ep17 泉の不思議な生き物
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石畳の舗道が途切れ、ガタガタと揺れる道をしばらく進み、馬車が止まりわたしとナタリアは護衛騎士にエスコートされ、タラップを踏んで古い木製の板が敷かれた地面へと足を下ろした。
2人用の馬車が通れるこの簡易的な木製の道は、当主である祖父レイモン・ド・アーシュレイ侯爵の命で、泉が湧き出てから作られたそうだ。
御者の案内で進む小径は、ブナの木や椎の木などが枝葉を伸ばし、高い樹々の隙間から眩く差し込む日差しは、透明な光の階段を幾重にも創り出し、幻想的な景色を見せている。
小鳥たちの囀り。
時折り風で揺られるサワサワと言う葉擦れの音。
そして、風が水の渡る音を耳で拾えば、眼前に周囲の景色をくっきりと映し出す水鏡のような丸い小さな泉が見えた。
「綺麗!!。」
わたしは思わず感嘆の声を出した。
濃密な樹々たちの幻想的な世界へ飛び込む様に、わたしは足を速めて、水辺へと向かった。
開けた半径5mくらいの丸い泉の上から眩しい光が射しこみ、目に痛みを感じて、わたしは思わず瞼を閉じた。やがて痛みが引き、落ち着いてゆっくりと瞼を開くと、薄い水色の透明な羽根を持つ極小の生き物が、目の前に居た。
「??」
見間違いかと思って、もう一度目を閉じ、静かに瞼を開けると、、、。
其処には、
某アニメや漫画で観た妖精と呼ばれるものと似た小指の半分ほどの謎の生き物が、羽根を動かさずにフヨフヨと浮かんでいた。
「妖精?」
長い髪も手足や服、顔も薄い水色で透明な其れは、ビックリしたように大きく真ん丸な瞳を見開いて、わたしを見ていた。
その周囲には、キラキラと無数の水色の塵のようなモノが輝いている。
コレって何のエフェクト?!
『「△△!?」』
あっ小さな口を開いた。
透明な妖精モドキもなんか叫んでるっぽい。
「、、、。」
『「、、、。」』
しばし謎のUMAと見つめ合い、きっと是は白昼夢に違いないと観念し、もう一度、パチリと目を閉じる。
聞いていないよ。
ゲーム【ライラックの花が咲く頃に】で、妖精が登場するなんて。
微ファンタジーってのは、ヒロインが光魔法を3種類使う為に、起きたファンタジーテイストなイベントだったはず。
それは、学院の地下室に閉じ込められたり(ルミナス)、狩猟大会で廃墟で閉じ込められたり(浄化)、魔物狩りの演習について行ったり(回復)という聖女に成る為のプロトコルだったりする。
あくまでファンタジーっぽい匂い付けのようなモノで、あんな不思議生物が登場するシーンは存在しなかった。
よくある王道の恋愛シミュレーションゲームだった筈なのだ。
ちょいと風変わりなのはヒロインの父親視点のモノローグやオリビアの母親視点のモノローグが加わったビターなサイドストーリーが或る所だろう。
其処までヒットしていた記憶もないし、【ライ花】でマスコットキャラが出ていた前世の記憶もない。
そもそも目が真ん丸な薄い水色で透けている不思議生物に需要があるのか?
モフモフしている動物系な生き物なら未だしも。
あっ、あと超絶美形な人外キャラとかね。
ミニマムサイズだけども、8頭身だし可愛くない。
ホントにビミョーだった。せめて3頭身ならキモ可愛いとか思えたの。
うん、アレは白昼夢。幻だ!!
そう結論付けて、目を開くとフヨフヨ浮いていた不思議生物は消えていた。
やっぱり幻だったと安心したら、「オリビアお嬢様!」と呼ぶナタリアの声に振り返ると、わたしの右肩に止まっている透明な不思議生物が目の端に見えた。
「ヒっ!!」
そう悲鳴を上げて、思わず息を飲み、わたしは右肩をガン見したのは、言うまでもない。
「如何されたのですか?オリビアお嬢様。」
「「何か在りましたか?お嬢様、ナタリア嬢。」」
心配げな顔でわたしを見つめるナタリア。
そして後方に居て、慌ててわたしへと駆け寄って来る護衛騎士のアッシュとサイモン。
何?
3人とも此の右肩に乗って居る不思議生物が見えないの?
透けているけど薄い水色だし、真ん丸な目はブルーサファイアみたいに輝いてるよ。
線みたいな口っぽいものも付いているし。
三つ点があると顔に見えるって、そういや何かで読んだ気がする。
いやいや。よっぽど視力が悪く無いとコレが見えないとか有り得ない。
特に11歳のナタリア。君は若いのだから、こんなに近くに居れば視えるでしょ?
「ナタリア。ほら右肩に居るでしょ?此れって何?」
「右肩?少々お待ちください。」
「え、ええ、良く見て。ナタリア。」
「・・・。」
「ナタリア?」
「アッシュ様、サイモン様は、オリビアお嬢様の右肩に何か止まっているのか見えますか?」
「んー、、、。」
「いや、何もついてないと思うのだが。」
「ですよねー、、。」
「あなたたちには視えてないの?コレが、、、。」
「「「ハイ。」」」
わたしは、絶句して右肩に腰をかけた謎の生き物を凝視し、ジッと見詰める。
その時、目の合った妖精モドキの不思議生物は、真ん丸い輝くブルーサファイアの瞳を細めて、二ッと笑った気がした。
肩に乗って居る筈なのに、何も重さを感じないが、周囲がキラキラと輝く謎のエフェクトは、継続中だった。
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