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ep25 ヴァンダンジュ①ーローラン


◇◇



 遥か北東に在るアトラス山脈から吹く風が、薄曇りが続いていた雲を西へと追い払い、久方ぶりの青空を領主館のあるアスタール地方に見せ、収穫祭当日に晴れ間を見せていると、デジレの声が弾む。



 東棟正門前の広場には、木製の立派な壇上が作られ、運ばれて来た葡萄の新酒の樽や小麦粉やライ麦で作られた山盛りの薄焼きの丸パンが並べられているそうだ。


 当主で祖父のレイモン・ド・アーシュレイ侯爵が、皆に祝辞を述べ、司教さま達を紹介する。そして司教からソラリス神への感謝を述べ、収穫物に祝詞を捧げ、ヴァンダンジュの始まりを告げた。




 「晴れて良かったですね。オリビアさま。」

 「そうね。今日は面倒を掛けてしまうけど、よろしくね。デジレ、そしてコレットも。」

 「任せて下さい。オリビアさま。」

 「畏まりました。オリビア様。」



 前夜祭のあった昨夜、自室で今日の収穫祭を楽しみにワクワクと胸を高鳴らせていたのだが、今朝、身支度されながら、専属侍女のナタリアに「視力補正具を外しましょうね。」と、言われて気が付いた。



 ───メガナが無いと、光のキラキラなエフェクトのせいで、祭りが視れないじゃん!



 その事実に、わたしは愕然とする。

 わたしの迂闊さは、本日も通常運転だった。







 西棟から東棟へ向かう回廊から外に出て、祭りの会場入りする迄は、小さなナイトを任され意気揚々としている弟のジルベールにエスコートを受け、祖父母や母の待つ場所へと連れて行って貰った。




 「仲良しですのね。」


 などなどの一門も方々の冷やかしを道行きで受け、気まずい思いを隠し「ありがとうございます。」と返し、軽く挨拶をする。


 専属侍女のセリーヌが、フォローして呉れなかったら、誰に話し掛けられた方たちなどの、顔が見えないので、全く不明な状態だった。




 折角、来場する一門の中心人物たちの肖像画を見せられ、名前や所縁を張り切って母から習い憶えたのに、何と言う草臥れ儲け。


 母は、迂闊にもメガネを掛けれないことを忘れていたみたいだ。

 母娘揃って、迂闊な性格だと悔いるのは、此れで何度目だろうか?



 アーシュレイ侯爵家に連なる家門の人たちを、肖像画に描いて纏めたのは、母クラウディアのアイデアだったらしい。


 母の生家で或るブランシェ辺境伯領は、本家で一門に連なる人々の肖像画を記録の為、保存し、雪に閉ざされた長い冬の間に、各家門の由縁や、それに纏わる話を様々な肖像画と共に、当主や先代当主から語られていたのだとか。


 大きな暖炉の前で家族たちが集い、戦いや裏切りの昔話は、まるで一大叙情詩詩のようだったと母は口元を綻ばせて、楽し気に語った。

 フローラル王国より歴史の古いブランシェ家では、不名誉な理由で、除籍した者の肖像画や名を留めているらしい。



 流石にブランシェ辺境伯領より、積雪が少なく気候の穏やかな冬のアーシュレイ領地では、寒さの為に領主館に閉じこもる必要もないので、母が描かせたのは、アーシュレイ本家の中心的な家門の人たちの肖像画のみに、留めたらしい。



 午後から始まる中央塔での、午餐前の挨拶の為の予習だったのだけど、見え辛いものは仕方ない。

 公の場でメガネを掛けれないことを忘れているなんて、母娘ともどもマジで迂闊が過ぎる。


 眼を(すが)めないように、気を配りつつも「ちっ。」と、行儀悪く舌打ちするわたしを許して欲しい。





 開会の挨拶が終わり、弟のジルベールは側近候補のセルジュたちを引き連れ、護衛騎士と共に、祖父が招いた旅芸人たちの芝居を見る為、わたしの手を呆気なく手放し、勢いよく去って行った。


 あっ、ジルベールに置いて行かれた‥‥‥。


 べ、別にあっさり置いて行かれたことなど、気にしてないわよ?

 あの年頃の男の子は、興味があるモノを見付けたら、一心不乱に為るモノでしょ?



 わたしの傍には、側近候補のデジレやコレット、侍女のナタリアやセリーヌ。そして専属護衛騎士のアッシュとサイモンたちも居るし、寂しくなんて無いやい!

 それともう一人、母が王都から連れ帰って来た神学の専任教師ローランも付いて来ていた。



 物が薄っすらとしか見えない裸眼のわたしに、アレコレと周囲の情報を教えて呉れて、動きのサポートをしてくれている。


 全くさあ、公の場でメガネ掛けたくらいで、婚姻が出来なくなるなら、わたしは一生未婚で良いのだけどね。 決して当主である祖父には、言えないけども。



 日頃は、騎士団の人たちか、使用人たちしか往来の無い広大な東棟の前庭に、領地内から集った人々が賑々しくさんざめいている。


 そして、先程の演台から少年たちがソラリス神を讃え、感謝する神歌を美しく澄んだ声で謳うコーラスが聴こえて来た。




 禁欲的だと感じていたユリウス教だけど、歌や踊り、異国のリュートの旋律と芝居が許されているのを見ると、意外に自由な教義なのかも知れないと思う。


 いや、禁欲的?節制的と言うべきか?

 ギチギチに縛って居るのは、魔法の使用に関してだけなのかも?


 魔法について神学教師のローランに尋ねても「先ずは典礼言語で聖典が自由に読めてから。」と、躱されて、魔力属性の詳細は教えて呉れないし。





 そしてわたしは、時折り主催者側エリアの長椅子に腰掛けているわたしの元に訪れ、軽く挨拶をしてくれる視えないゲストたちに、渋々ながら生返事をかえしている。



 ローランは、ロベリア教皇のお膝元である聖都のグノスィ大学で学んだ、見目麗しいイケメン教師である。


 現在20歳らしいけど、此のイケてる容姿で、生涯独身の誓いを立て、ユリウス教会に身を置くなんて、なんと勿体ない。

 この年で、ローランは、永遠の童貞決定なんだよ?



 日頃わたしに纏わりついている不思議生物『モドキ』も、フヨフヨと浮かんでローランの元へ、ベッタリ引っ付いて行ってるくらいなのに。

 人外にも有効なイケメン具合。


 サラリとした銀色の髪で両の耳朶を隠し、分けられた前髪は両サイドの耳へと掛け、形の良い額の下には、濃いアメジスト色の瞳が計算されつくした形の目に填め込まれている。どこか危うい空気を纏った中性的な美青年のローランの立ち姿を思い出して、微妙な切なさに駆られる。


 ───やっぱり、勿体ない。



 「オリビア嬢、何か食べられますか?」


 涼やかな声で、ローランに直ぐ近くで話し掛けられ、わたしはビクンと身体を撥ねさせた。


 『生涯ドーテーなんてモッタイない。』等と、不埒なことを考えて居たわたしは、ローラン本人の突然の呼びかけにアタフタと焦る。


 「いえ、今はまだ、、、。」

 「ポム兎や鹿の肉などを料理した物が、出されたみたいですよ。」


 「うーん。でも今は見づらいので、余り人混みに行きたくないのです。お気遣いだけ頂いて於きます。祭の雰囲気を楽しませて頂いてるので、気になさらないでローランさまは召し上がりに行って下さいませ。わたしにはアッシュとサイモンが居るから、折角だからデジレたちも楽しんで来てね。」


 「でもオリビアさまが、動けないのに。私たちだけなんて。」

 「そうですよ。オリビア様。」



 でもなあ‥‥コレットとデジレは、ヴァンダンジュを領主館で祝うのは、今回初めてなんだよね。


 頬がチクチクする寒さの中、主催者側のエリアに置かれた休憩用の長椅子に座ったわたしの傍に、付いて呉れているデジレたちを想うと、申し訳ない気分になってくる。


 でもって、わたしへと挨拶に訪れた人々が、麗しいローランに興味を惹かれて、溜まって行く此の状態をローランも打破(クリア)したくて、肉料理を言い訳に、わたしへと声を掛けてくれたのだろうなあ。


 神聖ロベリア教皇国から訪れた、グノスィ大学のエリート教師ってだけでも、人々から興味を持たれるだろうに、おまけに此の美貌。───人が寄って来ないワケない。


 わたしだって、立ち上がって、此の場所を移りたい。


 しかし、無理なのだ。


 一般の女児より低い此の身長。母は、女性にしては背が高いのに。ぐすん。


 そして、わたしの隣に座ったローランに、ぐいぐいと圧を掛けて、詰めて寄って来る人々の気配。

 キラキラと光のエフェクトで視界が遮られている此の状況では、わたしに脱出は不可能。


 せめて、視界がクリアなデジレとコレット、そしてナタリアとセリーヌ、ローランは、自由に祭りをエンジョイしてもらいたい。


 と言うか、ローランが、彼女たちを肉料理の置いてある場所へと連れ立ってくれれば、この妙に熱気の籠った圧迫感のある状況が解消されるのじゃないか?


 そうしたらデジレたちもヴァンダンジュを楽しめるし。


 隣りで暢気に座ってゲストたちから挨拶を受けているローランに軽い殺意が湧いた。



 気の利かないローランに、「ローラン、どっか行って!!」そう叫びたい気持ちを必死で抑え込み、わたしは再度、「肉を食って来いよ!」と、ローランに口角を引き攣らせながら微笑みを浮かべて、上品に伝えるのだった。









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