ep26 ヴァンダンジュ②-あの子
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主催者側エリアで溜まっているゲストたちを見掛けた祖父母が、無事にわたしを救出してくれて、「ギブアップ」と告げたわたしを西棟まで連れて行ってくれた。
いや「ギブアップ」とは言ってませんよ?流石に。
わたしは、デジレたちに祭りを楽しんで来るように告げ、西棟の二階にある私室へと避難した。その後ろを神学教師ローランがついてきた。
いや、騒ぎの原因はローランなので、其の侭、祭りの会場に居て貰って良かったのだけど。
侍女のセリーヌの部下になるメイドに、モコモコのフードが付いた厚い毛皮マントとコートドレスを脱がせて貰い、モヘアのような毛糸で編んだショールを外し、『メガネ』を装着した。
クリアだ。
視界良好!!
キラキラ光のエフェクトが取れた。
わたしは、やっと顔面の力を抜いて、応接セットで向き合って座っているローランを見た。
実に8時前から2時間ぶりに、真面に人の顔が見れた。
うん。やっぱり顔が良い!
つうか、濃紺のオーバーコートを簡素なグレーの修道服の上に羽織っただけで、寒く無かったの?
『モドキ』は相変わらずわたしとローランの間をフヨフヨ浮かんで行ったり来たりしている。
それを目で追いながら、わたしはローランに祭会場でした決意を両の拳を握り締め、宣言した。
「ローラン先生。メガネを掛けれないなら、わたしは一生、西棟に引き籠って居ます。」
「うん、良いんじゃないの?」
「え、?いいの?」
「あははっ。いや、だって僕はアーシュレイ侯爵閣下じゃないしね。」
「、、、超ムカツク。」
「アレ?祭会場での丁寧な言葉遣いが消えているよ?オリビア嬢。くっふふ。」
「ぐっ。あのですね。真面目な話なんです。ローラン先生。大体、途中で退席したのだって、元をただせば、ローラン先生の所為なんですよ。」
「心外な。でもメガネが無いとオリビア嬢は、どの道ヴァンダンジュを楽しめなかっただろ?良かったんじゃない?早めに退席出来て。僕に感謝しても良いよ?」
「うぐっ。」
そうだけども。
その言い方で、ローランへの感謝の気持ちが萎えて来る。
こんなにイケメンなのに、つくづく残念な人である。
人を喰ったような性格は、どことなくアンゼル枢機卿に似ていた。
ユリウス教会の本部に勤めて居る人たちは、皆、ローランみたいな捻くれた性格なのだろうか。
乙女ゲーム『ライラックの花が咲く頃に』に出て来る攻略対象者並に顔が良いローラン。
もしかして隠しキャラ?って、ローランに出会った当初は思ったのだけど、現在は、20歳のローランと7歳のオリビア。
ゲーム開始年齢だと10歳のオリビアと23歳のローラン。
しかもローランは生涯童貞野郎──────うん。ないな。
そう結論を出したわたし。
その後、「どうせ暇なんだろ?」と突っ込まれて、典礼言語のランテ語の勉強をローランにおやつの時間まで、みっちりさせられた。
折角のヴァンダンジュなのに、泣けてくる。
◇◆◇
────── ヴァンダンジュでの一コマ ──────
今日、あの子が居た。
周囲を睨みつけて虚勢を張って、使用人達をゾロゾロ引き連れて、司教様達がいらっしゃる舞台の近くへと歩いていた。
皆、「お嬢様」「お姫様」と崇めて居るのが、嫌になる。
お披露目会の時は、私が睨みつけてやったら、顔を伏せて怯えていたのに、今日は主賓席から幾ら睨みつけても此方を無視している。
ホントに腹立たしい。
あの子に敵愾心を持ったのは、私が好きなっていたダルコ子爵令息に、「オリビア嬢と友達に為りたいから、手伝って欲しい。」と頼んで来たからだ。
私が、あの子の側近候補に為るだろうと、一門の間では、実しやかに囁かれていた。
前当主レナール・アーシュレイ様の弟の子供の孫娘。それが、私、シッタール伯爵家が3女、クラリス・シッタール。
シッタール伯爵家は、アーシュレイ侯爵家一門でも在るけど、王城での公式晩さん会や舞踏会などへの登城が赦されている家柄。
アーシュレイ侯爵家一門の集まりでも主賓席が用意されていると両親が話していた。
そして、あの子の父親である次期当主のロベール・アーシュレイ様は、若奥様を嫌って領地には、一度も戻らない出来損ないの跡取りだと、父は本家から戻ってくる度に、文句を言っていた。
「オリビア様は、一度も父親のロベール卿と顔を会わせたこともない。愛されない哀れな子だ。」
父はそう言って皮肉な笑みを浮かべた。
今更、父の代で本家のアーシュレイ侯爵家を手に入れよう等とは考えて居ないようだけど、面従腹背で便利に使われてみせ、王宮での役職を当主のアーシュレイ侯爵から融通してもらったそうだ。
両親は、本家のお嬢さま付きに為るなることを望んでいたみたいだけど、私は誰かの侍女に成って顎で扱き使われるなんて真っ平だった。そんな事を口にすれば、教育係を通じて厳しい指導が待ってるから、口を噤んでいたけど、内心は忸怩たる思いだった。
そんな思いをして、お披露目会に参加したのに、我がシッタール伯爵領の隣領に住む憧れのダルコ子爵令息は、私にあの子との橋渡しをして欲しいと頼むのよ。
腹立たしいことこの上ない。
同じ年のジスラン・ダルコ子爵令息は、金髪緑眼で眉目秀麗。おまけに祝福有りで魔力レベルが3も或る。
幼い頃から憧れていた相手が、祝福の儀で光属性持ちだと聞いて、私の目に間違いは無かったと思ったのに。
我が家と比べて家格は低いけど、此れで両親にダルコ子爵令息と婚約させて欲しいと、頼めると思っていた。
それなのに本家の当主であるレイモン・ド・アーシュレイ侯爵様は、私とダルコ子爵令息の婚約話に待ったを掛け、挙句に、ジスラン本人があの子を紹介して欲しいと頼み込むなんて。
頭に血が登って、どうにかなりそうだった。
側近候補に選ばれたら、色々と痛めつけてやろうと考えて居たのに、私がアーシュレイ侯爵家に呼ばれることは無かった。
両親は、残念がって「どうして選ばれなかったのか」って言うけど、知らないわよ。
領地に戻っても、ジスランは神殿の宿舎へ行って会えないから、ヴァンダンジュが終わったら母と二人の姉と一緒に、王都パルスで暮らすことにした。
お披露目会も終わったし、王都のタウンハウスで御茶会にも、私は参加が出来るらしい。
今のうちに、腹立たしいあの子が、我儘で碌でもない子だと言う噂でも振りまいて於こう。
だって変わり者で我儘だ、と言う噂は聴いているもの。別に嘘を広める訳じゃ無いから良いわよね。ムシャクシャする私の腹立たしさは収まらないのだから。
そして、今日、領主館敷地内のヴァンダンジュで、あの子を見た。
美しい青年を従えて、傲慢な態度で主催者側エリアに座り、周囲を偉そうに睨みつけていたあの子。
そんなあの子に媚びるように人々が集い群れていた。
その様子を見せられて、私の胸の奥底がチリチリと焼けて行く。
此処では、あの子を悪く言うことは出来ないけど、きっと王都パルスでなら、この苛立ちを吐き出させる筈。
私は、母の呼ばれて主賓席を立ち、芝居がある広場まで、歩き出した。
────── クラリス・シッタールの耳には清らかな讃美歌は届かなかった。──────
※ ローランが視力補正具を『メガネ』と呼ぶのは、オリビアとデジレの言葉が移ったから。
ぬるぬるゆるゆる設定なので、言語もいい加減です。生暖かい心で許して下さい。ペコリ。