ep24 ヴァンダンジュの前夜祭
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アンゼル枢機卿から渡されたメガネを外して、ベットに横たわると、相変わらず光の粒子で視界が遮られる。闇夜の中でも明るいのは、一種のチートスキルになるのだろうか?実際の所は、眩しくて目に悪いデバフでしかないのだけども。
フヨフヨと、わたしの額や頬に、やぶ蚊の如く纏わりついて浮いている薄水色した半透明の『モドキ』を右手で振り払って、光のエフェクトを遮る為、掛け布団を引っ張り頭からスッポリと被る。
(モドキとは、一見すると妖精ぽいから『モドキ』とわたしが名付けた体長3センチ程の不思議生物)
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明日に催される領主館でも収穫祭ヴァンダンジュの準備が最高潮と成り、前夜祭で東棟のエントランスホールや解放され、篝火が焚かれている庭園には、今年収穫された葡萄の新酒が運び込まれ、祭りの準備をしていた領民や使用人たちへと振舞われ、陽気な喧噪が西棟に或るわたしの寝室まで、微かに聞こえてきている。
東棟入り口前の広場には、舞台が設置され、祭り本番での出番を待っている。
明日の為に、東方から訪れた旅芸人たちがテントを張って滞在し、リュートの音色と共に、いつもと違う異国の空気を領主館敷地内に齎して居た。
此のアーシュレイ領地で、尤も華やかで賑やかな三日間続く祭り───ヴァンダンジュ。
前夜祭と後夜祭を含めれば五日間の祭りに成る。
アーシュレイ侯爵家の一門も集い、内も外も活気に溢れ、わたしは収穫祭の準備に勤しむ人々の熱気にあてられて、ワクワクしてくる期待に胸を高鳴らせていた。
その一番の理由は、今年からわたしや弟は、領主館敷地内での祭りに、参加が出来るからだ。
7歳のお披露目会を終えたわたしは家門の一員として。
弟のジルベールは、次々代のアーシュレイ侯爵家の後継として、開会の宴に参列が許される。トイレトレーニングが終わった男児は、各家門の当主の判断で、公の場に参加が出来る。少しだけ、そんな弟が羨ましい。
‥‥‥ 父のロベールは、安定の欠席だったりする。
マジで、祖父のレイモン・ド・アーシュレイ侯爵が、ゲームのシナリオから外れて、流感から回復することが出来れば、わたしの心の平安の為、いっそのこと当主を祖父から父を抜かして、次々代の後継である弟のジルベールにすれば良いのに、、、と、思ってみたり。
まあ、アーシュレイ侯爵家の名を貶めそうだから祖父も考えないだろうし、領地へ戻らないのを瑕疵とすることは、一門の中心にいる家門の方々も反対するだろうから無理なことだろう。中央貴族の方々の中には、王都パルスから動かない当主は父以外にも、それなりに居るらしい。(ミランダ談)
前世で暮らしていた『ニホン』の約2,8倍の領土を持つ広大なフローラル王国。
その北西にあるアーシュレイ領地では、収穫祭が最大の祭典で或るけれど、各領地では地域特性によって重要な祭事は変わる。
王都パルスや各地方の王領では、3月の新年祭。そして花祭と合わせた5月の建国祭と6月の夏至祭などが盛大に祝われる。
一年12カ月在る、地方のどこかで祭りが行われているパリピーな国民性のフローラル王国。
トラベル雑誌でもあれば、便利なのにと、羊毛と羽毛の掛布を頭から被って、わたしは独りごちる。
そう言えば、前世の記憶が戻るまで、領主夫妻で或る祖父母たちが熟しているスケジュール等に、余り興味を持たなかったように思う。
接する機会が少な過ぎたのと、威厳ある祖父母が怖かった所為で、一歩二歩三歩以上わたし自身が引いていた。
以前は、《母と弟と今日は一緒にティータイムを過ごせるか?》、《今年の収穫祭には、父が領主館へ戻って来てくれるか?》と、そんなことばかりを侍女たちに訊ねて困らせていた。
何故かオリビアは、父親に対する憧れが強くて、前世の記憶が戻るまで、周囲に父ロベールの話を聞きたがり、会いたがっていたのだ。
躾の行き届いていたアーシュレイ侯爵家の上級使用人たちは、上手く父の話題を躱していたが、侍女長のサマンサとわたしの乳母だったドロテアは、母クラウディアの所為で父が領地へと戻らないのだ、と言う偽りの説明をわたしに聴かせていた。(純真な幼子に酷い話で或る)
元より苦手だったサマンサとドロテアたちを前世の記憶が戻り、胡散臭い大人の事情が理解出来るようになって、すっかり嫌いになってしまったが。
当主夫妻の祖父母たちは、侍女長サマンサと元乳母のドロテアの仲間とばかり思っていたが、わたしのお披露目会の為に領主館へ戻り、大人の視点で交流してみれば、どうやら勘違いしていたみたいだ。
わたしの乳母だったドロテアが職を辞して領主館を去った所為もあるけど、母に対して批判的だった使用人が減った気がする。
祖母のミッシェルは寡黙なだけで、別段、母を疎んじているわけでは無いようだし。
ドロテアが「奥様が言ってました。」とわたしへ、一方的に悪口を言い聞かせていただけだと、察することも出来たしね。良く考えれば寡黙な祖母が、態々わたしの乳母に、そんな話をする状況や機会が有り得ない。
全く何が楽しくて家庭内不和の種を撒くのか理解不能だ。
その内、アーシュレイ侯爵家の害になると言う証拠を握って、祖母に侍女長サマンサを解雇して貰おう。
侍女長のサマンサは、祖母の次に偉いのは自分だと勘違いしている節もあるし。
お披露目会以降、距離が近くなった祖父母のことを頭から包まった掛布の中で思いつつ、暖まったベットの中で、ゆっくりと眠りに落ちて行った。
遠くから心地良いリュートの音色と人々の楽し気な声が耳元へ届くのを感じながら、明日の快晴を願って、わたしは意識を手放した。
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