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ep23 サモワール(改)と火鉢


◇◇



 祖父母から、メガネに関してお小言を強いて貰う事も無く、『私的エリア西棟二階限定』での使用を許可され、母とわたしは安堵の息を吐いた。


 尤も5歳のジルベールの興味は、枢機卿たちより、王領の猟場で祖父が狩った戦利品の灰色3本角鹿(グリスュル)に占められていたけども。(但し、射手も弓矢への魔法付与も、祖父が雇った人だったりする。祖父は馬上で狩りの場所決めと雇用人の差配。)


 いずれ中央塔の迎賓室へグリスュル(灰色3本角鹿)の立派な頭部が飾られることだろう。







 現在、我がアーシュレイ侯爵領地では収穫祭に向けての準備が、バタバタと進んでいる。


 領地内の各町村、集落の代官たち、領都の顔役たちと司祭・神官を領主館に招いて、今年の秋に収穫した小麦、果物などを料理して、皆で感謝し食する。


 アーシュレイ侯爵領では、夏至祭の次に大きな祝祭と為る。夏至祭以外は、各領地の地域特性に寄り、重要な祝祭が入れ替わる。


 収穫されたパンと仕込んだばかりの若い葡萄酒を振舞い、冬に備えての準備の始まりを知らせる。各町村の代官を招き、領主が小麦の収穫高を聴き、差配していくモノだったらしい。


 つまり領主への税の申告期なのだ。小麦が、通貨替わりをしていた昔は、小麦を物納していたと言う話。至る所に或る教会は、とても有難い存在だったと教育係のミランダに習った。




 自室から見える庭園は、既に鮮やかな紅葉シーズンを終え、一雨ごとに秋が暮れて、今は寒々しい木立を垣間見せる。


 そんな中、母のクラウディアは、珍しく王都パルスのセクティウス大聖堂へ出向いて行った。


 母が領地から王都パルスへ出向くのは、弟のジルベールを懐妊してから6年ぶりのことと為る。母と婚姻してから全く領地に戻らない父のロベールと決別するかのように、母のクラウディアは断固として王都へ足を運ばなかったのに。


 『王都パルスで吹雪でも起きるんじゃない?』


 思わぬ心境の変化を見せた母の行動に、わたしは驚きの言葉を密かに、そう呟いた。


 祝祭の祭事でも或る収穫祭の準備で、祖父母ともに多忙だった為、セクティウス大聖堂の大司教からの呼び出しに母が出向いたと家令のセバスから説明を受けた。暫く経った後に、母が名指しで呼ばれたことを知るのだった。



 

 唐突な母の王都行きを想いつつわたしは、東アトラス大陸の南東に引き千切られ弓なりの形をした島国アンスラードールから、最近フローラル王国に輸入された始めた緑茶を飲み、自室で一息入れていた。


 「美味しい。」


 

 取っ手の或る白のティーカップで飲む緑茶は、若干趣に欠けるが、懐かしい味と香りに安らぎを憶えて、ボソリと言葉が漏れる。


 王都パルスより北西部にあるアーシュレイ侯爵領地方の11月の気温は、日中でも10℃を下回り、館内でも厚手のコートを羽織らないと肌寒さを感じる。


 寒さに弱いわたしは前世の知識を利用して、領主館敷地内に住む陶芸職人と鋳物(いもじ)師に頼み込み、火鉢と五徳を造って貰い、自室専用の暖房器具で置いている。


 新しく作られた西棟では、大きな暖炉だけでなく薪ストーブも部屋によっては設置されているのだが、個人の部屋に暖房器具は無かった。


 せいぜい温石を懐中に忍ばせ、後はやせ我慢して貴族の笑みを浮かべて、冬の寒さを乗り切るのだ。


 ───『ありえない!!!』


 天蓋付きベットの上で、そう絶叫したのは、九月の終わり─── 陽が昇る前の早朝だった。


 そこで考えついたのが、大掛かりな排煙対策をせずに済む火鉢で或る。


 炭は、暖炉やオーブン、パン焼き窯などで使用されていたモノを火鉢へと流用し、暖炉の灰を敷いてメイドに火おこし鍋で火鉢の炭火を熾して貰った。


 そして「湿度こそ温もりの元だわ!」と考えつき、サモワール(湯沸かし器)の中筒を外して、火鉢に乗せる五徳と一緒に鋳物師に頼み、ヤカンぽいサモワール(湯沸かし器)を造らせた。わたしの「気紛れな我儘が再燃した」とエミリアたちから家令のセバスへ報告が行ったのは仕方が無い。


 一息ついたり勉強したりする広い私室と続き部屋に為る寝室に、1つずつ火鉢セットを置いている。

 ※因みに火鉢セットとは、火鉢、灰、炭、火起こし鍋、火はさみ、五徳、水の入ったサモワール、火消し壺など。



 わたしが火鉢を母たち家族に勧めなかったのは、貴族的に無しだったから、此れ程単純な作りの暖房器具が今までに作られなかったのだろうと判じたから。

 上位使用人である専属侍女たちが、わたしの真似をしなかったのは、領主館での火災防止の為だったと、わたしが知る由もない。



 これがどうやら祖父や母の流感(インフルエンザ)対策になるカモと、メガネをGETしてクリアになった視界で、シュンシュンと湯気を立て、鈍く青銅色に光る大きなサモワールの蔓口と穴を空けた上蓋を眺めていて、わたしは気付く。


 『これだわ!私室が暖かいと流感予防にも為るし、適度な湿度は気管にも良かったハズだわ。』


 おサレな貴族の美的感覚に合わないかも知れないどけ、やせ我慢の貴族の矜持(プライド)より、恐らく命の方が大切な筈だわ。上位貴族としての意識が山より高い系の祖父でも。だって、わたしのメガネ姿にも、一言忠告しただけだもの。


 「お義父様にとってリビーが可愛いからよ。私がメガネを掛けていたと想像するとお義父様は、‥‥‥やっぱり、考えたくないわ。」


 先日の話を母にすると、苦笑混りでわたしに、そう答えた。




 何となくコレって意外にいいアイデアかも。

 ちょっとした突破口を見付けた気分で浮き立ち気持ちで、わたしは侍女のセリーヌに声を掛け、火鉢セットを祖父と母のプレゼントとして注文することにした。




◇◇




 


───王都パルスの大聖堂内



 大司教に呼ばれたクラウディア・アーシュレイ次期侯爵夫人は、案内された客室へと、足を運んだ。

 室内に、アーシュレイ領都の聖堂で挨拶を交わしたアンゼル枢機卿(トリ)が柔和な笑みを浮かべて、緊張している彼女を招き入れた。




 「お忙しい中、わざわざ王都まで足を運ばせて申し訳ない。どうぞこちらへ、クラウディア・アーシュレイ次期侯爵夫人。」

 「いえ、娘オリビアの眼の件での話と聞きましたので、お気になさらず。」

 「では、お言葉に甘えて。」


 そうアンゼル枢機卿は前置きをして、クラウディアへと静かに語り始める。




 「先ず、オリビア嬢の視力は祝福を得たことによる後遺症のようなモノです。男児であれば教会の寄宿舎で魔力調節を学ぶのですが、オリビア嬢の場合は女の子ですからね。極まれに変調を来す子が居るのですよ。其処で私共の方から、体調を戻す為に、教師を派遣したいのです。女児の場合は、寄宿舎に通えませんからね。序でに基礎的な神学も教えましょう。」


 「わざわざロベリアからですか?」


 「ええ。調度、アーシュレイ領の聖堂に派遣しようと思っていた者がいたので。」



 口角を上げてニッコリとアンゼル枢機卿は、笑みを作り、傍に控えていた修道服を着ていた青年をクラウディアへと紹介した。

 

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