ep14 イレギュラーを祈る
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わたしが侍女のエミリアと真っ直ぐにサロンを目指して廊下を歩いていると、テラスへと向かう右側の通路から、祖父と家令の話し声が聞こえて来た。
「・・・。では、彼方の娘に教育係を用意しろと仰るのですか?旦那様?」
「ああ、期待の薄かったオリビアの様に、もしかするとアリシアに祝福を得る可能性があるやも知れぬ。今から礼儀作法を学ばせて置いても良いだろう。」
「しかし、、、。」
祖父と家令は、そう話しながら二階のテラスへ遠ざかって行った。
ゲームシナリオと違って、わたしが祝福を得れたから、2年後の祝福の儀でヒロインは、学院へ通う前に光属性の祝福を得れるかも知れない。
そうなれば、ヒロインの立場はどう変わるのだろう?
変化している現状を考え、わたしは不意に先行きの不安な想いに駆られた。
◇
エミリアにサロンの扉を開けて貰って、淡いクリーム色を基調にした室内に入り、珍しくわたしより早く来ていた弟たちが座る丸いティー・テーブルへと向かった。
わたしは明るく声を掛け、弟の向かいに在る椅子へ、ベビー・ブルー色したスカート部分のフレアを小さな手で捌いて、腰を下ろした。
既にテーブルには、葡萄ジュースの入ったピッチャーとグラスが置かれていた。
「あれ?リビー姉さま。コレットとデジレは?」
「今日は、わたしの後にピアノをミランダから教わっていたから、もうすぐ二人は来ると思うわ。セルジュの姉デジレとリーシェの妹コレットが来るから、エミールも含めて3人共どうぞ座って。一緒におやつを食べましょう。と言うか、わたしが毎回勧めなくても、ジルが着席させて居れば良いのに。」
「僕だってセルジュたちに、そう言ってますよ。姉さま。」
口を尖らせ、わたしに答えてからジルベールは、セルジュたち3人に空いている椅子を勧め直した。
セルジュやエミール、リーシェたちは、側近候補と言え、ジルベールの友人として家長である祖父に選ばれているのだから、私的なサロンでは、同じテーブルに着いても良いと思うのよね。
姉弟でティータイムをしてダベっているだけなのに、同じ年頃や年下の少年少女が傍で立っているのは、わたしの心情的に居た堪れない。
弟のジルベールに此の話をしたら、わたしとサロンで朝食やおやつを抓む時以外、自室で休憩している時は、一緒に座ってお茶を飲んでると言うので、此処の私的なサロンでは友人として過ごして貰おうと打ち合わせを行った。
偏に、わたしがコレットとデジレと、フランクな一時を過ごしたいと言う、下心からなのだけども。
給仕をしてくれているサロンのメイドたちから、此の様子は家政婦長から執事へ、執事から家令へ報告されている筈だから、駄目だったらジルベールの侍従や、わたしの侍女へクレームが来るだろうけど、今の所はノーリアクションなので、許されるのだろう。
と、1人で納得している。
リーシェ8歳とコレット7歳は家令セバスの孫だし、エミール7歳は執事アランの息子であるし、デジレ7歳とセルジュ5歳は、ジルベールの乳母ロザリーの子供だから、御目溢しして貰っているのかも。わたしや弟のジルベールは、未だ未だ子供だしね。
注意された時の為に、色々と言い訳も考えてはいた。
『同年代の人たちとお茶会での予行演習をしたかった。』‥‥取ってつけたみたいな話だ、って言われたとしても大丈夫。だって未だ子供だし。嘘ではないから。
(7歳のお披露目会を終えたら、領地内の教会や神殿での慈善活動で、領主館の敷地外へ出ることを許される。)
わたしの向かいには、アイボリーホワイトのおかっぱ頭のジルベール。そしてマロンブラウン色でふわふわとした癖毛のセルジュ、薄いグラスグリーンの髪を左肩で1つに結んだエミール、艶の或る灰青色の髪を耳元から後ろへ流して整えたリーシェが座っている。
恐縮している彼らを、ジルベールと二人で揶揄っていると、サロンの扉が開いて、メイドたちがカートを押して入って来た。
艶の或る黄褐色の丸いテーブルの上に、白いプレートに乗せたキノコのクリーム包みパイ、数種類のジャムとパンケーキなどがメイドたちによって運ばれ、わたしたちの前に並べ、食欲をそそる香ばしい薫りとチーズの濃厚な匂いが立ち、思わずお腹をキューっと鳴らした。
わたしは匂いに釣られてお腹の虫が鳴った恥ずかしさを隠すため、慌ててエミリアがカットグラスに注いでくれた赤紫の葡萄ジュースを持って、コクリと一口ほど喉の奥へと飲み込んだ。
軽く両手を合わせて祈りを捧げたジルベールたちは、ミルクや葡萄ジュースに口を付け、カラトリーを手に温かなクリーム包みのパイを小さく切り分け、スプーンとフォークで器用に口へ運びながら、わたしへと話し掛けた。
「リビー姉さま、お願いが或るのですが、図書室から魔法についての本を借りて頂けませんか?」
「うーん。出来るなら、ジルの為に借りて上げたいけど、難しいと思うわ。」
東側に在る図書室と言うより図書館は、当主と家令のセバス、そして司書長が管理していて、書籍や希少なスクロールは、彼らの許可が無いと書棚から取り出せない。
特に魔法に関しての書籍は管理が厳しく、祝福の儀を終えて家令のセバスに『魔法について』の本を借りたいと頼んでも、わたしが女児であることを理由にやんわりと断られ、2階に在る書斎へと誘導されてしまった。
母が居る執務室と同じ位の広さの書斎に在る書籍は、手紙の書き方や神話、お伽話などの一般教養のモノばかりで、魔法や魔力についての専門書は、置かれてなかった。
全能のソラリス神から地上へと遣わされた13使徒や5精霊王と妖精の言い伝えを纏めたもの、そして子供にも読み易いお伽話の本しか置かれていなかった。
つまり、わたしのファンタジー魂を満たすモノが2階の書斎には、なかったのだ。
折角、水属性の魔力があるのに、わたしが女と生れたばかりに宝の持ち腐れである。
別にヒロイックファンタージーみたいに、魔物とバリバリ戦闘したい訳ではないけど、どんな魔法が使えるか見たいだけなのに、残念で堪らない。
弟のジルベールは、わたしと同じように7歳で祝福を得る為、5歳で本格的な教育が始まった今、出来るだけ魔法や魔力について、学んで置きたいのだそうな。
(男児でも7歳で祝福の儀を済ませてない子は、貸出禁止で読めない。)
アーシュレイ侯爵家は、祖父のレイモンや父ロベールと2代続けて祝福を得れず、曾祖父のレナールが今代も祝福の顕現を諦めていた所へ、わたしの水属性の魔力が授かっていたことが嬉しかったらしく、当然のように、後継である曾孫のジルベールへの期待が家族たちから高まってしまった。
父ロベールの娘であることを隠して居るヒロインのアリシアにすら、当主で祖父のレイモンが祝福有りで或ること期待して、教育係の用意を家令のセバスへ命じているぐらいだし。
祝福有りの娘って、地縁の場合は養女にして使うくらいに、政略的な価値が高いのだ。
つう訳で、現在わたしは婚姻市場で、競りに掛けられている状態かしら?
でもって、当主で祖父レイモンの期待に応えたいと言う、幼いジルベールの気持ちは判り過ぎるくらい判る。
でもなあ、ゲーム設定上のジルベールは祝福無しだったのよね。
まあ、わたしのような祝福有りのイレギュラーも在るし。 そのイレギュラーに期待して、未来への行動を模索している最中なので、近頃は母と祖父が流行病に罹らないことと、ジルベールにも祝福が得れるイレギュラーを、毎夜ソラリス神へと真摯に祈って居る。
───余計なコンプレックスをジルベールが背負いませんように。───
晴れた空のような優しく澄んだブルートパーズのような円らな瞳をキラキラとさせたジルベールは、曾祖父のレナールから聞かされた、風属性を纏った弓矢の勢いの凄さをわたしへと早口で語ってくれた。
興奮気味に話す幼い主ジルベールに「落ち着いて」と、隣で宥める同い年の乳兄弟セルジュとのやり取りを微笑ましい想いで眺めながら、わたしはホイップしたバターを乗せたパンケーキに、たっぷりと黄金色のトロリとした蜂蜜を掛け、ナイフをいれた。
其処へサロンの扉が開いて、ピアノの練習を終えたコレットとデジレが、元気よく入って来たのだった。
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