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ep16 泉へ向かう



◇◇



 葡萄(ヴァーヴ)祭を終え、春小麦の収穫の時期に成り、熊や狼などの害獣やシカや野鳥などの野生動物かを狩る狩猟シーズンとなった。


 昔は、冬場の食肉確保や毛皮を獲る為に行われていたもので、狩りの精霊ディアナを称える神事の1つでもある。


 フローラル王国各地に或る王領の猟場での弓による狩猟大会だ。


 猟場の選定は、夏至祭(6月~7月)に、王都パルスにあるセクティウス大聖堂で大司教を筆頭に数人の司祭により決められる祭事となっている。

 高々(たかだか)秋のレクレーションに『大袈裟な』と思うわたしは、信仰心が薄いのだろう。



 神の存在を否定する訳ではないが、それが此の世界の神を指すかと問われれば、首を傾げてしまうのは許して欲しい。前世で過ごした『ニホン』の記憶を持つわたしには、一神教の存在に馴染みがないのだ。


 至上神であるソラリス神を信仰するユリウス教は、王位継承の儀である戴冠式や戦後の国境線制定などの大きな(まつりごと)くらいしか、基本的に世俗に関わらず、冠婚葬祭の祭事や祝福の儀などの神事を活動のメインにしているが、西アトラス大陸全土に或る教会や神殿の監督権を持っている為に、ロベリア教皇と12人の枢機卿の権威と発言権は大きい。


 下手をすると皇帝や国王よりも、権力があるかも知れない。


 ロベリア教皇は終身制で、死去された後に12人の枢機卿たちと新たに任じられた枢機卿の合議で、次の教皇が決まる。


 お伽話のような話だが、ロベリア教皇は代替わりをしても、脈々と初代教皇のユリウスの生まれ変わりが務めているので、聖名は記されるが何代目とかの表記はないそうだ。


 初代ロベリア教皇の聖名は、ユリウスとなる。


 領主館内に或る礼拝堂で司祭様が説明してくれた話を『うんな馬鹿な夢物語を。合議制で決めている癖に』と内心でツッコミを入れていた。

 幾ら自分が異世界の記憶に目覚めたとしても、お伽話のような噂は信じられないのだ。ユリウス教の権威付け?とうがった見方をする擦れた7歳のわたしで或る。




 各国から選ばれた13人の枢機卿から教皇が選ばれるので、何処か一国がユリウス教の中枢を占める訳ではないことが、教会内部で権力が集中せずに、信仰と世俗を分けてしまえるコツなのかも知れない。


 まあ約300年前に枢機卿たちの合議が失敗して、アトラス大陸でのユリウス教が東西に分かたれた過去もあったみたいだから、人の遣ることに過ちのないモノは無いのだろう。


 300年前に別れた東アトラス大陸のユリウス教は、「正統なるユリウス教」と述べ《ユリウス正教》となった。西アトラス大陸の《ユリウス教》と違い、正教皇(総主教)や聖職者に婚姻が許され、役職を子孫へ継承しているそうだ。因みに、ユリウス教の世俗化を求めて東西に別れた時に、東方では次々に魔法が使用できなくなり、西方のユリウス教とは異なり、祝福の儀は形だけの風習となったみたいだ。






 わたしは「ふぅー。」と小さな息を吐き出して、コトコトと言う車輪の音と長閑でリズミカルな馬蹄の樋爪の音を聴く。



 領主館敷地内にある木々の実りを馬車に乗りつつ眺めて、わたしは石畳で舗装された道を裏山に向かっている。


 敷地内を移動するのは、領主館敷地外を移動する時に使用する2頭立て以上の豪華な馬車ではなく、見習いが取れて、わたしの専属侍女となったナタリアと二人で並んで乗って居る小さな一頭立ての馬車だ。

 

 馬車の前後を挟む形で、馬に乗った二人の護衛騎士が軽快に走っている。


 晴れ渡って、高く明るい澄んだ淡い青色の秋空は、思った以上に心地良く、此れから向かう場所への好奇心も自然と高まって来る。


 何かと人生の節目で移動が多い葡萄(ヴァーヴ)祭を迎えた後、領主館からの外出を許されたわたしに2人の護衛騎士を紹介された。


 その内の一人が、【ライラックの花が咲く頃に】でオリビアのサイドストリーに出て来たアッシュだった。


 ゲーム上でのアッシュは、母のクラウディアに隠れて領主館で下働きをしていた表現があったが、現実は、ブランシュ辺境伯家からアーシュレイ侯爵家に輿入れする際に、侍女のメアリーと共に2人で母クラウディアへ着いてきたらしい。


 母曰く「敵地なので」とブランシェの祖父が、護衛騎士だったアッシュを母へと、つけたのだとか。


 リアルなこの世界で、母のクラウディアがゲームでのサイドストーリーのように、護衛騎士のアッシュに対して恋心を抱いているかは謎だったけど、領主館から外出する時には護衛騎士として、恐らく仕えさせていた筈だ。


 すわっ!!

 ダブル不倫か!?と、前世の記憶が戻ってからは、生暖かい目で母の護衛騎士アッシュを注視なんぞという大きなお世話をわたしは足りない頭で遣らかしていた。


 ゲーム【ライラックの花が咲く頃に】略して『ライ(ライカ)』でのシナリオ設定と違って、母より5歳年上のアッシュとは、健全な臣下とのお付き合いのように見えた。


 ゲームのシナリオでは、母が思いを寄せていた騎士のアッシュにアーシュレイ家へ輿入れ前に、紫のライラックの花を刺繍したハンカチを贈って別れを告げる。そして母の今わの際に下働きとして勤めていたアッシュが現れ、最期を看取り、オリビアの母、クラウディアの物語は終わる。


 ──────ハズ、、、だったけど、、、アレ!?リアルではハンカチとか贈ってないのかな?


 まあ、母が初恋を拗らせた相手と下手な付き合いをしていたら、母を気に入らない侍女長サマンサとわたしの乳母ドロテアたち二人が、大人しく様子見などしていないか、と想い至る。


 そして唐突に?お披露目会の終わったわたしへ母から「安心出来る優しい方だから」とアッシュの配置換えが行われ、母からわたしの護衛騎士へと任じられた。

 もしや痴話喧嘩?それとも恋の駆け引きかしらん?などと能天気に考えていた。


 流石にそこら辺の心情を野次馬根性で、母に聞く気も起きず、少々気まずい思いを隠して、わたしの護衛騎士となったアッシュに「よろしく。」と挨拶をした。


 母の顔色と紹介されたアッシュの様子を窺いながら、わたしは1人でアタフタとしていた。



 黒に見える焦げ茶色の爽やかな短髪を整え、青地に薄い紫がかったアーシュレイ騎士団の団服に身を包んだ逞しい体躯をしたアッシュの姿に、恰好良くて思わず見惚れてしまったけど、

 切れ長な目に、暗い紺碧色の瞳が印象的であった。


 そんなアッシュを護衛騎士として、今回初めて領主館からわたしのお供にしての突発的な外出。



 実は教育係のミランダに、領主館敷地から裏山に入る山道の手前で、わたしが生れた年に水が湧き出した泉が出来たことを訊いて、何となく見てみたくなったのだ。

 ちょっと暗示的で神秘的だしね。

 それに館の敷地内に泉があるって凄くない?

 肉体的には7歳のわたしの好奇心が高まるのは仕方ないと思う。精神的には曖昧な記憶のアラサーでも。



 早速、母に願い出るとギリギリ領主館敷地内だった為に、「ノー」と言おうとした言葉を勢いで遮り、シブシブ許可をもぎ取って来れた。


 その代わり、大の苦手としているランテ語(聖書を記した言語)と刺繍の時間を増やすコトになってしまったけども。

 後悔はしてい、、、な、、い?


 庭師たちが丹精込めて造った庭園を過ぎて、林檎や黒無花果、ミラベル(すもも)、梨などが実る果樹の林を通り抜けながら、ブナやトリネコなどの紅葉が始まった林に入り、オレンジや黄色に色づく枝葉を揺らす風の音をわたしは楽しむ。


 本館から馬車で約15分位と聞いたから、そろそろ目的地の泉へと着くはず。


 黄色いシジュウカラたちが、ザッと近くの木々から、透明な青い空へ向かって飛び立った。




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