゃない?!3人共、わざとらしいわ。見てないで食べなさいよ。」


 

 恥ずかしさで顔が熱く成り、照れ隠しに弟たちを睨んで、不貞腐れてみた。


 空腹だった所為もあるけど、口に入れた途端、蕩けるように消えてゆく、ポム兎のローストされた肉は、上あごと舌触りの食感が楽しくて、会話を忘れて無心でカラトリーで切り分けたロースト肉を、次々と口の中へと、放り込んでしまっていた。


 此の季節のポム兎は、林檎を食べているせいか、甘みがあって脂も乗り、旨味が強いのだ。


 シカやイノシシのような野趣に富んだお肉も美味しいけれど、舌触りがトロの脂身のような感触が、妙に懐かしくて、手と口が止まらなかったのだ。


 それがまさか、ここまで注目を浴びてしまうとは、何たる失態。しかも弟の前で! 姉としての尊厳が‥‥‥。




 「コホン。会話も忘れて失礼しました。」

 「「「気にしないで。」」」

 (面白かったから。)


 うん?

 誰かの聞きたくない心の声が聴こえたような?


 「ジルは、お芝居を見たの?」

 「はい。悪い魔法使いを倒して、お姫様を助ける騎士のお話でした。騎士がとっても恰好良かったですよ。」


 「そう。でも、そう言えば、、、ローラン先生、悪い魔法使いって居るのですか?」

 「うーん。悪い人間はいるだろうけどなあ。西アトラスには、現状で悪い魔法使いは居ないと思うけど?ユリウス教会での禁忌が在るからね。」


 「ふーん。あっ、そう言えば、昔、昔って、お芝居の始まりに、口上で言っていました。ねっ?セルジュ。」

 「はい。ジル様。」



 そこから現在、西アトラス大陸の諸国では、都市などでの魔法の使用は禁止されていること、魔法での状態保持は出来ないことなどを、ローランから教えられた。

 例えば、土属性魔法で煉瓦などを生成しても、徐々に崩壊して行き、形を保てないのだとか。



 約70年前に魔石へ属性魔法を付与して、魔石ランプなどの魔道具などが作られたそうだ。



 王立ロイス貴族学院の騎士学科で、魔法騎士と騎士との合同訓練で、やっと魔法を使った戦闘を学べるらしい。


 

 「魔法使いと騎士って強いのはドッチ?」と言うジルベールの無邪気な質問にローランは、「通常、1対1(タイマン)で戦わないものですよ。」と、珍しく真面目な返答をしていた。


 わたしが、ポム兎肉のローストをドン引きさせる食し方のせいで、ジルベールたちとローランは、初めての会食で緊張することなく、和気藹々と会話を楽しみながら、夕食に舌鼓を打っていた。


 こっぱずかしいけど、皆が楽しめたみたいだから、結果良し?

 ジルベールの天使の笑顔はプライスレスだしね。




 何となく家族団らんて、こう言うものだった気がすると思ったことは、そっとわたしの胸に秘める。



 パチパチと暖炉で薪が燃えて爆ぜる音を聴きながら、わたしは居心地の良い空間に、自然と頬が緩み、無意識に笑い声を幾度も漏らしていた。


 

 後日、弟のジルベールから、ローラントとの会食をおねだりリクエストされるコトなど、わたしは未だ知らない。




◇◇




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